【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『美しい世界を』



 如月はぼんやりと窓の外を眺めていた。
 陽はすでに落ちてしまっているのに、重く沈む雲にしがみつくように夕日の残滓がただよって、西の空をわずかに朱鷺色に染めている。

 今日もまた昨日と変わりない一日だった。
 角松は、草加が事を起こすのは記念パレードの日だと断言して、全く疑わないが、如月としてはそれを鵜呑みにすることは出来ない。いつ何が起きても良いように、こうして毎日窓の外の様子を伺っているのだったが。


「やはり、こいつの言うとおりなのかもしれないな…」
 如月が視線を流した先には、盛大にイビキをかいて眠りこける男の姿がある。早めの夕食もすでに済み、腹一杯になったら今度は眠くなったのだろう。
 こんなに無防備な寝顔は見たことがない、と如月が呆れるほどに、今の角松には警戒心の欠片も存在していなかった。

 おそらくは、如月をそれだけ信頼しているということか。
 会って間もないと言うのに、そこまで信頼してくれるのは嬉しいようでもあり、不思議でもあった。

 だが、角松洋介という男は、たとえ初対面でも自分が信じると決めた相手は、何があってもとことん信じる、そんな人間なのではないか。
 だから如月だけではなく、誰にでも心からの信頼を向け、相手からも信頼を受けているに違いない。

 自分だけが特別ではないのだ、と。
 そうやって言い聞かせないと、勘違いをしてしまいそうだった。


 それとも…。
 誰もがそんな風に人と接しているものなのだろうか?
 如月には分からなかった。
 他人を信じるよりも、まず疑うことから覚えてしまった如月には…。

 角松洋介の生きる世界を、角松洋介の目で見つめたら、世界はもっと美しいのだろうか。
 人々は明るく和やかで、誰を疑うことなく平穏な日々を過ごしているのだろうか。

 今の如月には想像することすら難しかったけれど、角松と一緒にいる間だけは、ほんの少し、その世界が見えるような気がした。
 決して如月の目では見ることの出来ない世界を、角松が見せてくれるような気がした。

 それは見果てぬ夢。
 手に入れることの出来ない幻だと知ってはいたけれど…。


 如月は角松の寝顔を見つめ、小さく微笑むと、男の身体にそっと毛布を掛けてやった。
 そして静かに部屋を後にする。

 今夜は角松に抱かれることなく眠るのだ、と思うと、不思議な気がした。
 出会った最初の夜からすでに身体を繋げていたし、その日から今日まで、一日たりとも角松が如月を抱かない日はなかった。
 おそらく今夜も、角松を叩き起こして如月がねだれば、角松は喜んで応じるのだろうけれど、何となくそんな気分になれない。抱かれるのが嫌なのではなく、その程度のことで、ぐっすり眠っている角松を起こしてしまうのが嫌だった。


 如月はまた窓の外を見つめる。
 いつの間にか、すっかり暗くなっていた。とはいえ、まだ町が眠りにつくほどの時間ではないから、人のざわめきや、街灯の明かり、看板のネオンなどが消えることはない。
 ガラス越しに届く町の喧騒に身を委ねていると、隣の部屋から物音が聞こえたような気がした。

 如月はそれだけでハッとする。
 角松が目を覚ましたのだろうか。自分がいないことに気付いた角松はどう思っただろう。がっかりしただろうか。それとも…。

 心のどこかで期待をしながら、耳をそばだてている自分に気が付き、如月は思わず苦笑を浮かべた。
 角松が扉を叩いてくれたなら、今すぐにでも飛び出して行くのに、と思い、そして同時に、そんな風にただじっと待っているのは自分らしくない、とも思った。


 …これは賭けだ。
 如月はそっと自室を出て、角松の部屋の扉の前に立つ。
 ほんの小さなノックをしよう。角松が起きていれば、何らかの反応があるだろうし、眠っていれば、それで目覚めることはない程度の小さな音で、扉を叩いてみよう。

 角松に応えて欲しいのか、それとも応えて欲しくないのか、自分でも良く分からなかったけれど、運を天に任せて、如月はコンコンと二つ、そして少し置いてコンと一つ。扉をそっと叩くのだった…。


          おわり

ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_ _)m

お気づきの方もいらっしゃるでしょうが、
これは『心までも』と対になる話です。
あちらが角松サイドで、こちらが如月サイドなのですね。

という訳で、ノックの後はどうなったか、
については、そちらをお読み下さいませ。
いや、読まなくても分かりますか。そうですか(笑)。

それから。途中で、何気なく
『一日たりとも角松が如月を抱かない日はなかった』
なんてことを書いちゃっていますが、
そういうことなんですよ…(苦笑)。

角松氏、頑張ってます。頑張りすぎ。
それだけ如月さんが魅力的だってことですよね(爆)。

2005.03.13

戻る     HOME