【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『籠の鳥』

(6)


 『脱がせてやろう』と不敵に笑う男に、如月も心の中で苦笑する。

 …この男はいつでも命令口調だ。だが、それが心地良い。
 命令をすることに慣れている男の声は、欠片ほども迷いがない故に、命令されることに慣れた如月の身体も、深く考える間もなく、自動的に従う。そのように出来ているのだ。

 如月は寝台から立ち上がると、男の前に立ち、目を閉じた。
 それは罪悪感からだろうか。覚悟の上とはいえ、やはり角松以外の男に抱かれるのは抵抗があるのだろうか。
 角松が初めての男でもなければ、特に操を立てていると言う訳でもないが、それでも自分にそんな可愛い所があったのか、と如月は可笑しくなった。

 それと同時に泣きたいような気分にもなり、手にしていた鍵をまたきつく握りしめる。今の如月にすがりつける物はこれだけだ。
 目を閉じた暗闇の中で、ぎしり、と音がした。立ち上がった男が目の前にやって来た気配がする。


「目を開けたまえ。それでは私が面白くない」
 立石の『命令』に、如月は素直に従う。すると、頭半分ほど上の位置に、立石の琥珀色の瞳があった。角松より少し背が低いんだな、と如月は思った。

 ゆっくりと如月に触れ、慎重な手つきで服を脱がしていく間、男は決して如月から目を離さなかった。こんな風に見つめ合ったのは初めてのような気がする。立石は角松とは違い、他人の目を真っ直ぐに見る男ではない。

 如月はたまらずに目を閉じる。
 すると唇を荒々しくふさがれた。容赦なく差し込まれ、絡みついてくる舌に、応えることすら出来ずに、如月の身体はふるえる。初めて唇を許した乙女の如くに。
 右腕が動かないから、男にしがみつくことも出来ず、如月はひざから床に落ちて行った。


 倒れそうになる身体を男に支えられ、ようやく深い吐息を付く。たかだか口付け一つで意識を失いそうだった。男の技術もあろうが、どちらかと言えば如月の体調のせいだろう。また熱が上がってきたような気もした。
「ふむ…。あまり遊んでもいられないようだ」
 立石の冷たい指先が、如月のひたいと頬にさらりと触れた。如月の熱に気付いたのだろう。それでも許してくれるつもりはなさそうだ。

 如月の身体を横抱きにすると、そのまま寝台に寝かせ、今度はいたって事務的に服を脱がせに掛かる。
 何があっても良いようになのか、如月がやって来るまで眠っていた筈の立石が身に付けていたのは、寝巻きではなく白いシャツとズボンだったが、男はそれを脱ぐそぶりすら見せない。如月だけが一糸まとわぬ姿をさらされた。

 灯りも消してはもらえないから、無遠慮なまでに注がれる立石の視線に、如月は小さく唇を噛む。頬が熱く感じるのは、羞恥のせいか、それとも熱が上がったせいか。堪らずに目を閉じると、いきなり脇腹の辺りを強く吸われた。

「…ん…っ」
 ふいに襲ってきた刺激に、如月は思わず吐息をもらす。まだ何もされていないのに、声を上げてしまったことが悔しくて、左手の指を噛みしめた。手の中に握られた小さな鍵の、鉄の匂いと舌先に触れる味は、まるで血のようだった。


「ずいぶんと傷痕があるな」
 飽きもせず、如月の肌に執拗なまでに舌を這わせながら、ふと立石がつぶやく。如月はそれには沈黙で答えた。
 立石は如月が何者か知らないのだから驚くのは無理もないが、これまで数多くの修羅場をくぐり抜けてきた身体としては、当然のことだ。

 それを立石はどのように解釈したのか、そっと唇を離すと、おもむろに如月の両足を高く掲げた。もうここまで来たら、如月にも羞恥心はそれほど残っていない。
 と、立石は如月の下半身に目を注ぎながら、くつくつと笑う。
「ほう…、こちらはきれいなものだ」
「……もう…、良いだろう…?」

 さっさと挿れてくれ、と如月は心の中で訴える。
 普段であれば、焦らされることも嫌いではないが、今の精神状態と肉体的な限界が、如月に余裕を失わせていた。目を潤ませて懇願するも、立石は如月の後孔に舌を差し入れて、刺激を与えるばかりで、それ以上は進んでくれない。


「く…っつ……ぅん…っ」
 絶え間なく零れてしまう吐息をこらえようと、如月がますます強く左手を噛みしめると、ふいに立石の動きが止まった。如月の足を下ろし、つとこちらに手を伸ばしてくる。

「指を噛み切るつもりかね?」
 含み笑いと共に、如月の左手をいきなり引き寄せた。さして抵抗することも出来なかったのは、それだけ如月が追い詰められていたのだろう。
 ただぼんやりと左手に触れた立石の指先が、やっぱりこんな時でも冷たくて心地良い、と感じていただけだった。

「ひどいな、痕が付いているぞ。…ん?何を握っている?」
 自分の手の中に包まれた如月の指を見つめながら、独り言のように呟いた立石だったが、そこで初めて顔色を変えた。薄ら笑いを収め、琥珀色の双眸が鋭い光を帯びて、不穏な色に輝いた。


「…そうだったな」
 立石はぽつりと零し、静かに如月の手を離す。
 そして、やにわに人が違ったように如月の身体を開くと、ほとんど馴らす間もなく、昂ぶった己自身を突き入れた。二人の唇から、同時に深い吐息が洩れる。それでも立石の動きは決して留まりはしなかった。

「ん…、ああ…ッツ」
 如月はもう声を殺すことも忘れていた。自分の手の中の小さな鍵のことも、どこかに囚われている男のことも瞬間、忘れ去った。
 ただひたすら立石の熱情を受け止めるだけで精一杯だった…。


 我に返った時には、寝台にぐったりと倒れ込んでいた。眠っていたのか、気を失っていたのか。それすら記憶にない。ハッとして身体を起こし、如月は思わずつぶやく。
「いつの間に…」
 すると、傍らの男がそれに応えた。

「君が眠っていたのは、ほんの一時間ほどだ。まだ夜も明けていない」
「そうか…」
 安堵の吐息と共に、如月は寝台から立ち上がる。下半身に鈍い痛みが走ったが、歩けないほどではない。どうにかなるだろう。

「今度は着せてやろうか?」
 からかうような口調の立石の言葉にかぶりを振って、如月は片腕でかなり苦労しながら、一人で服を身につけた。
 これ以上、男に触れて欲しくなかった。触れられるのが嫌なのではない。抱かれることも決して嫌ではなかった。だが、もう全ては終わったことだ…。


「やはり…、行くのかね?」
 如月の後ろから、そっと絡み付くように、立石の声が掛けられた。
「もうここで私のすべきことはない」
 如月は背を向けたままで応える。立石がどんな表情をしているかは分からなかったが、視線だけは痛いほどに感じていた。だからこそ、振り向くことは出来なかった。
 それだけは…、怖かった。

 振り向きたい衝動と戦いながら、如月は扉のノブに手を掛ける。そこへまた立石の声が届いた。
「それならば、どこへなりと飛んで行くがいい、私の小鳥。途中では警備の者にも出くわすかもしれんが、そのくらいは君自身でどうにかしたまえよ」
「ああ…、分かっている」
 最後までふざけた調子を改めない男に苦笑を浮かべながらも、それでどこか救われたような気がした。

 …ここを出たら、もう二度と会うことはないかも知れない。
 如月はふとそんなことを思った。
 そして名残を惜しんででもいるかのような自分に戸惑う。だから何だというのか。二度と会えなくても構いはしないだろう。むしろ決して会いたくはない類の男だ。その筈だ。


「もう二度と会うことはないかも知れんが…」
 ふいに立石がそんなことを言う。まるで心が読まれていたかのようだ。
思わず如月は振り返った。
 瞬間、立石の琥珀色の瞳と目が合ってしまい、即座に後悔するが、こうなってはどうしようもない。ただじっと黙って次の言葉を待つ。

 すると、男は顔に張り付いていた薄ら笑いを収め、いやに真剣なまなざしで、一言つぶやいた。
「…元気でな」

 如月は心底驚く。まさかこの男の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。第一、腕を折った相手に対して、元気も何もあったものではない。
「あんたにだけは言われたくない言葉だ」

 皮肉げに言い返しながらも、如月の唇には微笑みが浮かんでいた。
 何故だろう。ろくでもない男だと思うのに、恨みつらみもたくさんあるのに、どうしてだか完全には憎めない。心のどこかで許してしまっている自分がいる。

「私も言ってから、後悔したよ」
 立石もまた微笑みを浮かべた。これまでの感情のこもらない酷薄な笑いではなく、心からのやわらかな笑みだった。
「あんたも…、元気で」
 如月は最後にそれだけを言うと、決然と背を向けた。

 もう二度と振り向くまい。この先には大切な人が待っている。その人のことだけを考えるのだ。
 そして立石もまた、何も応えはしなかった。
 夜の闇に溶けるように、白い沈黙がゆっくりと二人の間に降りて、後はただ、如月が扉を閉めた音だけが、弔いの鐘のように辺りに響くのだった…。


 それでも如月には、予感があった。
 またいつか自分はあの男と会うことになるだろう、と。
 それもおそらくは、そう遠くない未来に……。


              おわり

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ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_ _)m

ようやく終わりました。
リアルタイムで読んで下さっていた方はお疲れ様でした。
立石さん、結局最後まで良く分からなかったなぁ(ダメ)。

パラレル設定とはいえ、いろいろとおかしな点もありますが、
広い心で見逃してやってください…。
くどくど説明すると長くなるので、かなり省きました。
すでに6話でも長すぎると思うのに、これ以上は。
だってウチは松月サイトですから!(笑)。

そのせいで、特に最終回は駆け足ですが…。
あと一話くらい追加して、角松氏の描写も入れようか、
もうちょっとエロを長くしようか、などと悩みましたが、
今となってはこれで良かったかな、と思います。

えーっと、立石さんに出会った瞬間に一目惚れして、
その勢いに任せて書いてしまったこのシリーズですが、
実はまだ続きがあります…(苦笑)。
その伏線も張ってあるので、いずれ書きます。
ええ、絶対に書きますとも。

またこんなのが突発的に始まったら、
生温かい目で見守って頂けるとありがたいです。

2005.05.08

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