「Stand By Me」 その2


(2)


奇跡なんて信じない。

そう言ったのは誰だっけ…?
そんなものがあったら、誰も苦労はしないだろう。
少なくとも人の心と心の間には、奇跡なんて存在しない。
心の中を言葉にして見せないことには伝わらない。
自分でも理解できない自分の『心』を、
『言葉』なんて不確かなもので、
表現できる筈もないのだけれど…。


「身体、痛てぇなぁ…」

たった一人の部屋で、つぶやく独り言。
これほどに孤独がつのる瞬間はないよな。
こんなにこの部屋は広かったっけ?
二人が一人になっただけで、こんなにガランとするものか?

「頭も痛い…」

熱があるような気がする。
やっぱり昨日ヤッたせいなのか。
それとも酒のせいか。
もしかしたら精神的なものかもな。
知恵熱か。…最悪だな。

「のど渇いたな…」

水が飲みたい。
乾いて乾いて仕方がない。
きっと身体中が乾いている。
多分、心の中もカラカラだ。
頭の中もカラッぽか?
ああ、思考がまとまらない。


「…京一」

…呼ぶなよ。バカだろ。
心の中で思ってても、口には出すな。
自分で追い出しておいて。
自分から嫌われるようなことを言っておいて。
女々しいったらないよな。
期待してんなよ。

(あんなこと言っちゃったけど、京一だったら分かってくれる)

そんな訳ないだろ。

(きっと戻ってきてくれる)

甘い考え、抱いてんな。


言わなきゃ伝わらない。
言ったって伝わらない。
それでも言い続けなきゃならない。
…人間って不便だ。

「お前だって人間だろ」

こうやって、自分に言い聞かせないと、たまに忘れちまう。
自分が人間だったかも、忘れちまうような愚かなイキモノ。
京一をバカに出来ないくらいに、オレもバカだからな。
だから。

…オレは大丈夫だ。
このくらいでは負けない。
この程度では傷一つつかない。
後悔なんてしない。
きっと一人で生きていける。
…その筈だ。その筈なのに。

「京一ぃ…」

だから、呼ぶなっての。
もうオレの頭もどうにかなっちまったらしいな。
熱のせいだか、何のせいだか。
京一がいない。
京一が目の前にいない。
いつでも一緒だった京一が。
それも当たり前なのに。
自分が追い出したのに。

「きょ…うい…ち」

京一に会いたくて仕方がない。
抱きしめて欲しい。
キスしてもいい。
もちろん抱いたっていい。
身体くらい、いくらだってやる。
京一が欲しがるものだったら、何だってくれてやる。
だから。

「帰ってきて、京一」

この声が、届いたら。
京一の心に届いてくれたら。
それこそ奇跡じゃないだろうか…?
愛の奇跡、か。ある訳ねえよな。そんなの。
でも、信じてみたい。今だけは。

「京一、京一、京一ッ!!」

オレみたいに性格の悪いヤツ、お前じゃなきゃダメだ。
お前くらいに頭の悪いヤツじゃないと、
オレについて来られない。
あんなバカ、この世に一人しか居ない。
あんなに可愛くて、いとおしいバカは。

昨夜、ちゃんと言ってやったのに。
あのバカは忘れ果てているみたいだから。
もう一回だけ言ってやる。
また忘れたら、また言ってやるけど。
何度だって、言ってやるから。


京一、愛してる。

だから京一。


…こんなオレだけど、そばに居てくれますか…?


 


 


ひーちゃんは大切な親友で、誰よりも特別だけれど。
だからこそ、どうしてあんなことをしてしまったのか、
分からなかった。
二人で築いてきた時間も、想いも、
何もかもが壊れてしまうような気がした。
自分の過ちで。
ほんと、オレって救いようのないバカだよなぁ…。


…ひーちゃんに怒鳴られた。
確かにいつも思ったことはすぐに口に出すヤツだったけど。
それでもどこか本心は見せていないところがあったから。
いつでもにっこり笑って、誤魔化しちまうようなヤツで。
それが悔しかったのに。
まさか、あんな風に怒鳴るとは思わなかった。

「…泣かせちまったな」

いや、実際には泣いてなかったけどな。
涙は見えなかった。少なくとも顔には。
ただ、心の中では分からない。そういうヤツだから。
出てけって、オレに怒鳴っておきながら、
自分の方が捨てられたみたいな顔をしていた。
でもよ、…捨てられたのはオレだよな?

「バカだよな、オレって」

本当にバカだ。バカの中のバカ。世界一の大バカだろ。
誰よりも護りたい、大切にしたいと思っていたひーちゃんを、
傷つけておきながら、それすら忘れ去って。
酒を飲んでいたから、なんて言い訳にもならない。
酔った勢い?そんなの嘘だ。
本当にやりたくないことを、酒が入ったからってヤルかよ。
認めちまえ、蓬莱寺京一。
お前はあいつのことを抱きたかったんだろう…?

「そういうことに…なるのかなぁ」

こんな風に一人でつぶやいているオレって、
誰が見ても、やっぱりバカみたいだろうな。
しかもひーちゃんの家の前から動けやしねぇ。
だってよ、捨てられた犬だって、
必死に飼い主のところへ帰るだろ。
何キロも歩いて、希望なんてなくたって、
ただ大切な人と一緒に居たいから、進むんだろ。

「オレだってやってやるさ」

飼い主がひーちゃんだ、なんて言うつもりはねえよ。
でも、犬に出来て、オレに出来ないことないよな。
犬と同じ次元ってのも哀しいが。
オレの大事なものは決まってる。ひーちゃんだ。
何回捨てられたって、オレはひーちゃんの元に戻るぜ。

「バカだからな」

多分、学習能力っての、ついてねえんだろうな。
きっと何度も間違えちまうだろう。
またひーちゃんを怒鳴らせたり、泣かせたりしちまうだろう。
でも、それでも。
オレの気持ちは変わらないから。
オレはひーちゃんが好きだから。


「あれ…?」

オレって、ひーちゃんのこと、好きなのか?
どこからか、心の中に浮かんできて。
当たり前のように、居座っちまったけど。
その考えは正しいのかな?
オレは親友としてじゃなくて、ひーちゃんを…?

「バカだよなぁ…」

今頃気付いたらしいぞ、オレ。
順序が逆だろ、逆。
まずは好きだって言ってから、押し倒すんだよな。
いやいや、押し倒すのはずーっと先か。
デートしたり、手つないだり、キスしたり。
そんなの全部すっとばしちまったんだな。
ひーちゃんが女だったら、怒鳴られるどころじゃ済まねえよな。
もちろん男でも、済まないかもしれねえが。

「…ん?」

いま、頭の中に、何かがよぎらなかったか?
オレはひーちゃんに、大事なことを言った気がする。
ひーちゃんもオレに、大事なことを言ってくれた気がする。
それすら忘れちまったのかよ、オレってヤツは。
ああ、もう二度と酒なんて呑まねえぞ。
酒は呑んでも呑まれるな、だ。

「ま、いいか」

そのうちに思い出すだろ。
それよりも、言わなきゃいけないことがある。
たくさん、ひーちゃんに伝えなきゃいけない。
ひーちゃんのこと、大好きだって。
ひーちゃんじゃなきゃ、ダメなんだ、って。

「ひーちゃん…」

ったく。本人の前で、言わなきゃいけねえってのに。
今言ってどうするよ。
怖気づいてるんじゃねえぞ、オレ。
ひーちゃんに怒鳴られようが、蹴飛ばされようが。
オレは負けないからな。
オレみたいなバカ、見捨てないでくれるの、
ひーちゃんしか居ねえし。
行くぜ、オレ。ちゃんと言えるだろ。
飼い犬だったら、飼い犬らしく。
思いっきりちぎれるくらい尻尾振ってよ。


ひーちゃん、愛してる。

だからひーちゃん。


…こんなオレだけど、そばに居てくれますか…?


 

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