「Stand By Me」 その1


(1)


酒の上の過ち。酔った勢い。
そんなのいくらでもあるごく普通のこと。
例えば朝、目が覚めて隣に誰かが眠っていたとして、
身に覚えが全然なかった、なんてことも、
いくらでも世間には転がっている。
そう、今更驚くことでもない。
隣に眠っていたのが「親友」で、
オレと同じ「男」だったとしても…。


「ようやくお目覚めか、京一」
「…ひーちゃん、これって」
「ああ、一目瞭然だな」
「マジで?本当っに、最後の最後までやっちまったのか…?」

夢…じゃねえよな。
お互いに裸で、ベッドの中にいるんだから。
ついでにそれっぽい液体とか、ティッシュとか…。
疑う余地なんてないよな、これじゃ。
…だが。


「お前、まさか覚えていないなんて、言うんじゃないだろうな」

その通りだ。
全くこれっぽっちも記憶に残っていない。
いくら酔っていたとはいえ、これはあんまりだよな。
言ってみれば、オレたちの初夜………、………だというのに。
いや、そもそもこんなに酔っていたなら、
まともに出来た筈もないんじゃないか?


「オレは全て覚えているし、
 覚えていなかったとしても、身体が忘れさせてくれないよ」
「え…?それ…」
「痛てえってこと」

…申し訳ない。
やることはやったらしい。さすがはオレ。いや違うッ。


「ゴメン、ゴメンな、ひーちゃん」
「何で謝る?やらなきゃ良かったとでも思ってるのか?」
「違うって、そうじゃなくて。その…、痛くしたから」
「仕方がないだろ。
 男なんて一度ツッコんだら、我を忘れちまうんだから。
 初めてなら皆こんなもんだ」

…身もフタもないな、ひーちゃん。
それでも忘れてるってのはどうにかならないのか、オレ。
もう二度とないかもしれない経験なのに。
いやまた経験できたとしても、「初めて」は一度きりだからな。
そういやオレ、別の意味でも「初めて」だったんだよな…。
それじゃ、上手く出来る訳ないよなぁ。
うーん、でもやっぱり思い出せないってのはイタイぜ。
何て言うんだ、こういうの。
会わせる顔がない、ってヤツか。
…会ってるけどな、思いっきり。


「そんな訳で、オレは今日学校休むから。
 テキトーに言い訳しといてくれる、京一」
「え?それならオレも」
「お前はダメ。またサカられたら、オレの身が保たないし。
 一人で寝かせろ」

邪魔だってことだな、そりゃ。
きっぱり言われた。
もしかしたら嫌われたんじゃないのか、オレは。
ま、無理もないけどな。
多分…、かなり強引に押し倒しておいて、
やるだけやっておきながら、
次の日にはまるで覚えてねえんだから。
オレだって自分で自分が最低野郎だと思うぜ。


「そうだな。悪りぃ。じゃあな、ひーちゃん」
「ああ、じゃあな、京一。しばらくはうちに来るなよ」
「え?ちょっと待て、それって」
「出入り禁止。お前のバカが治るまで」

…意味が分かりません。
やっぱりそれはオレがバカだからでしょうか?


「ひーちゃん…」
「うるさい、出てけ。もう来んな」
「ひーちゃん…ッ」
「怒鳴らせるなよ!身体にひびいて痛てえっつってんだろッ」
「そっか。…ゴメンな」

ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
もう二度としません。
この責任は取ります。
どんなことでもします。
一生を懸けて償います。
…だから。



オレを捨てないで…。


 


 


そんなには酔っていなかった。
理性を失うほどじゃない。
常識を無くすほどじゃない。
もちろん流された訳でもなく。
オレがしたかったから。
…ただそれだけ。


「痛てぇ。やっぱり夢じゃないよな…」

何だか不公平って気がする。
どうしてオレだけ痛いんだ?
全然気持ち良くなんてなかったし。
初めてだから仕方がないとしても、だ。
オレなんて、童貞だったんだぞ。
もちろん前も後ろもだ。
どうしてくれるんだ、こんちくしょう。
責任取れよ、このバカ。


「ようやくお目覚めか、京一」
「…ひーちゃん、これって」
「ああ、一目瞭然だな」
「マジで?本当っに、最後の最後までやっちまったのか…?」

何言ってるんだ?こいつ。
まさか、考えたくもないが。
覚えていないなんて言うんじゃないだろうな?


「いやその…、まぁ、なんつーか」

覚えてないらしいな。嘘の下手なヤツだ。
あんなに散々ツッコんでおきながら。
いやまあそれは良いとしても。良くはないが。
身体の方はまだ許せる。問題は…。


「悪りぃ、全然覚えてねえんだ。オレ、なんか言ったか?」

ぶっ殺したろか、こいつ。
忘れるか?!忘れるか、普通。
あんなに重大なことを言っておきながら。
それとも本心じゃなかったってことか?
酔ってたから?
あるいは、オレを抱く為に、口からでまかせを…。
いや。いくら何でもそんなヤツじゃないよな。
…そう思いたい。
でも許せることと許せないことがある。


「出入り禁止。お前のバカが治るまで」

はっきり言ってやったら、すっきりするかと思ったのに。
却って気分が悪くなった。
ああ、何だか本当に嫌になる。
身勝手なオレ自身に。


「ひーちゃん…」

そんな泣きそうな顔をしたってダメだ。
捨てられた仔犬みたいな目をしたってダメだ。
最低なのはお前じゃなくて、オレだから。
こんなオレに『捨てられる』なんて思ってんなよ。
ほら、言ってやるから。出てけ。


「うるさい、出てけ。もう来んな」

ホント、オレって可愛い性格してるよな。
よくもまあ、こんなに思ってもいないことが口から出るよ。
性格良すぎて反吐が出そうだぜ。
京一も大概バカだけど、オレもバカだな。
救いようがないほどに。


「ひーちゃん…ッ」

うるさい。
うるさい。
うるさい。
お前の顔なんて見たくない。
分かってる。
お前を堕としているのはオレだってことくらい。
そんな目で見なくても、解放してやるから。
さっさとどこへでも行っちまえ。
そして、全部忘れれば良い。


「そっか。…ゴメンな」

嘘です。
嘘です。
嘘です。
何もかも嘘です。
…だから。



オレを捨てないで…。


 

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