『 邂逅……、そして 』

(6)



 頬にキスを落とした瞬間、御剣の額のヒビがこれ以上はないというほどに、深く刻まれる。
「……何だ、それは」
「キスだよ、もちろん」
「キサマは私に、あれほどしつこく強要しておいて、それだけで済まそうというのか」
 御剣は、ぷんすか膨れているが、そんな様子も可愛いだけだった。

「あはは、そんな訳ないだろ。本番はこれからだよ。でも、その前に、とりあえずコイツを片付けようか」
 成歩堂の視線の先には、もちろん例のアダルトグッズがある。
「使わないのかね?」
「まぁ、せいぜいこのくらいかな」

 苦笑を浮かべながら、成歩堂はローションと避妊具を手に取った。それ以外のあれやこれやも、いつか使う日が来るかもしれないが、今夜のところはお預けだ。
「……仕方があるまい」
 せっかく買ったのに、とでも言いたげな顔で、御剣はグッズを片付けてゆく。段ボール箱に適当に突っ込むだけだが。
「これで良いか?」
「うん、最高だね」


 邪魔なものが無くなって、すっきりとしたベッドに成歩堂はごろりと横になる。
 そして、隣の空いたスペースをぽんぽんと叩き、御剣を呼んだ。
「おいで、御剣」
「私は犬やネコではないのだぞ」
 そう言いながらも、成歩堂の横にちょこんと収まる御剣だ。そこをすかさず抱き寄せて、耳元で甘くささやく。

「今度こそ、ちゃんとキスしようか」
 御剣は小さくうなずいて了承するが、成歩堂はもう御剣がダメだと言っても、止めるつもりなどなかった。
「……んぅ……っ」
 欲望の赴くままに唇を荒々しく奪うと、御剣が切ない声をこぼす。

 それはどこか拒まれているようでもあったが、成歩堂は構わずに彼の形の良い唇をこじ開け、歯列を割って、容赦なく舌を侵入させた。
 ぬるりと口腔内を舐め回すと、御剣が身体をよじらせて抵抗を見せる。二人の初めてのキスは軽く触れ合わせただけだったから、いきなりのことに戸惑ったのかもしれない。


 けれど、たかがディープキスごときでジタバタされては、この先が続かない。成歩堂は攻撃の手をゆるめることなく、御剣を蹂躙してゆく。
 最初のうちは御剣もされるがままだったが、多少は慣れてきたのか、成歩堂の舌の動きに合わせて、たどたどしく反応を示すようになっていた。

「……やぁ……っ、ん……っふ」
 熱っぽく舌を絡め合い、息苦しくなって唇を離すと、御剣の艶めかしい喘ぎ声が寝室に響き渡る。あの御剣がこんな声を漏らしているのだ、と思うだけで、成歩堂は達してしまいそうだった。
 実際にも、成歩堂の下半身はすでに固く勃ち上がっていたし、ぴったりと身体を触れ合わせている御剣にもそれは伝わっていただろう。

「ぁ……ん……、成歩堂……ぅ……」
 ふいに御剣が、甘ったるい声で成歩堂を呼んだ。
「ん、どうしたの? もう限界かな……?」
 成歩堂の問いに、御剣は言葉ではなく態度で示す。
 上気した頬、うるんだ瞳で誘うようにこちらを見つめながら、もどかしげな手つきで、御剣は自分のシャツのボタンを外し始めた。
 その姿をじっくりと眺めているのも楽しそうだったけれど。


「うんうん、分ったよ。それじゃ、僕に任せて」
 どうせなら、自分の手で御剣の服を一枚一枚剥ぎ取って、生まれたままの姿にしてやりたかった。
 そこで御剣をベッドに寝かせ、自分はその上に馬乗りになって、シャツとズボンを脱がせてゆく。
 下着をめくって、滑らかな白い肌と、固くとがった桜色の突起をあらわにしたところで、成歩堂はふと疑問が湧いた。

「あのさ、御剣。電気は消さなくて良いのかな。お前が恥ずかしくないって言うなら、僕としては、このままでも構わないんだけどね」
 すると御剣は小さくうなずいた。
「暗闇は苦手だから、これで良い。……恥ずかしくないと言ったらウソになるが……」
「暗闇が……? そうか。じゃあ、このままで」

 御剣が先刻言っていた、悪夢を見るという話を成歩堂は思い出したが、それ以上は追及しないことにした。それに何よりも、明るい光の下で、御剣の痴態を見ていられるなら、その方がずっと良いに決まっている。
 成歩堂はなだめるように御剣の頬に軽いキスを落とすと、すぐに容赦なく、御剣の服をすべて剥ぎ取って、一糸まとわぬ姿にした。


 そうして白日の下にさらすと、均整のとれた御剣の肢体は、まるで自ら発光しているかのように美しかった。
 成歩堂は思わず感嘆の息をもらす。
「……きれいだ」
 しみじみとつぶやかれた成歩堂の賛辞を、御剣はどう受け取ったのか。頬を朱に染めながらも、そっけない言葉を返した。

「そんなことより、さっさと続きをしたまえ」
「このまま一晩中でも見ていられそうなのに」
「本当に見ているだけで済むならば、私としてはそれでも構わないのだがな」
「……すみません、ウソです、ごめんなさい」
 もちろん見るだけで済むはずがない。

 成歩堂が情けなく頭を下げると、御剣はくすっと微笑んだ。
「ならば、どうするのだ? いくら夜は長いといっても、こんなことをしていては朝になってしまうぞ」
「えっと、それじゃ……、いただきます」
 成歩堂は自分もバスローブを脱ぎ捨てて裸になると、猛然と御剣の上にのしかかってゆく。お互いの熱を帯びた肌が触れ合う感触に、成歩堂はうっとりと酔いしれた。


「んぅ……」
 貪るようにきつく抱きしめると、腕の中で御剣が切ない声を上げる。その隠微な響きに成歩堂の欲望は高まるばかりだ。
 もっと声を聞かせてほしい、啼かせたい、喘がせたい、身も世もなく乱れさせたい。そんな御剣の姿を見ることが出来るのは、自分だけだと思うから。

「ああ……、御剣。お前を全部食べちゃいたいよ」
 快感に溺れる胡乱な頭でつぶやきながら、成歩堂は御剣の鎖骨に舌を這わせ、軽く甘噛みする。この位置ならばキスマークや歯形を付けても、外から見えることはないだろうが、何となくためらわれて、そっと歯を当てるだけにしておいた。
 つもりだったのだが、その瞬間、御剣がびくんと全身をふるわせて、これまでにない激しい反応を見せる。

「あれ? もしかして、ここ……感じる?」
 確かめるように、成歩堂がもうちょっと強めに鎖骨を噛んでみると、御剣は可愛らしく、いやいやと首を振った。
「……分からない……が、変な気分に……」
「うんうん、それが感じてるってことだよ。そうやって御剣のイイ所、いっぱい教えてほしいな」

 いたずらっぽく笑う成歩堂に対し、御剣は何も答えない。ただ不安げなまなざしで、こちらを見つめ返すだけだ。
「どうしたの?」
 問うてみても、御剣はやはり戸惑った様子で目を逸らすばかり。
「……御剣」
 成歩堂は手を伸ばし、御剣の髪をくしゃりと掻き回す。


「何か気に掛かることがあるなら、ちゃんと言ってくれないと伝わらないよ。そうやって自分一人で抱えないで、僕にも分けてくれないかな?」
「成歩堂……、私は」
「うん」
 しばらく髪を撫でてやっていると落ち着いてきたのか、御剣はぽつぽつと話し始めた。

「私は君に抱かれるつもりだった。いや、これから現実にそうなるのだろう。だが、実際にこうして君に触れられて、キスされただけで、自分が自分でなくなるようだった。
 今まで味わったことのない感覚が押し寄せてきて、どうして良いか分からなくなった。まだ何もしていないというのに……」
「うん」

「この先もっと色々なことをされたら、私自身がどうなってしまうのか、すごく不安で、怖くて……、だから」
 御剣は本当に怯えているようだった。
 成歩堂は慎重な手つきで御剣の身体を抱きしめると、頬にそっとキスを落とす。

「大丈夫だよ、御剣。僕を信じて。僕はお前を怖がらせるようなことはしないよ。さっきは脅かしちゃったけど、あれも本気じゃなかったしね。ただ僕はお前に気持ち良くなって欲しいだけなんだ。お前を幸せにしたいだけなんだよ」
「……分かっている」


 成歩堂に乱暴にされたのなら、御剣も拒むことは出来ただろう。
 だが成歩堂は御剣を愛したいだけなのだ。
 思いっきり優しく甘やかして、めろめろにさせたいだけなのだから、それを居心地が悪いと御剣が思ったとしても、拒否する材料にはなり得ない。

「君の気持ちは分かっている。だからこれは私の方の問題なのだろう。私が乗り越えるべきことなのだろうな……」
「なんか深刻に悩んでいるみたいだけどさ。あんまり深く考えないで、気楽に身を任せてくれたら良いんだよ?」
「それが出来るなら、苦労はない」
「ホントに不器用だね、お前は」

 成歩堂は苦笑を浮かべるより他にない。
 御剣の不安も戸惑いも理解は出来るが、だからと言って、ここで引き下がる訳にもいかないのだから。
「あのさ、御剣。お前は自分ばかりが追い詰められて、余裕が無いと思っているかもしれないけど、僕だって結構ギリギリなんだよ。情けないくらい、みっともないくらいにお前を求めてるんだ。だから、お前だけが恥ずかしがることも、怖がる必要も無いんだよ」

「……君も……?」
 御剣は意外そうな顔をする。
「もちろん。僕だって、まるで初恋の人を前にした中学生みたいに、のぼせ上がっちゃっているんだ。失敗しないことを祈るばかりだよ」
「そんなものか」
「そんなものだよ」
 二人で顔を見合わせて、くすくすと笑うと、御剣もようやく落ち着きを取り戻すことが出来たようだ。


「それでは続きをしよう、成歩堂。私も多少は心構えが出来たから、先刻のように乱れたりはしないと思う」
「僕としては乱れてくれた方が嬉しいんだけどね」
「私を乱れさせたいなら、まずは君から乱れたまえ」
 御剣はそう言うと、挑発的な仕草で、成歩堂の太腿の上にまたがった。そうして成歩堂の硬く勃起した陰茎を右手に握り込むと、ぎこちない手つきで上下に扱き始める。

「ちょ……っ、御剣、それ……、マズイって」
「何がマズイのかね。良いなら良いと、はっきり言わないと分からないぞ」
 どうやら先刻の仕返しらしい。
 御剣の手管はお世辞にも上手いとは言えないものだったが、それでも今の成歩堂にとっては眩暈がするくらいに扇情的で、刺激的だった。

 成歩堂は深い溜め息を付きながら、正直な感想を吐き出す。
「ああ……、すごくイイよ、御剣。今にもお前の手の中に射精しそうだ」
「すれば良かろう。私も君の達する顔が見たい」
 御剣はあくまでも挑戦的な態度を崩さないが、それが精一杯の虚勢だということを、成歩堂は知っている。ほんの少し前までは、自分の腕の中で震えていた御剣なのだから。


 そこで成歩堂もまた、内心の焦りを隠して、不敵に微笑んでみせた。
「それは奇遇だね。僕もお前のイク顔がぜひ見たいよ」
「ム……?」
「だからさ、一緒に行こう、御剣。お前のだって、そんなに苦しそうじゃないか」
 半身を起して、成歩堂が伸ばした手の先には、御剣の勃ち上がった陰茎がある。そこに軽く指を触れさせただけで、御剣は切ない喘ぎをこぼした。

「んぅ……っ」
「イイ声だよ、御剣。ほら、こうしてお互いのモノを重ね合わせると、もっと気持ち良くて、堪らないね」
「ぁ……、成歩堂……っ」
 二人の熱く昂ぶったモノが擦れ合うたびに、ぬるついた感触と、手のひらで包み込まれている圧迫感とで、くらくらするほどの快感に襲われる。

 それと同時に、御剣自身に触れている指の先端からも、じわりと疼くような、痺れるような悦楽を覚え、成歩堂はほんの少し戸惑った。
 まさか自分が男のモノを撫でているだけで興奮し、カンジてしまうなんて事態は、想像もしていなかったから。
 だが、そんな違和感も、快楽の波に押し流されて、すぐに消えてしまう。それに何よりも、御剣がもう限界を迎える様子だ。


「っふ……、ぁん……っ、なる……ほ……っ」
 成歩堂の陰茎を握りしめながら、御剣はもどかしげに腰をくねらせる。先刻からずっと半開きのままの唇からは、しどけない嬌声が絶えなかった。
「ああ、御剣……、僕ももう……」
 成歩堂が切羽詰まった声を上げると、御剣は艶めかしい舌先を伸ばして、そっとまぶたを伏せる。長い睫毛がかすかにふるえて、たとえようもなく可憐で、かつ隠微な姿だった。

 そして、その意味が分からない成歩堂ではない。
 荒々しく噛み付くように、成歩堂は御剣の唇を奪う。二人が熱を帯びた舌を絡め、とろりとした唾液を味わうのと同時に、成歩堂の手の中で、御剣のモノが弾けた。
 手のひらに御剣の迸りを感じた瞬間、成歩堂もまた達する。

 御剣をイカせたことに興奮したのか、それとも御剣の精液そのものに感じたのか、理由は分からなかったが、もはやそんなことはどうでも良かった。
 どくどくと勢いよく放たれた成歩堂の精液が御剣の肌を濡らし、御剣のそれが成歩堂を汚してゆく。お互いに犯し犯されるような感触は、今までに知らなかった背徳的な悦びを成歩堂に与えてくれた。


 深く長いキスを終え、二人の唇が離れると、御剣が甘い溜め息をもらす。
「もう……、死んでしまいそうだ」
 熱に浮かされたようにつぶやいた御剣の言葉には、成歩堂も全面的に同意だったが、現実には、まだ夜は始まったばかりだ。
「気持ちは分かるけどね、御剣。もうちょっと頑張って欲しいな。本番はこれからなんだから」

 成歩堂がそう言うと、御剣は不安げなまなざしで、こくりとうなずくのだった……。

              

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2014/10/26