『 邂逅……、そして 』

(5)



「あ、そうだ、御剣。恋人同士だったら、まずはデートでもするんじゃない?」
 成歩堂が苦し紛れに言うと、御剣は呆れ顔になった。
「ならば、今こうして君と私が会っているのは何だと言うのだ」
「デート……、かなぁ」
「まぎれもなく」

「いや、でもさ。少なくとも僕の側では、そんな認識はね」
「だったら今から認識すれば良いだろう」
「そんなに簡単に切り替えられないよ」
 成歩堂は困惑する。
 御剣のことを好きだからこそ、あくまでも友人として振る舞おうとしていたのに、いきなり恋人になれと言われても、どうしていいか分からない。

 すると御剣は悲しげなまなざしでうつむいた。
「……やはり、私ではダメだということだな」
「え?」
「分かっていたのだ。私には色気もないし、女性らしい柔らかな身体もない。いくら君が私のことを好きだと言っても、そう簡単に抱くことなど出来ないだろう、と」
「えっと……」


 どうやら御剣は自分で結論を出してしまったらしい。成歩堂がおろおろしている間にも、彼の言葉は続く。
「それに私には経験もないから、こういう時に君を誘うことも出来ない。どうすれば君がその気になってくれるのかすら、想像もつかない。例えば目の前で服を脱いだとしても、男の裸ではな……」
「ちょ……、ちょっと待ってよ、御剣。僕の意見も聞かずに勝手に決めないでよ」

「ム……?」
「ただ僕は突然のことに戸惑っていただけで、お前を抱きたくないって訳じゃないんだよ」
 成歩堂の言葉に御剣はうなずく。
「ならば」
「だから、その結論が早すぎるってば」
「キサマは先刻から何をウジウジと」

 御剣はご立腹のようだが、成歩堂にもプライドがある。御剣のことを大切に思うからこそ、そう簡単に抱けはしないという気持ちを、どう伝えれば良いのか。
「あのさ、御剣。僕だってお前が好きだと言ってくれたのは嬉しいよ。飛び上がって喜びたいくらいだけど。お前は男に抱かれるってことの意味を本当に分かってるの?」
「……どういう意味だ」


「こういう意味だよ」
 成歩堂は御剣の両腕をつかみ、ソファの上に押し倒す。
「な……っ」
 御剣の瞳に初めて不安の色が現れた。成歩堂は彼の躰の上にのしかかるようにして、容赦なく畳み掛ける。

「ほら、こうして。身動きもままならないうちに、服を脱がされ裸になって、恥ずかしい恰好をさせられて、一方的に貫かれるんだ。お前のようなプライドの高い男には、何よりも屈辱的な行為だろう。それでも僕に抱かれるって言うの? それだけの覚悟があるって言うのかい?」
 もちろん成歩堂は、ここで御剣を犯すつもりなど無かったが、御剣は戸惑ったようなまなざしで、こちらを見つめ返す。

 だが、ふいに御剣はくすりと微笑んだ。
「それで私を脅したつもりか。見損なうなよ、成歩堂。ムロン、その程度のことは想定済みだ。覚悟だって出来ている。むしろ覚悟が出来ていないのは君の方だろう」
「ぐ……」
 ぐうの音も出ないとはこのことか。ここまでされては成歩堂も観念するしかなかった。


「分かった、分かったよ。たとえお前が『お礼』のつもりで僕に抱かれようとしているのだとしても。お互いに両想いなら、お前の気持ちを受け入れれば良いんだろう」
「その通りだ、成歩堂。確かにこれは『お礼』ではあるが、それは単なるきっかけに過ぎない。口実というべきか。いくら好き合っているとはいえ、男同士で躰をつなぐことは抵抗があるだろうと思ったのでな」

 御剣なりに気を遣ってくれたらしいが、成歩堂には逆効果だ。それなら最初から、好きだから抱いてくれとストレートに言ってくれた方が、よほど受け入れやすかっただろう。
 だからきっと、これは御剣が自分を納得させるための言い訳なのだ。
「……何というか、お前らしい不器用さだな」

 成歩堂はくすっと微笑み、御剣をやわらかく抱き起こす。御剣を試すつもりで凄んではみたものの、やはり自分には向いていないと反省した。
 御剣と恋人同士になるというのなら、思いっきり甘やかして、トロトロにしてやりたい。御剣が逃げ出したくなるくらいに、嫌というほど優しくしてやりたかった。


 そこで成歩堂が御剣の絹糸の髪に軽くキスを落とすと、御剣はさっそく戸惑ったような顔になる。
「それは何のマネだ」
「恋人同士ならイチャイチャしないとね」
「私がして欲しいのは、こういうことでは……」
「そうはいっても、いきなり突っ込む訳にはいかないだろ」
「突っ込めば良かろう」
「全くもう……」
 御剣の頑固さには呆れるのを通り越して笑ってしまう。

「悪いけど、それは僕の流儀に反するんだ。どうせなら、ゆっくりベッドの上で愛し合おうよ。でもその前に、一緒にシャワーを浴びるというのはどうかな?」
「ム……、何故一緒に、なのだ?」
「もちろん、その方が楽しいからね」
「私は楽しくない。そういうことならば先に入らせてもらう」
「え……、ちょ……っ」

 成歩堂がぼんやりしている間に、御剣はすたすたとシャワールームに向かっていった。絶対に入ってくるな、とこちらに釘を刺すことも忘れない。

「……しょうがないか」
 そこで成歩堂は、ゆったりとしたソファに身体を沈めると、のんびり御剣を待つことにした。湯上りの御剣を妄想しながら、鼻の下を伸ばしていたところで、意外なほどに早く御剣が戻ってくる。


 だが、しかし。
「シャワー、浴びたよね?」
 思わず成歩堂が確認してしまったくらいに、御剣の様子に変化はなかった。かすかに頬が上気している程度で、服も同じものを身に着けている。
 さすがの成歩堂でも、御剣がタオル一枚で出てくるとは思っていなかったが、ここまでガードが固いと、本当に抱かれるつもりがあるのだろうかと疑いたくなった。
 当の御剣だけは涼しい顔だけれど。

「バカなことを言っていないで、君も入ってきたまえ」
「はいはい、分かったよ」
 仕方がないので、成歩堂もシャワーへと向かう。浴室は思っていたよりも普通で、シンプルなデザインだった。もちろんライオンの口からお湯が噴出していることもない。
 だがバスタブは、それなりに大きくゆったりしているので、男二人で入ることも出来そうだった。その日が来ることを夢見ながら、成歩堂は手早く身体を洗う。

 浴室の外に出ると、成歩堂の服の代わりに新品のバスローブが置かれていた。
「これを着ろ、ってことか」
 どうせなら自分が着るよりも、御剣のバスローブ姿を見たかった、と思いながら、慣れない手つきで身に着ける。上質なものらしく、肌触りはとても良かったが、どうにも落ち着かない。


「ねえ、御剣。僕の服は……、あれ?」
 リビングに戻っても、御剣の姿はない。成歩堂がきょろきょろしていると、どこからか御剣の鋭い声がした。
「こちらだ、成歩堂」
 ふと見ると、廊下の途中にあるドアが少し開いている。
「……御剣?」

 おずおずとドアを開けてみれば、そこは予想どおり寝室だった。部屋の中央にキングサイズはあろうかという大きなベッド、その横のテーブルにランプが置かれているくらいで、他には何もない。
 そして御剣はベッドの上に悠然と座り、まるで成歩堂を誘惑するかのように、こちらを見返しているが、成歩堂の目を奪ったのは、別のものだった。

「えーっと、それは何かな?」
「さあ、よく分からない。適当に通販で購入したのでな。君が好きなものを使いたまえ」
「……お前は僕にどんな趣味があると思ってるんだ」
 御剣が座っている横のベッドの上に無造作に投げ出されているのは、いわゆるアダルトグッズという奴だった。おなじみのものから、一見しただけでは用途が分からないようなものまで様々だ。

「私は未経験だ。何が必要なのか分からないのだから、仕方があるまい」
「僕だって、そんな経験豊富じゃないけど。それにしたって、これは……」
 卑猥な形状をしたアダルトグッズを、御剣がベッドの上にご丁寧に並べている姿を想像すると、成歩堂は可笑しくてたまらなくなった。


(それだけ本気だったということか……)
 どうやら御剣は、こちらが思っていた以上に、成歩堂に抱かれることを真剣に考えていたらしい。乏しい知識を最大限に活用して準備してくれたのだろう。空回り気味ではあっても、その熱意は嬉しかった。
 インターネットの履歴がすごいことになっていそうだな、と苦笑しながら、成歩堂は御剣の隣に腰を下ろす。

「ありがとう、御剣。僕のために……」
「別に君のためではない。私自身が礼をしないと気が済まなかっただけだ。だから」
「はいはい、お礼ね、お礼」
 この期に及んで強がる御剣を引き寄せて抱きしめると、成歩堂は耳元でそっとささやく。

「ねぇ、御剣。キスして良い?」
「何を今更」
 御剣は呆れたようにつぶやく。
 それも当然だろう。初めてのキスは断りもなく、強引に奪っておいて、何を殊勝なことを言っているのかと、思われても仕方がないけれど。


「だからこそ、お前の口から聞かせて欲しいんだ」
「ム……?」
「ね、御剣。僕とキスしたい? 僕にキスして欲しい? ちゃんとお前の口から言ってくれないと分からないよ」
「な……っ」
 御剣が腕の中で身じろぎをする。きっと彼の頬は赤く染まっているだろう。

「抱いて欲しいとは言えるのに、キスして、とは言えないんだ?」
「したければ、勝手にすれば良かろう」
「それじゃ意味がないんだって」
「君という人は……」
 御剣が苦慮しているのが手に取るように分かる。
 それでも成歩堂は追撃の手をゆるめない。もう一押しで御剣は落ちるという予感がしたから。

「そんなに恥ずかしい? たった一言じゃないか。そうやって意地を張るのもいいけど、僕は絶対に折れないよ。僕のしつこさはお前が一番よく知ってるだろ? だから、ただ一言だけ、『して』って口にすれば良いんだ。それで終わるんだからね」
「………成歩堂」
 その声には、かすかに怒気が含まれていて、もしかしたら殴られるのではないかと思ったが。


 御剣は蚊の鳴くような小さな声で、ぼそりとつぶやいた。
「……キス、して……」
 それを聞いた瞬間、成歩堂は呼吸が止まるかと思った。きっと、このまま死んでしまっても後悔はなかっただろう。

「了解しました、お姫様」
 成歩堂はいたずらっぽくささやくと、御剣の赤く染まった頬に、触れるだけの軽いキスを落とすのだった……。

              

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2014/10/05