【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『 最良の選択 』

(3)

「このことを、双七さんが知ったら、どうするでしょう……」
 泣き疲れたのか、刀子が掠れた声でぽつりとつぶやいた。
「さあ、どうだろうな。だが、どちらにしても、彼には話さなくてはいけないだろう」
「でも……、そうしたら、双七さんはわたくしのことを抱かないかもしれません」
 刀子の言葉には、かすかに失望が混じっていた。

「それが嫌なら、全てが終わるまで、何も話さなければ良いだけのことだ」
「そんなこと出来ません。双七さんをだますような……」
「ならば、彼を信じるより他にあるまい?」
 愁厳が微笑みを浮かべると、刀子も安堵したようにうなずいた。
 刀子の不安は、愁厳ももっともだと思う。全てを話しても尚、刀子を抱けと迫るのは、双七にとっても、愁厳を殺せと言うのと同義だ。

 それでも刀子を手に入れるのか。それとも、刀子も愁厳もどちらも消すことが出来ないから、別の相手を探すのか。
 あの優しい男ならば、もしかしたら後者を選んでしまうのではないかと、愁厳も思う。自分の手でどちらかを消してしまうような選択など、出来はしないのではないかと思う。

 いや、他ならぬ愁厳自身が、そういう双七こそを欲しているのもしれない。
 いつでも消えて構わないと思いながらも、双七だけにはそれをして欲しくないと思ってしまう自分がいるのかもしれなかった。
 さりとて、刀子以外の女性に双七を渡したくはない気持ちもまた、同時に存在するのだけれど。


 愁厳も自分の心が分からなかった。
 刀子が迷い、悩み苦しんでいるのと同じくらいに、愁厳も苦しんでいた。
 双七に心惹かれていく自分を感じていれば尚更。
 決して報われることのない想いに胸を焼かれながらも、表面上は双七と友人として付き合っていかなければならないのは、想像を絶するほどの過酷な日々だ。

 それでも、目は自然と双七の姿を探してしまうし、双七に笑いかけてもらえれば嬉しいし、双七と話をするのは楽しかった。
 双七と共にあることでの幸福と、双七と共にあることでの苦痛は、いつも隣合わせだ。

「いっそ嫌いになれたら、楽なのだろうな」
 愁厳がぽつりとこぼした言葉の真意を、刀子は知っているのかいないのか。どこか遠くを見るようなまなざしで、そうですわね、とつぶやくのみだった……。


「どちらにせよ、選ぶのは双七君ということだな」
 愁厳の言葉に、刀子は沈痛な面持ちでうなずいた。
「双七さんには残酷な選択をさせてしまいますわね……」
「仕方あるまい。それで、どうする。俺から話した方が良いか?」
「いいえ、わたくしが話します。双七さんに全てをお話しして、それでもわたくしを抱いてくださる気持ちがあるのかどうか、はっきりさせたいと思います」

 刀子はきっぱりと言い切った。覚悟は決めたということなのだろう。
 あるいは、双七が選ぶのならば、どちらに転んでも仕方がないと受け容れる気持ちになったのかもしれない。
 こういう時の刀子は、本当に強くて揺るぎなくて、愁厳は気おされてしまう。いったん腹を括ってしまえば、女性の方がしっかりしているということか。男はいつまでもみっともなく足掻いてばかりだ。

 小さく自嘲の笑みを浮かべながら、愁厳はつぶやいた。
「このことを知ったら、双七君は怒るかな」
「どうして早く言ってくれなかったのか、と?」
「ここまで隠し続けてきたんだ。だまされたと言われても仕方がない」
 愁厳がそう言うと、何故か刀子はくすっと微笑んだ。
「そうですわね。怒ると思いますけれど、それよりも双七さんなら、きっと泣いてしまうのではないかしら」

「ああ、なるほど。確かにそうだな」
 話を聞かされた後、刀子の前で号泣している双七の姿が、愁厳にも容易に想像が出来て、思わず笑みを誘われる。
 きっと、あの優しい男ならば、誰よりも強く怒ってくれるだろうし、誰よりも激しく泣いてくれるだろうとも思った。二人の哀しい兄妹のために。如月双七の流す悲しみの涙は、いつも他の誰かのためにあるのだから。


 ……それだけで、俺は救われるな。
 愁厳はすうっと全身が楽になるのを感じた。苦しみから解き放たれたような気分だ。
 双七が消えゆく運命の自分のことを思って泣いてくれるのならば、それだけで全ては報われるような気がする。胸が締め付けられるようなこの想いも、何もかも。

 ただ一つ残念なのは、その場に自分が立ち会えないことだけだった。
 もちろん愁厳がその気になれば、二人の会話を聞くことも出来なくはないが、これから愛しあう恋人たちが結ばれるかどうか、という状態の会話を盗み聞くのは、ただの出歯亀でしかないだろう。
 それに、お互いに相手が双七と会っている時は、許可がある時以外は決して話を聞かない、というのは二人の暗黙のルールだ。たとえ海よりも深い絆で結ばれている兄妹の間であっても、踏み入れてはならない領域というのは存在するのだった。

 これまでは双七を含めて、愁厳と刀子との関係は見事なまでの距離間を保っていた。まるで美しく整えられた正三角形のようなバランスで。
 だが、双七がどちらを選ぶにしても、そのバランスを崩すことに他ならない。
 その結果、三角形はいびつに歪むのか、それとも三角形そのものが成り立たなくなってしまうのか、誰にも分からなかった……。


「それでは、行ってまいります、兄様」
「ああ、行っておいで」
 そう言うと、刀子の姿がゆっくりと消えていく。これから双七と会う約束をしているのだという。あの刀子の様子を見る限り、もしかしたら、今夜にも全ての答えが出るのかもしれなかった。
 いや、きっと刀子ならば、そうするだろう。愁厳は確信していた。

「ただ待つだけというのも、辛いものだな……」
 一人になった愁厳は、白い闇の中でつぶやく。誰も聞く者のいない声が、虚ろに響いては消えていった。
目を閉じて眠ってしまえば、次に目を覚ました時には、何もかも済んでいるはずだ。

 そして、おそらく双七は刀子を拒むことはしないだろうと愁厳は思っていた。
 全ての事情を聞かされた後、怖気づいて逃げ出すような男ではないだろうし、そこまでして想いを打ち明けてくれた刀子の覚悟を踏みにじるような真似もするまい。いっそ逃げ出してくれた方が良いけれど、決してそんなことはしない。
 一乃谷愁厳が愛した男は……、如月双七はそういう男だった。


「さて、俺も覚悟を決めるか」
 やわらかな双七の笑顔を思い出しながら、愁厳はそっと微笑んだ。
 刀子が全てを話したのならば、間違いなく双七は自分にも話を聞こうとするだろう。愁厳の気持ちを確認しようとするだろう。
 その時に、自分は言ってやらなくてはならない。『幸せになれ』と。穏やかに微笑んで、刀子をよろしく頼むと、言わなくてはならなかった。

 たとえ、どれほどに双七が泣こうがわめこうが、揺るぎないまなざしで。
 出来るかどうか、その場になってみないと分からないが、それでもやるしかない。
 遺されてゆく者の傷が少しでも浅くなるように、なるべく心を痛めないようにするのが、去り往く者の使命なのだから。

「さようなら、双七君。……愛しているよ」
 愁厳は、決して本人には言うことの出来ない想いを言葉にすると、静かに目を閉じた。
 次に目を開ける時には、全てが終わっていることを信じて……。


             おわり

          『運命の夜』につづく


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ここまで読んで下さってありがとうございます。m(_ _)m

結局、最後まで双七君は出ませんが(苦笑)。
この続きはいずれ、そのうちに。

一応このシリーズは双七×愁厳なのですが、
こうして兄妹の会話を書いているのも
すごく楽しかったので、これからもやると思います。
生温かく見守ってやって下さいませ。

普通のBL的なストーリーだったら、
こんなに女の子をメインで描く必要もないし、
実際にもやらないと思うのですが、
この二人にとっては、刀子さんは特別な存在であり、
欠かせないものだと思うんですよね。

いや、むしろ刀子さんという存在を
間に挟んでいるからこそ、
触れそうで触れない、近づけそうで近づけない、
そんなもどかしさを味わえるのではないかと。

「焦れったい関係」が好きな私には、
絶妙なカップリングなのでした(笑)。

2007.1.28

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