【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『夜の海』

(2)

 のんびりと海を眺めながら、話をしているうちに、目的地に辿り着いたようだ。
 仙石は岩場がごつごつとする小さな島に船を接岸させる。行は座礁しないか不安になったが、いつも来ているというのなら大丈夫なのだろう、おそらく。
 島といっても海に突き出した大きな岩、と呼ぶ方が相応しいくらいの小さなものであるが、それでももっと小さな人間二人にとっては、十分な大きさかもしれない。

「たまに釣り人を見かけるが、今日は先客はいねえみたいだな」
 辺りをきょろきょろと見まわす仙石に続き、行も船を下りて周囲に目を向ける。身を潜められそうな場所はあるか、敵に襲われたらどこから逃げるか、などということを未だに無意識のうちに考えてしまう。身についた習慣はなかなか抜けてはくれないようだ。

 念のため、と島の裏側に回った行は、目の前に広がる光景に絶句した。人けのない海岸線、こんもりと茂る緑の山、その中を走る細い道路。そこはどう見ても房総半島だった。その先端には見覚えのある灯台も立っている。
「…あれは洲崎じゃないのか?」
 洲崎灯台はそれほど特徴のある形をしている訳ではないが、洲崎と館山はほんのご近所である。行も何度も目にしている場所だった。

「おう。よく分かったな。こんなに陸地の近くでも、人けがなくて良い所だろ。隣の島は観光船なんかが来るらしいが、ここは何もねえからなぁ」
「いつの間に…」
 ずっと沖に出ていると思っていたのだが、ぐるりと湾を回って、こちらに戻って来ていたようだ。そんなことにも気付かなかった自分が情けない。

「お前気付いてなかったのか?だからそんなにびっくりしてるんだな。珍しいこともあるもんだ、とこっちが驚いちまったぜ」
「…悪かったな」
 子供のようにふてくされた行の髪を、仙石の大きな手のひらがくしゃくしゃと掻きまわした。

 そして一言。
「飯にするか」
「あんたは口を開けばそれだな」
「良いじゃねえか。こういう所で食う飯は旨いぜ」
 明るく笑いながら、仙石は荷物の中から握り飯を取り出す。ほい、と行にも手渡すので、素直に受け取った。

 食事、というものに全く執着のない行ではあるが、仙石と一緒に囲む食事は別だ。話をしながら食べるせいなのか、仙石の存在があるからなのか。
 普段ならあまり喉を通らないような、どっしりした握り飯も、今日は美味しく感じられる。仙石が握ったらしく、形はいびつで具も無く、塩の味しかしないが、生きている、という気がした。

「旨いな」「そうだろ?」
 自慢げに微笑む仙石を見ていると、自分も楽しくなってくる。そのまま岩場に二人座って、のんびりと海を眺めていれば、それだけで十分だった。特に何も話さなくても、飽きることはない。


「行」
 耳元でそっとささやかれ、そちらを振り向くと、いきなり抱き寄せられた。
「なんだよ」
 行がやんわりと抵抗を見せても、こういう時の仙石は岩のように張り付いて離れはしない。
 仙石以外の相手ならば、即座に殴り倒す所だが、さすがにそういう訳には行かないので、仕方がなく力を抜いて、男に身体を預ける。

 二人の身長差はそれほど無い筈だけれど、こんな時、行は自分がひどく小さくなった気分にさせられた。あるいは子供に戻るとでもいうのか。仙石に父親を求めている…などとは思いたくはないが。

「好きだよ、行」
「ん…」
 仙石の愛情表現はいつも飾り気がなく、真っ直ぐだ。行が思わず恥ずかしくなるほどに。何度言われても、慣れることは出来ない。

 ほのかに赤く染まった頬を隠すように行がうつむくと、強引に顔を上げられた。抗議のつもりで睨み付けても、容赦なく唇をふさがれてしまう。男の厚みのある舌が歯列を割って入り込んでくる。そのまま絡まり、貪られ、熱く溶け合って…。
 行はとうとう目を閉じた。

「っふ…んぅ…」
 必死に仙石の背中にしがみつきながら、自分の唇から洩れる熱い吐息と、なまめかしい声に耳をふさぎたい衝動に駆られる。身体の力が抜けていくのを感じ、それでも仙石の顔をどうにか引きはがす。

 すると、今度はそのまま首筋を吸われた。それだけで全身がわななく。もちろんその反応に仙石が気付かない訳はなく、薄いTシャツの上から肌をまさぐられ、すでに硬く尖った突起をつまみ上げられた。
「っ…あッツ」
 明らかに快感のにじむ声に、仙石はにやりと微笑む。

「ずいぶん感度が良くなったよな。最初の頃は声すら上げなかったのによ」
「…言うな」
 羞恥に目を逸らす行に、ますます昂ぶったのか、仙石の愛撫は激しくなっていく。白いシャツをたくし上げ、現れた朱鷺色の突起に吸い付き、舌先で転がす。そのたびに痺れるような快感がつま先まで走り抜け、行はあられもない声を上げた。


 しかし、そのまま仙石の指が行のジーンズに掛けられた瞬間、はっとして行は身体を起こす。
「ここじゃ…、嫌だ」
「こんな所、通りかかる船もねえし、誰も見ないぞ。気にすんな」
 盛り上がった所に水を差されて、仙石の口調がいささか荒くなるが、行は頑なに首を横に振った。

「嫌だ」
 もう一度きっぱりと言い切ると、口の中で小さくつぶやく。
「…怖い」
 こんなに見通しの良い所で、無防備な状態になるのは、やはり恐ろしかった。
「ん?」
 仙石には聞こえなかったようだが、行のせっぱ詰まった様子を見て取ったのだろう。仕方がないという顔で苦笑を浮かべ、行の身体を横抱きにした。

 鍛えられた行の身体は決して軽くはないし、いくら元自衛官でも、それほど楽な作業ではない筈だが、こんな時の仙石はただひたすら嬉しそうな顔をするばかりだ。
 その横顔を見ていると、訳の分からない感情が吹き出しそうになるので、行は大人しく、されるがままになる。船に戻り、船室の中の古ぼけた長椅子に座らされても、人形のようにじっとしていた。


 船室と言っても扉があるのでもなく、壁で仕切られてすらいないが、あの岩場よりは多少はマシである。所々ビニールが破れて中のウレタンが見えている長椅子に、仙石と一緒に横たわってしまえば、外から見えることもないだろう。
 無論、行にアレコレしている間の仙石は、無防備な姿をさらしてしまうことになるが、そこまで知ったことではない。

 下着も何もかも剥ぎ取られた行が戸惑う暇もなく、両足を高く掲げさせられた。すでに熱を帯びて昂ぶり、しずくを零している行自身には触れずに、仙石は後孔ばかりに舌を這わせ、差し込み、指で掻き回す。
 それだけで後ろも程よく解れて、中でうごめく仙石の指が二本から三本に増やされると、もう自分でもどうして良いか分からなくなった。

 たまらずに右手を弾けそうな自分のそれに伸ばす。そこを仙石に止められ、行は嫌々をするように首を振った。
「…やぁ、もう…っ」
「先に行くなよ、ずるいぜ」
 その言葉と共に、一気に奥まで突き上げられて、行は思わず息を詰めた。

「こら、千切れるだろ。力抜け」
「く…、は…ぁっ」
 まるで全力疾走の後のように、荒く息を吐きながら、どうにか全身の力を抜く。しかしそれも一瞬のことで、仙石の熱い楔が動くたびに、また強ばってしまうのだけれど。

「…キツイか?」
 ふいにいたわるような優しい声音で、耳元でささやかれ、行はようやく落ち着いて自分の上に乗っかっている男の顔を見つめることが出来た。
 真っ赤になって汗を掻き、すでに限界という表情で眉間にしわを寄せている姿は、お世辞にも男前だとは言えないが、こんな状態でも自分を気遣ってくれるのが嬉しかった。

 行は黙って首を横に振ると、両手を伸ばして仙石の頭を抱き締めるかのように引き寄せる。そっと目を閉じれば、仙石が優しいキスをくれた。

 そしてそのまま、二人同時に達するのだった…。

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