【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『夜の海』

(3)

「お、もうこんな時間か。起きろよ、行」
 仙石の声と、身体を揺さぶられる感触に、行は目を醒ました。
 こんな風に誰かに起こされることには慣れていない。ここまで無防備に熟睡できるのは、この男の隣だけだから、行を起こすことが出来るのもまた、仙石だけなのだ。

 こちらを見つめる男に、行はちょっと恨めしげな視線を送る。ぐっすり眠っていた所を起こされたのも悔しいし、起こされるという行為そのものも悔しい。
 すると、仙石は大きな口を開けて笑いながら、こともなげに言ってのけた。
「お前、そんな拗ねた顔して見せても可愛いだけだから、止めとけよ」
「な…っ、何言ってんだ、あんた」

 仙石の言葉に、行は絶句する。この男は時々、平気でこういうことを言う。一見すると、そんな歯の浮くような台詞なんて言えるか、というタイプに見えるのだが。
 いや、実際そうなのだろう。決して、お世辞や心にもないことを言える男ではない。

 つまり裏を返せば、心にあることならば言える、ということだ。この男の言うことは、いつも『本気』だということなのだ。
 その本気で、可愛いだのきれいだのと言われるのは、居たたまれない気持ちになる。誉められた嬉しさと、それを上回る恥ずかさと、ほんの少しの不信感。

 …こんなこと、他の誰かにも言っているのかな…。

 そんな子供っぽい独占欲にも似た嫉妬が、胸の奥をかすめる。
 それは、仙石と知り合う前には経験のなかった感情ばかりだから、行はいつもどうして良いか分からなくなってしまうのだった。


 しかし、仙石はそんなことを気に留めもしないようで、無造作に、そして当たり前のように、行の身体を横抱きに抱え上げた。こんな風に扱われることに、行も少しずつではあるが慣れてきている。
 仙石は行を抱いたままで器用に甲板に出ると、そこに行の身体を横たえた。

 ひんやりとした感触で、行はようやく自分が裸であったことに気がつく。もちろん隣の仙石も肌着一枚身に付けてはいない。もう7月だから寒くはないが、問題はそんなことではなかった。
「何の真似だ」
 思わず声が硬くなる行だったが、仙石は聞いているのかいないのか。

 大きな身体でごろりと甲板に寝そべると、大の字になった。色々な所が行にもしっかりと見えてしまうけれど、今更なのか、気にする様子もない。
「お前もやってみろよ、星がきれいだぜ」
 そう言う仙石は、何が楽しいのか、じっと夜空を眺めている。いつの間にか日も落ちて、夜になっていたようだ。

「そんなもの、興味ない」
 何故か、やけにきつい口調になってしまった。仙石もびっくりした顔でこちらを見返す。しかし怒っているのではなく、心配しているようなまなざしだった。
「…すまない」
 気がついた時には、詫びの言葉が口からこぼれていた。
 これもかつての自分ならば考えられなかったこと。仙石の前では、制御しきれない感情がいつも行を動かしている。

「別に謝ることじゃねえよ」
 仙石はそう言って、また顔を空に向けた。行はその横顔を見つめ、自分の想いを悟る。
 先刻、どうしてあんなきついことを言ってしまったのか。それは単に仙石がこちらを向いてくれないからだ。それだけのことだ。
 分かってしまえば馬鹿馬鹿しい。


 行はくすりと笑みを浮かべながら、自分も甲板に寝そべった。視線の先には降るような星空だけがある。
「な、きれいだろ?」
 まるで自分の物を自慢するかのような仙石の口調に、行はますます笑いを深めた。

「…ああ、そうだな」
 本当にきれいだと思った。心の底から美しいと思った。
 星空を見上げて美しいと思う、そんな日が自分に訪れることなんて、二度とないと思っていたけれど、仙石はこうしていつも容易く与えてくれる。

「それによ、こうしていると海の一部になった気がするんだよな。一つになるってのかな、そんな感じだ」
 仙石は大切な秘密を打ち明けるように、やわらかい声で話す。
 確かに言われてみれば、船が揺れる波のうねりを全身で受け止めているのは、とてもゆったりとした気分だった。裸であるから余計なのかもしれない。

 仙石はこの心地良さを行に教えてくれようと、こうして誘ってくれたに違いない。
行は、また新しい扉を開いてくれたことに感謝をしながら、口では別なことを言った。
「あんた、まさか艦でもこんなことしていたんじゃないだろうな? 当直の時とか」
 すると図星だったらしく、仙石はぽりぽりと頭を掻く。

「まぁ、たまにはな。気持ち良いじゃねえか、開放感があってよ」
 照れくさそうに呟くが、慌てて付け加えた。
「でも裸じゃねえからな。いくら何でもそこまではしてねえぞ」
 変な所にムキになる姿が可笑しくて、行は軽やかに笑った。

 それでも形の良い唇からこぼれてくるのは、相変わらずの憎まれ口だ。
「当たり前だ。そこまでやってたら、あんたの常識を疑う」
「…悪かったな」
 仙石の拗ねた口調に、行はますます笑いを堪えきれなくなり、仙石はますますふて腐れる。が、やがて仙石も笑い出した。

 二人の笑い声だけが海の上に響いていく。


 ひとしきり笑い合った後、ふいに仙石が口を開いた。
「ところでよ、行」
「…ん?」
「海との一体感を味わった後は、俺との一体感も味わってみないか?」
 いたずらっぽく笑う男に、行はかすかに頬を染めた。

「結局はそれが狙いか」
「そう言うなって」
 仙石は全く悪びれずに、明るい笑顔を浮かべている。
 しかし、すでに船室でさんざん啼かされた後なのだ。いつもならば、蹴りをお見舞いしてやる所ではあるが、この海の上ではそんな気にもならなかった。

「…好きにしろ」
 呟く行に、今度は仙石が驚いた顔になっている。
「本当に良いのか?」
「あんたがそう言ったんだろ」
「ここで…、やっても?」
「…くどい」

 あまりに念を押されると、逆にその気が無くなってくるのが行の性格だ。それをもちろん仙石も知っているから、もうそれ以上は何も言わなくなった。
 後は行動で示せ、とばかりに、行の上に覆いかぶさってくる。行は首筋にむさぼるようなキスを受けながら、そっと夜空を見上げた。

 そして、こんなのもたまには良いか、と思うのだった…。


                    おわり

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ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_ _)m

船なんてほとんど乗ったこともないので、
いろいろ間違っているような気がします(苦笑)。
明るいエロを目指しましたが、生ぬるくなっちゃうし。
苦手なんです、実は。
…いろいろとスミマセン(汗)。

二人が出来上がるまでの話を考えるのも楽しいですが、
すっかり出来上がった後のことを想像するのも、
やっぱりすごく楽しいので、
こういう短編も突発的に出していくと思います。

これからもどうぞよろしく。

2005.02.15

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