【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『二つの道』


「それで、あんたはこれからどうするんだ?」
 砂浜に立てたイーゼルを片付けながら、行が何気ない口調で尋ねてくる。
「そりゃあ、もう用事は済んだしな…。後は帰るだけだ」
 そう答えるしかない仙石は、苦笑を浮かべた。


 感動の再会を果たしたとは言え、だからどうなるという訳でもない。
 お互いに生きる世界があり、日々の生活もある。

 ただ、もう二度と永遠に交わることがないと思った二人の道が、紆余曲折を経て、ようやく重なった。それだけだ。
 だから、今度は一緒に同じ道を歩いて行きたい、と仙石が望んだとしても、二人が別の道を歩く以上は、いつかは離れて行くのだろう。

 おそらく人は皆、それぞれの道を歩いているのだろうし、同じ道を歩いているようで、実は横に並んでいる二本の道であるだけなのかも知れず。
 その二つの道がずっと寄り添い続けるのか、あるいは別たれてしまうのか、それは誰にも分からないのだろう。

 例えそうだとしても。

 もう仙石は、二度と行を見失いたくはなかった。
 二人の道が交わらなくとも、せめて行の姿が見える場所を歩いていたかった。そのくらいなら、きっと行も許してくれるだろうと思った。


「だがな、また来るぞ、もちろん」
 仙石がきっぱりと言うと、行はちらりとこちらに視線を走らせ、小さく微笑んだ。
 その笑みに、仙石は戸惑いを隠せない。

 …如月行はこんなに笑う男だったろうか。
 いつも無表情で、取り付く島もなく、何を考えているのか分からない、感情の読めない顔をしていなかっただろうか。それだからこそ、仙石は行のことをもっと知りたい、内面を見せて欲しい、と願っていた。

 しかし、今の行にはそんな陰りはまるで見受けられない。憑き物が落ちたかのように、晴れ晴れとした表情で、良くも悪くも歳相応の青年の顔をしている。
 あの一件が行を変えたのだとしたら、そして自分も多少なりとも役立ったのだとしたら、それはそれで嬉しくもあり、誇らしいのでもあるが。


「仙石さん。オレの家、知らないんだろ?」
 ふいに行が尋ねてくる。こんな風に前置きがなく、説明不足なのは、昔と変わっていないかも知れない。

「ん?知ってるぞ、さっき…」
「違う。いつも住んでいる館山の方だ」
「ああ、そっちか。知らないな、言われてみりゃ」
「オレももう用は済んだ。あっちに戻るから、あんたも一緒に行かないか?」
「それじゃ遠慮なく、お邪魔させてもらうか」
 和やかに会話を交わしながらも、やはり仙石はずっと違和感に付きまとわれていた。

 行が生きていてくれた、そして元気な姿を見ることが出来た。
 その感激が過ぎ去ってみると、どこか物足りないというのか、空虚さが胸の奥をよぎる。
 このもやもやした感情がいったいどこからやって来るのか分からず、仙石は話をしながら、しばらく考え続けた。行との話も半ば上の空だ。

「…どうかしたのか?」
 それに気付いたのか、行が心配そうに声を掛けてくる。
「いや、何でもねえよ。疲れてんのかな」
 ごまかすように笑いながら応えた仙石だったが、また違和感だ。


 …行はこんな風に他人の顔色を伺う奴だったか? 俺のことを気遣ってくれている、というのは分かる。だが…。

 悩みながらも、ふと行の方を向くと、どことなく不安そうなまなざしがこちらを見つめていた。
 見ようによってはひどく頼りなげで、心細げに見えるその行を見つめているうちに、仙石はようやく、ずっと付きまとわれていた違和感の正体に思い至った。
 そんなことは思いたくないが。

 もしかしたら俺は…、がっかりしているのだろうか…?

 しかし、今の仙石にとって、目の前にいる青年は、もはやごく普通の、どこにでもいる存在だとしか思えなくなっているのも、事実なのだった…。

            おわり


               『特別な存在』へつづく…。

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ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_ _)m

あはは、仙石さん、問題発言。
いや、笑い事ではないですが。

読んでいる方も困惑していると思いますけれど、
これは間違いなく「仙行」ですから。
ちゃんと最後は無事に着地しますから。

そんなに廻り道しないで、到達させる予定なので、
どうぞ、気を楽にしてお待ち下さいませ。

2005.03.27

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