『星に願いを』 |
──ピンポンピンポンピンポーン。 例によって、騒々しいほどのドアベルが鳴り響く。 その音で、否応無しに目覚めさせられた行は、まだぼんやりとする目をこすりながら、ベッドサイドの時計に目を向けた。 「やっぱり、まだ10時だ……」 行は低血圧のせいで朝が弱い。特に館山に引っ越してきてからは、気がゆるんでしまったのか、昼前に起きることはほとんどなかった。少なくとも仙石がいない日には。 それを仙石も良く知っているはずだけれど、まるで行を起こすことが自分の使命だとでもいうかのように、朝早くからやって来る。 しかも、玄関のドアを開けるまでは、ドアベルは延々と鳴らされるのだ。仙石はちゃんと合鍵も持っているのだから、自分でさっさと開けて入れば良いのに、行が留守にしている時以外は、決して勝手に入ってくることはなかった。 その理由についても尋ねてみたことはあるのだが、『お前に開けてもらうのが良いんじゃねえか』という、行にとっては全く意味の分からない回答だったので、未だに納得していない。 「……単なる嫌がらせじゃないのか」 行はベッドからもそもそと起きだしながら、やかましく鳴り続けるドアベルの音に頭を痛める。 仙石のことは世界で一番大切な、掛け替えのない人だと思っているけれど、こういう時の仙石だけは、ちょっとだけ嫌いになってしまいそうだった。 「ふぁい」 ようやく行がドアを開けると、そこには満面の笑みの仙石が立っている。浅黒く日焼けした肌は、朝のまぶしい光に似合っていて、その無駄な爽やかさに行はげんなりした。 「おう、やっと出てきたか、行。相変わらず眠そうだな、お前は」 「……悪かったな」 すかさずふくれた行へ、仙石は大きな手でくしゃりと髪を掻き回すと、何故かまたドアの外に出て行ってしまう。目の前でドアを閉じられて、行は途方に暮れた。 そして次にドアが開いた時に、行が目にしたものは、一面の緑だった。 「何だよ、それ」 ガサガサと音を立てて仙石が抱えているのは、葉をいっぱいに付けた青竹だ。 「何って、今日は七夕だろ。飾ろうと思って、その辺から切ってきた」 「ああ、七夕か……」 いくら世俗に疎い行だといえ、七夕にどんなことをするかくらいは知っているが、もちろん家で七夕の飾りつけなどしたことがない。 というよりも、これは一般家庭では普通に行われているものなのだろうか、と行は疑問に思う。 仙石が切ってきた竹は、細いものを選んできたのだろうが、それでもかなりの長さと大きさがある。長い葉をぎっしりと茂らせているから、行くらいの身体なら後ろに隠れてしまいそうなほどだ。 「……ちょっと大きすぎないか、これ」 それとなく、そんな大きい物を家に入れるな、と抗議をしてみた行だったが、もちろん仙石がそれに従うはずもなかった。 「どうせ何もない部屋なんだから良いじゃねえか。ほら、お前も手ぇ貸せ」 有無を言わせぬ口調で、仙石はずんずんと家の中に竹を運んでしまう。仕方がないので、行も渋々それを手伝った。 それから二人で悪戦苦闘しながら、どうにか窓辺に竹を立て掛けることが出来た。窓の半分以上は、緑の葉で覆われてしまったが。 「さて、次は飾り付けだぞ。ちゃんと調べてきたからな」 そう言うと、仙石は居間のテーブルに色鮮やかな折り紙を並べ始めた。それとハサミやノリやセロテープ、サインペンにタコ糸のようなヒモもある。 「オレもやるのか、それ」 「当たり前だろ。まずは、こっちの紙をこのくらいの幅で切って……」 言われた通りに行は折り紙を細長く切る。それを仙石が輪にして止めて、鎖状の飾りを作っていく。 二人ともほとんど口も開かずに黙々と。 子供や女性ならまだしも、男二人でいったい何をやっているのかと行は思わなくもなかったが、仙石が楽しそうだから、まぁ良いかという所だった。 仙石がこういう行事にこだわって、やたらと行を付き合わせるのは、こういうことを行が子供の頃にあまり経験していないから、というのももちろんだが、仙石も艦にいることが多かったせいで、子供にしてやれなかった埋め合わせという意味もあるのかもしれなかった。 結局、一時間以上も掛けて、二人は七夕飾りを作り終えた。それから仙石は大雑把に、行はおぼつかない手つきで、竹の葉に飾りを付けていく。 ……こんなこと、前にもあったな。 ふと行はクリスマスの時に、仙石と一緒にツリーの飾り付けをしたことを思い出していた。あの時も仙石はやたらと大きなツリーを買ってきて、行はぶつくさ文句を言いながらも、最後は楽しんでいたものだ。 それから七ヶ月が過ぎたということになる。 長かったようでもあり、あっという間だったようでもあり。 それでもこうして二人で過ごしていくにつれ、仙石との掛け替えのない思い出が自分の中に残されていくのだろう。今日、七夕の飾りを付けたことも、また思い出すに違いない。次にクリスマスツリーを飾る時にでも。 それはなんて幸せなことなのだろう、と行は思う。 今はまだ思い出したくもない記憶も自分の中にたくさん存在しているけれど。 いつの日か、何を見ても、何を聞いても、どんなことをしても、全てが仙石との思い出につながる日が来るだろう。この記憶の中が仙石のことだけでいっぱいになる日が来ることだろう。 そんな祈りにも似た期待を込めて、行は願い事を書いた七夕の短冊を吊るした。あまり仙石の目に付かないような内側にひっそりと。 ちなみに仙石の短冊には、『健康』だの『禁煙』だのといった願い事というよりは、今週の標語のような言葉が並んでいる。あまり書くことが思いつかなかったらしい。仙石も行と同じで基本的には無欲な人間だ。 中でも『ビールは一日1本まで』という短冊を発見して、行は思わず微笑みを浮かべる。身体のために少し酒量を抑えようということだろうか。 1本どころか、いつも3本も4本も空けている姿を目にしている行には笑い事でしかない。 すると、その短冊に隠れるようにして、もう一枚後ろに吊るしてあるのを見つけた。何気なくそれを手にした行はハッと息を呑む。 そこには『一日でも長く、行と一緒に居られますように』と書かれていた。 「仙石さん……」 考えてみれば、仙石の短冊に書かれている言葉は、健康に気を遣うものばかりだった。まだ若い行にはあまり実感が湧かなかったが、もう五十路の仙石には老いや死が確実に迫っているのだと思い知らされた。 「おーい、行。昼飯オムライスで良いか〜?」 いつの間にかキッチンで昼食の準備に取り掛かっていたらしい仙石の声に、行は我に返った。 ふいに仙石の顔がどうしても見たくなって、行は慌ててそちらに駆け寄る。あまりに急いだせいでダイニングのテーブルにぶつかってしまったほどだった。 「仙石さん」 「ん、どうした。オムライスは嫌か?」 驚いたようにこちらを振り向く仙石に構わず、行は仙石の大きな背中に抱き付いた。自分でも何をやっているのかと思うけれど、身体が勝手に動いてしまって、どうにもならなかった。 ただ仙石がそこにいてくれることを感じたかった。仙石の確かなぬくもりが欲しかった。 「何だよ、行。料理してるんだから危ないぞ」 仙石は困ったように言いながら、低く笑う。 その声が仙石の身体を通して行に伝わってきて、ちょっとくすぐったかった。耳というよりは、全身で仙石の声を受け止めたような気がした。 「……ごめん。何でもない」 仙石の声を聞いているうちに、少し落ち着いて来た行は、急に恥ずかしくなってきて、慌てて身を離した。 と、そこに仙石の大きな手が降ってくる。いつものように髪を掻き回されて、行は小さく首をすくめた。 「もうちょっと待ってろよ。後でゆっくり構ってやるから」 「べ……、別にそんなんじゃない」 にやにやと笑う仙石の余裕が悔しくて、行は殴ってやりたい気持ちをぐっと堪える。 やがて仙石に背を向けると、サインペンを手にして、七夕飾りの元へ戻った。 わさわさと茂る長い葉を掻き分けて、行は自分が吊るした短冊を手に取る。そこには『仙石さんとずっと一緒に居られますように』と書かれていた。 その横に、行はそっと付け加える。 『仙石さんが長生きしますように』 そしてまた同じように奥に隠して吊るすのだった……。 おわり |
ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_
_)m
どうにか間に合った七夕ネタでした(苦笑)。 季節ネタってあんまり仙行ではやってないので、 何だかちょっと新鮮な感じ。 たまにはこういうのも良いですね。 でも、あまりにも暗いというか、地味というか、 ラブラブなネタに出来なかったことにがっかり。 どうしてこんな展開になったかなぁ。 もっと甘い話を書きたいぞ! という訳で、近いうちにリベンジするかも。 最近は仙行が更新できていませんが、 あまり期待せずにお待ち下さいませ(笑)。 ちなみにクリスマスツリーを飾った話は、 『大きな木の下で』です。 こっちも地味な話なんだよなぁ…。 2008.07.07 |