【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『大きな木の下で』



「お届けものです」
 その声に応えて玄関に出てみると、目の前にはやたらと大きな箱が鎮座していた。高さは1.5メートル程で、まるで冷蔵庫のようである。こんなものを運ぶのは面倒だったので、宅配便のおっさんに家の中まで入れてもらった。
 行はこんな物を買った覚えはなく、ここに荷物を送ってくる人間は限られる。ここまで常識外れなことをするのは、おそらくあの人だろう、と予想を付けて、伝票に目を通した。

「あれ?」
 差出人の欄には『仙石 恒史』の名がある。意外だった。仙石ならば、たいていの荷物は自分で車に載せて運んできてしまうし、こんな邪魔になりそうな荷物を送ってくるのなら、その前に連絡の一つも寄こすだろう。
 そういう意味では、かつての先任伍長はとても常識人だった。
 だからこそ、この荷物が解せない。不思議というよりは、不審だ。気軽に開けてみようとは思えないほどに。

 伝票どおりに仙石が送ってきたのなら問題は無いが、誰かが仙石の名を騙って、送りつけてきた可能性も捨てきれない。伝票の文字は見覚えのある筆跡に見えるけれど、その気になれば文字を似せることなど簡単だ。
 少なくとも、これを送ってきた相手が『如月 行』をだまそうとしているなら、そのくらいのことはやるだろう。

 そもそも、これだけの大きな箱だから、開けるには狭い廊下では無理だ。キッチンかリビングに運ばなくてはいけないが、もしもこれが爆発物だとしたら、そんなものを家の奥に持ち込みたくはない。
 宅配便の配達員が無造作に箱を持っていたことを考えると、箱を開けたら爆発するタイプだろうか。それとも時限式だろうか。
 まさか、あの宅配便のおっさんが、どこかの工作員だという可能性は…、ないか?


 行が大きな箱を目の前にして、あれこれと考えていると、ふいにドアベルの音が響く。
 ピンポンピンポンピンポーン──。
 荒っぽく何度も鳴らされるドアベルは、まぎれもなく仙石の音だ。
 慌ててドアを開けると、仙石は挨拶もそこそこに家の中に入ってくる。そして嫌でも目に入る大きな箱を見つけ、明るい笑顔を浮かべた。

「よしよし、ちゃんと届いたな」
「これ、やっぱりあんただったのか」
「当たり前だろ。他に誰がいるってんだ」
 要らない心配をしてしまった自分が馬鹿みたいに思えて、仙石を殴ってやりたくなる行だ。しかし、当の仙石は能天気に笑っている。ますます悔しくなった。

 それでも、仙石が送ってきた箱の中身の方が気になる。ここは大人になって、ぐっとこらえることにした。
「いったい何を送ってきたんだ」
 行が尋ねると、仙石は意味ありげにニヤリと笑う。
「それは開けてからのお楽しみだ。ほれ、中に運ぶぞ。お前も手伝え」
 仙石の命令にはなかなか逆らえない行である。そう言われては仕方がないので、二人で箱をリビングまで運び込むのだった……。


 とはいえ、これだけ大きな箱になると、開けるだけでも一苦労だ。
 フタを開けて中身を取り出すことは不可能だと判断し、外側のダンボールを切ってしまうことにした。カッターで四隅に切り込みを入れて剥がすと、ようやく箱が外れて中身が現れる。
「じゃーん!どうだ、行。すげぇだろ!」
 仙石は誇らしげに胸を張って、箱の中身を指差すが、行にはそれが何だか良く分からなかった。いや、それが何であるかは分かる。だが、その意味が分からない。

「木、だよな…?」
 箱の中から出てきたのは、大きな木だった。それもどうやら本物の木ではないことが一目で分かる。葉の色が不自然なまでに鮮やかな緑色で、どう見てもプラスチック製だ。観葉植物としては、趣味が良いとは思えない。
 あまりにも行の反応が鈍いので、仙石はあからさまにがっかりした顔になった。

「お前をびっくりさせようと思って、無理言って組み立てた状態で送ってもらったんだぞ。普通は分解されているから、もっとペシャンコなんだよな。でもあれじゃ、やっぱり見た目のインパクトに欠けるもんなぁ」
 そう言われても、行にはさっぱり分からない。
「だから、これ何」
 尋ねると、仙石は茫然とする。

「お前…、見て分からねぇのか?」
「分からないから聞いてるんだろ」
「ああ、そうか。飾り付けてねえと分からねぇか。でもなぁ、飾りは二人でやりたかったしな。うーん」
 いきなり仙石がぶつぶつ呟きはじめるので、行は仙石の解答を待たなくてはならなかった。だが、『飾り』という単語で思い出した物がある。


「もしかして、これ…、クリスマスツリーか?」
「お?そうだよ。やっと分かってくれたか。どうせお前の家には無いだろうと思ってな」
「送るなら、送るって言ってくれたら良かったのに」
「何言ってる。それじゃ楽しみが減るだろうが」

 先刻の落胆した姿はどこへやら。すっかりご機嫌になった仙石だ。ツリーと同梱されていた箱を開けて、なにやら中身を取り出している。もう行にも何が出てくるのか予想がついた。
「ほれ、一緒に飾るぞ」

 行がこくりとうなずくと、その手に箱が渡される。中には小さなオーナメントがぎっしり詰まっていた。
 サンタやトナカイ、可愛らしい天使の人形、色とりどりの玉に、木馬やプレゼントの箱、小さなツリーにテディベア、ベルにお菓子の家などなど。眺めているだけでも楽しくなる。
 ずんぐりした体型のサンタクロースが、どこか仙石のように見えて、行は思わず微笑みを浮かべた。まずはこれから飾ろう、とツリーにぶら下げてみる。緑の枝に、赤いサンタ服が鮮やかだ。

 ……仙石さんがサンタなら、オレはトナカイかな。
 そう思い、サンタの隣にトナカイを吊るすと、その重さで枝が揺れて、二つの人形がこつんとぶつかった。まるでキスでもしているかのように。
 行はふいに恥ずかしくなり、慌ててトナカイを外して箱の中に戻した。こんなことをやっていたら、飾り付けがいつまで経っても終わらないだろう。

 ふと仙石に目を向けると、電飾のライトを取り付けるのに夢中で、こちらには全く気が付いていない様子だ。行はホッとして、飾り付けを再開するのだった……。


 仙石がかなり苦労をしながら、ツリーに電飾を巻きつけている間、行はちまちまとオーナメントを飾り付けていく。子供にも出来るようなことだとはいえ、上手くバランスを取るのは意外に難しく、どうすれば等間隔に付けられるのか、頭を悩ませた。
 そんなことをやっている間に、作業が終わったらしい仙石が、行の足元に置かれた箱を覗き込む。

「何だよ、まだずいぶん残ってるじゃねえか。好きな所に飾れば良いんだぞ」
「ごめん」
「別に謝る必要はねえよ。よし、俺も手伝うか」
 そう言うと仙石は、次々に無造作に飾り付けていく。行は内心では、それではバランスが……、と思っていたが、口には出さなかった。何よりも、二人で飾り付けるのが楽しかったせいもある。

「これで最後だな」
 仙石が箱に残っていた飾りを手に取ると、それは例のトナカイだった。
「あ……」
 思わず声を上げた行を、仙石が不思議そうに見つめるが、行は慌てて首を横に振る。

「何でもない」
「それなら良いけどよ」
 そう言うと、行がじっと見守る前で、仙石はトナカイをツリーに吊り下げた。サンタクロースの隣に、仲良く並ぶように。

「やっぱりトナカイはサンタと一緒じゃねえとな」
「うん」
 行も力強くうなずく。二つの人形がまた、こつんとぶつかった。それを目にした行が思わず微笑むと、釣られたように仙石も明るい笑顔を浮かべる。


 そして、行にひときわ大きく輝く星の飾りを差し出した。
「ツリーのてっぺんに飾る奴だ。これはお前が付けろよ」
「ありがとう」
 誇らしいような、くすぐったいような気持ちで星を受け取ると、ツリーの一番上に飾り付ける。こんな些細なことでも、二人で作り上げたというのが嬉しかった。

「電球点けてみるか。カーテン閉めてくれ」
 言われたとおりに行がカーテンを閉めると、部屋の電気が消える。それと同時に、ツリーに飾られたライトがいっせいにまたたき始めた。薄闇の中に浮かび上がるように、ツリー全体がきらきらと輝く。

「おおー、きれいだな」
「うん、本当にきれいだ……」
 色とりどりのライトが輝くと、てっぺんの星や飾りの玉が光を弾いてきらめく。吊り下げられたサンタクロースとトナカイも幸せそうだ。
 これ以上はないというくらいに、幸福な光景だった。

 上手く言葉も出なくて、ただじっとツリーを見つめていると、おもむろに仙石に肩を抱かれた。そのまま軽い口付けが落ちてくる。
「メリー・クリスマス」
 仙石の言葉に、はにかみながら行も応えた。
「メリー・クリスマス、仙石さん」

 そして二人は、きらめくツリーの光に包まれながら、再びキスを交わすのだった……。


        おわり



ここまで読んでくださってありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

私にしては珍しく季節ネタです。
他のジャンルでは季節ネタもやっているのですが、
仙行の場合は、他に書きたいことがいっぱいあって、
そこまで手が回らなかったんですよね。
それに季節ネタだと、ちゃんとその時期に出さないと、
ちょっと間抜けになっちゃいますしねー(笑)。
とりあえず、間に合って良かったです。

とはいえ、読む前にネタバレしてしまうのが嫌だったので、
あまり関係のないタイトルになっています。
正確には「木の下」ではなく、「木の前」ですしね(苦笑)。
でも、ほのぼのと微笑ましい雰囲気になったかな。

これ以降は、大きなツリーを飾り付けるのが
毎年の恒例になったことでしょう。
「片付けるのが面倒なんだよな」とか言いながらね。

2006.12.23

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