【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『皮膚接触』

(2)

 仙石の手は軽快に行の髪を拭き、鼻歌もますます調子良く音程が外れていく。しかし、行はふいに異変に気が付いた。
 仙石の様子は変わっていないから、おそらくはそれを受け止める自分の変化なのだろう。そう分析してはみたものの、異変は止まるどころか、エスカレートするばかりだ。

「何で……?」
 行は小さくつぶやく。仙石には届かなかっただろうけれど、今の行は仙石に気を配る余裕すらなかった。
 自分の身に何が起こっているのか分からない。
 髪を拭いてくれる仙石の指が、耳や首筋やうなじをかすめるたびに、痺れるような刺激が走る。思わず声が出てしまいそうなほどに。

 この感覚を行は知っている。ベッドの中で仙石に愛されている時、つまりは行自身も、仙石を受け入れようとするスイッチが入っている時である。
 だから、そういう場面で、そんな気分になるのは理解出来た。行もそれを望んでいるのだから。

 でも、今はそうではない。
 もちろん仙石に髪を拭いてもらうのは心地良いけれど、それは美容師に髪を洗ってもらっている時に変な気持ちにならないのと同じで、仙石にだって、そんな気分になる訳はないのだ。その筈だった。
 それならば、今の自分は何だろう……。

 仙石が献身的に髪を拭いてくれているのに、自分は変な気分になっている。何でもない仙石の指先を意識して、いやらしいことを考えているなんて、どこかおかしいんじゃないだろうか。
 このままでは仙石にも失礼だろう。


 行はふるふると首を振って小さくつぶやく。
「……もう、いい…よ…、仙石さん」
 声が掠れているのが分かる。動悸が激しくなっている。そのことに気が付いて、顔がかあっと熱くなった。これでは明らかに不審だろう。
「ん、どうした、行」

 案の定、仙石に心配そうに覗き込まれて、行は慌てて顔を逸らした。
「何でもない……!」
 そうは言ったものの、これだけ身体が触れ合っていれば、仙石も行の異変に気付くだろう。今すぐにでも、ここから逃げ出したかったけれど、その前に仙石の両腕が、行の身体を後ろから絡め取ってしまった。

「仙石さん……っ」
「逃がさねえよ」
 低い声で耳元で囁かれ、行はますます逃げたくなった。
「も……、やだ……っ」
「馬鹿言え。そんな誘うような目で見られて、離せる訳ねぇだろうが」
「そんなんじゃ……」
 それって、いったいどんな目なんだ、と恥ずかしくて堪らなかった。仙石の顔が見られなくて、うつむくしか出来ないのに、仙石は許してくれない。

「行、どうした。そんな身体を熱くしてよ。心臓だって、こんなにドキドキしてるじゃねえか。ん?」
「……風呂入ったから」
「それだけか?もう30分は経ってるぜ?そんなにいつまでも熱くはねえだろ」
 オッサンの仙石は、時々執拗なほどにねちっこい。追い詰められた行は、ますます身体も顔も熱くなっていた。
「仙石さんの意地悪……」
 恨めしげに見上げた所に、すかさず仙石の顔が近づいてきて、唇を奪われてしまう。もうこうなっては、言い訳することも出来ない。


「……んん…う……っ」
 深く強く唇を吸われ、舌を絡め取られ、熱い吐息を吹き込まれて、行はひたすら仙石にしがみ付くしかなかった。溺れないように、海の底に沈んでしまわぬように。
 嵐の海に浮かんだ木の葉の如くに、翻弄されるばかりの時間が過ぎ去ると、行は荒い息を吐きながら、気だるいまぶたを持ち上げて、目の前に居る筈の愛する人の姿を探す。

  すると、仙石はやたらと締まりのないニヤけた顔で笑っていた。行は思わず殴ってやりたくなる。
「何ヘラヘラしてんだ」
「そりゃあ、お前の方から誘ってくれるなんて、滅多にねえからな。ニヤけもするさ」
「誘ってなんかないッ」

 行は堪らずに仙石の腹に一発パンチをお見舞いする。が、それでも仙石はニヤニヤ笑いを止めなかった。
「んー?そうかぁ?どこかの誰かさんは、俺に髪を拭いてもらって、スゲェ気持ち良くて、もっとして、もっと触って……、って顔してたけどなぁ」
 仙石の言葉が正しいかどうか、それは行自身が誰よりも良く分かっている。自分がどんな顔をしていたのかまでは分からなくても。だからこそ、そう簡単に認める訳にはいかなかった。


「あり得ない」
 行は即答する。
「いい加減、素直になっちまえよ。まぁそういう所も可愛いんだけどな」
 仙石は相変わらずへらへらしていて、何もかもお見通しだという目で見つめるから、行はぷいと顔をそむけた。

「……だって、そんな筈ないんだ。今は夜でもないし、ベッドの中でもないのに、そんなこと……、変だ」
 それは行の独白だったが、仙石は耳ざとく聞きつけていたようだ。
「ちっとも変じゃねぇぞ、行。そんなの誰でも同じなんだよ。お互いに好きだと思っている同士が一緒にいて、触れ合っていたら、そういう気持ちになるのは、ごく自然なことなんだ。お前が恥ずかしがることなんてないんだぞ」

 まるで子供に諭すかのような穏やかな口調だったので、身構えていた行の気持ちもほぐれていく。自分がおかしいのではないと言ってもらえるだけで安心した。
「仙石さんも……?」
 行がおずおずと尋ねると、仙石は照れくさそうに笑う。
「ああ、そうさ。俺だって、お前を相手すると、中学生のガキみたいに余裕がなくなっちまう。こんなイイ歳してな」

「そっか……」
 行は安堵の息を吐いた。そしてそのまま仙石の胸の中に身を委ねる。緊張の糸が切れたのか、行自身も意識していない行動だったが、もう抗う気も起こらなかった。
 ただ、心と身体の命ずるままに従おうと思った。


 するとそこへ、仙石がいたずらっぽくささやいた。
「だからな、行。俺は今すぐにでもお前が欲しい。まだ夜じゃないけどな。嫌か……?」
 行は言葉に詰まった。
 今までの自分なら、『ふざけるな』と言って、一発殴って終わりにしていただろう。それが本心とは裏腹の行動だとしても、そうせずにはいられなかった筈だ。

 だが、行は知ってしまった。
 いつでも、どんな時でも、愛する人と一緒に居たら、愛する人に触れられていたら、もっとそれ以上に深く激しく繋がりたい、と望む自分が存在することに。

 だから行は言うしかなかった。
 うつむいて、ためらいがちに、真実の想いを。
「……嫌……、……じゃない」

 それを聞いた仙石が、行を離してくれる筈もなく。
 夜でもなく、ベッドの中でもないのに、行は嫌というほど、仙石に啼かされてしまうのだった……。

 
             おわり

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ここまで読んでくださってありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

これは「15000」のキリ番で、
けいンさんからのリクエストです。
えーっと、一年以上前……?(苦笑)。

大変お待たせしてすみませんでした。
もうすっかり忘れられていると思いますが、
ちょっと早いクリスマスプレゼントだと思って、
受け取ってくだされば嬉しいです。

リクエスト内容は
「お風呂上りの髪を乾かしてあげる仙石さんの大きな手が
安心するなーって大人しくしているうちに、
何だか色々思い出して変な気持ちになっちゃう行たん」
という具体的なリクエストだったので、
すごく書きやすかったです。そのまんま(笑)。

ところで、もうキリ番リクエスト頂いていませんよね?
もしもリクエストされている方がいらしたら、
遠慮なく仰ってください。
すっかり忘れていますので(おい)。

でも全然リクエストもないので、
キリ番止めても良いんだよなー、とか思ったり(苦笑)。

2006.12.13

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