【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『 First Try 』

(2)



 寝室には行が先に入った。
 明かりをつけると、部屋の隅にぽつんと置かれたシングルベッドが嫌でも目に入る。思わず二人で顔を見合わせたが、ここまできてためらっていても仕方がない。
 仙石は強引に行の身体を引き寄せて、横抱きにすると、そのままベッドへ運んだ。大の男を抱えて歩くにはかなり苦労させられたが、ドアからベッドまではほんの数歩だ。行も抵抗する暇もなかったのか、大人しくしている。

 いや、行はもうすっかり覚悟は出来ていたのか、と仙石はベッドに横たわった行を見つめて、ようやく悟った。全身の力を抜いて目を閉じている様子は、まるで眠っているようだった。
(……白雪姫にキスする王子ってところか?)
 ついメルヘンな想像をしてしまい、自分で自分が可笑しくなった。行がお姫様なのはともかく、仙石は『王子』というには程遠い。

 だが、気分だけはそんなつもりになって、行の上にのしかかりながら、軽い口付けを落とす。すると黒い瞳がパチリと開いて、こちらをひたと見つめた。
「……仙石さん、電気消してくれないか?」
 かすかに頬を染めた行の可愛らしいおねだりに、仙石は頭を鈍器で殴られたような衝撃を覚えた。もうどんなことでもしてやりたいと思うが、そのお願いだけは聞いてやれない。


「そりゃ無理だ。俺は初心者なんだぞ。真っ暗闇の中、手探りでどうこう出来るようなレベルじゃないからな」
「……分かった」
 口ではそう言うものの、行は納得しているのかどうか。
 ほんの少しすねたように尖らせた唇がキスを誘っているかに見えて、たまらなかった。その唇をすかさず奪いながら、仙石は低くささやく。

「恥ずかしいなら目をつぶっとけ。どうせ目を開けていても見えるのは、俺の顔ばかりだからな」
 こんなむさくるしいオッサンの顔をずっと眺めているくらいなら、目を閉じていた方がマシだろうと思ったが、行はキスのために閉じていた目をわざわざ開く。
 心の奥まで見透かされそうな強いまなざしに、仙石はたじろいだ。

「な、何だよ」
「あんたを、見ていたいんだ……」
 そう言うと、行は瞳の力をやわらげて、ほんの少し口元をほころばせた。他の人間が見ても笑っているとは思えないだろうが、仙石には満面の笑みに見える。
 そんな顔で、そんな目で、そんなことを言われたら、愛しさが込み上げてきて、抱きしめずにはいられない。


 荒々しく抱き寄せて、白い首筋に貪るように口付けると、腕の中で行の身体が小さく震える。緊張しているのか、怯えているのか、それとも快感ゆえか。理由は分からなかったが、もう手加減する余裕はなかった。
 そのまま行をベッドに寝かせてシャツを脱がせる。首が抜けなくて、もたついていると、行が自分から脱ぎ捨てた。ずっと日に当たらなかったせいか、色の抜けた肌は白く眩しい。
 それでも適度に筋肉がついた鋭いラインはそのままだから、まだ鍛えてはいるのだろう。

 その肌に口付けようとして、仙石は気付いた。
 行の身体の上にはありとあらゆる場所に無数の傷痕がある。大きく深いものから、よく目を凝らさないと分からないものまで様々だったが、どれも皆、行が傷ついてきた証だ。
 中でもひときわ大きな傷は、例の事件の時に負ったのかもしれない。

 仙石は胸を痛める。
 行がこれまでどんな風に生きてきたか、話には聞いていたけれど、実際にこの傷痕を目にしてみると、どれほど凄惨な過去だったのか、想像に難くない。
 それでも、もう行は戦わなくて良いのだ。こんな傷を負うことは二度となくなったのだ。そのことに仙石は心から感謝を捧げる。
 そして、もしかしたら、ほんの少しばかりは、自分もその手助けをしたのかもしれないと思うと、二人を出会わせてくれたことにもまた、感謝したくなった。


「好きだよ、行……」
 想いを込めて仙石がそっとささやく。
「オレも……」
 行もかすかに頬を染め、小さくつぶやいた。仙石は力強くうなずき、ようやく本来のやるべきことを思い出す。
 どこか不安げにこちらを見返す瞳に、やわらかく微笑み返した後、白い肌に指を這わせていく。武骨な指先で、薄紅色の小さな突起を軽くつまんだ。

 と、行が形の良い眉をひそめる。
「……っ」
「あ、すまん。痛かったか」
 仙石も初めてなので加減が分からない。そこで指の腹で優しく撫でるようにしてやると、すぐに先端が硬く尖ってきた。行の漏らす吐息にも甘さが混じっている気がする。
 そこで、右手はやわやわと愛撫を続けたまま、もう片方の突起をぺろりと舐めあげた。

「……ぅ…んっ……」
 その瞬間、行の身体が小魚のように跳ねて、唇からはこらえきれない喘ぎがこぼれる。
 どうやら感じてくれているらしいことに気を良くした仙石は、突起に吸いつき、舌先で転がしたり、軽く歯を立ててみたり。その度ごとに行は身体をわななかせた。


 だが、可愛い声が聞こえなくなったことに気付いて顔を上げると、行は必死に自分の指を噛んで声を殺している。
「馬鹿、何やってる。それじゃ痛いだろうが。声なんて気にするなよ」
 そう言いながら指を外そうとしても、行はいやいやと首を振って、ますますきつく指に歯を立てた。仙石は溜め息を吐く。

「……ったく。俺は初心者だって言ってるだろ。ちゃんと声を聞かせてくれなきゃ、お前がイイかどうか分からねえじゃねぇか。両手はシーツでも掴んどけ。これは命令だぞ」
 行が『命令』には逆らえないことを知っていて、あえて言うと、やはり素直に指を離したが、その目は恨めしげだ。

「……仙石さんの意地悪」
 ボソリとつぶやく行が可愛らしくて、仙石は明るい笑い声を立てた。
 そしてその勢いで、行のズボンと下着を一度に脱がせてしまう。長い足から剥ぎとるのには、かなり苦労したが、もう行は手伝おうとはしなかった。
 一糸まとわぬ姿になってみると、やはり行の身体はきれいだった。
 野生の獣のように無駄のない美しさとでも言うのか。自分などが触れて良いのかとためらわれるほどに、まばゆい輝きを放っていた。


 とはいえ、ここまで来て、ためらっていても仕方がない。
 行の下半身に目を向けると、中心部分はまだ頭をもたげるほどにはなっていなかった。そっと手のひらに握りこみ、先端を指先で軽くこする。するとそれだけで、あっという間に硬く熱くなっていく。
「は……ぁ……っ」
 行が深い息を吐くような声を漏らしたが、仙石はそのまま続けた。
 時には強く激しく、また時にはゆるくしごいてやると、先端から雫がこぼれて仙石の指をしとどに濡らした。その雫を舌先で舐め取りながら、完全に勃ち上がったそれを一気に咥え込む。

「ん…、や……っ、仙石さ……ッ」
 行の両手が仙石の頭をつかむ。髪を引っ張られてかなり痛かったが、そのまま根元まで深く呑み込んだ。
 そしてまた先端まで、と二往復した所で、行がひときわ高い声を上げて、つま先までふるわせる。口腔に苦味のある液体が広がった。
「ちゃんとイケたじゃねぇか」
 いたずらっぽくささやいてみると、行は荒い息を吐きながら、負けじと言い返す。

「そんなの……、当たり前だ」
「そうか? でもお前は、そんなこと全然したことないような顔しているからな。自分でもここ触ったりしてるのか?」
 そう言いながら、行自身を握りこんだ。するとそこはまたすぐに硬さを取り戻す。これぞ若さという奴か。
「……知らない」
 行は頬を染めて、仙石から目を逸らす。そんな顔も可愛くて、また啼かせてやりたくなったが、行ばかりイカせていても仕方がないだろう。


「よし、それじゃ今度はうつぶせになってくれ」
 仙石がそう言うと、行は不思議そうにしながらも、ちゃんと指示に従った。背中にもやはり傷痕がたくさん付いている。そこはあまり見ないようにして、行の腰を両手で持ち上げた。
「ひざを立てるんだ」
「やだ……、こんなの」
 動物のような格好にさせられ、行が初めて抵抗らしい抵抗を見せるが、仙石は背中から抱きしめるようにして押さえつけた。

「お前が恥ずかしいのも分かるけどな。最初はこの方が楽だって言うからな」
 正常位で受け入れるためには、かなり足を上げなくてはならないから、行にとってはそちらの方がずっと恥ずかしいだろう。それにこれなら顔を見せなくて済む。
 しかし、行はそんな仙石の気配りなど、まるで意に介さないようで、どうやったのか分からないうちに、仙石が逆にひっくり返されていた。

「お、おい。どうする気だよ」
 まさか俺が押し倒される、なんてことはないよな、とかすかに不安を覚えた仙石だったが、もちろんそんなことにはならなかった。行は唇を噛みながら小さくつぶやく。
「さっき、あんた言ったじゃないか」
「あ?」
「声が聞こえないと、オレがイイかどうか分からないって。オレだって、あんたの顔が見えなきゃ、あんたがイイかどうか分からない。お互いに良くなかったら、意味ないだろ、こんなこと」


 言い終わると、行は、さあどうにでもしろ、とでも言うかのように大の字に寝そべった。もちろん視線はこちらに注がれている。
 その姿に仙石は思わず笑いを誘われた。
「んなこと気にしてたのか。馬鹿だな。俺だってイイに決まってるだろ。早くお前を抱きたくて仕方がねえんだ」
「……本当か?」
「当たり前だ。ほれ、証拠見せてやるよ」

 まだ疑いの目を向けている行に言うと、仙石は服を脱ぎ捨てた。もちろん仙石の中心も行を求めて、硬く勃ち上がっている。
 いきなりそんなものを見せ付けられても、行は平然とした顔だ。それどころか満足げな笑みすら浮かべる。
「こんなもん見て楽しいか? お前って変な趣味だな」
「オレのことを可愛いだのきれいだの、連呼するあんたに言われたくない」
「お互い様ってことか」

 二人は顔を見合わせて笑うと、どちらからともなく口付けを交わす。全身を絡ませるように強く抱き合えば、それだけで一つになれるような気がした。
「ふ……はぁ、ぅ……んっ」
 荒い吐息をつきながら必死にキスに応える行の両足を開かせて、仙石はそこへ身体を押し付ける。互いに熱を持った中心が触れ、行は小さな喘ぎをもらした。

「……熱いな、お前」
「あんただって……、すごい」
 キスを続けながら、二人はいたずらっぽく囁く。そのまま声も吐息も、何もかもが溶けて混じり合った。左手では行の髪をもてあそびながら、右手を下の方に滑らせていく。


 そして、雫をこぼしてそそり立つ行自身と、己のそれとをこすりつけるように握り込んだ。お互いのものが触れ合う感触に、行が甘い吐息を漏らす。
「ん…っ、は………」
 行はすがりつくように仙石の背中に手を回し、与えられる快楽を受け止め続けていたが、ふいに決然と顔を上げた。
 至近距離で二人のまなざしが出会う。行の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいるものの、未だに仙石が思わずたじろぐほどの強さを保っていた。

 やがて、意を決したように宣言する。
「オレも、……する」
 いったい何のことかと仙石が首をかしげていると、行は仙石の右手に自分の手を重ねてきた。しかもそれを、半ば押しのけるようにして、仙石自身に指を絡ませていく。
 それは愛撫と呼ぶのも物足りないほどのたどたどしい動きだったが、あの行がそんなことまでしてくれていると思うだけで、仙石はいつになく昂ぶった。

「無理……しなくて良いんだぞ……?」
 余裕がありそうな口を聞きながらも、自分の声が掠れていることに仙石は気付く。思った以上に限界に来ているようだ。ここまで来たら一気につき進むより他にない。
 仙石が手の動きを早めると、行もまた同じように動かしていく。すぐにコツをつかんだようだ。行から与えられる刺激と、行自身と溶け合う熱さに、仙石の意識もいつしか霧散していった。

「行……、こ…う……ッ」
「ぁあ……、仙石さ……ッ」
 二人が合わせた手の中で、二つのものが同時に弾けた。どろりとした白い液体がそれぞれの肌の上に飛び散っていく。指も手も身体ももうぐちゃぐちゃだった。
 仙石が荒い息を吐きながら、ぐったりとしていると、身体の下で行が不満そうな声を上げる。


「………重いんだけど」
「う……、すまん」
 まだ一回だけだというのに、こんなに虚脱してしまうなんて情けない、
 と慌てて身体を起こしながらも、仙石はなぜか満足していた。まだ本当の意味で抱いたことにはなっていないのだとしても、ここまでで十分だ。
 そんな仙石の想いが伝わったのか、行が不審げに尋ねてくる。

「しないのか?」
「ああ、今日はこのくらいにしとくさ。最初から飛ばすこともないだろ」
 まだ次の機会もある、と暗にほのめかしたつもりだったが、行は納得した顔ではない。
「五十路のオッサンはもう限界か?」
「俺はまだ四十九だ!」

「似たようなもんだろ」
「お前みたいな若造には分からないだろうが、四十代と五十代では雲泥の違いがあるんだよ」
 力説した所で、二十歳を少し出ただけの若者にはピンと来ないだろう。それは仙石にも分かっていた。
 そして、いま問題なのはそんなことではない。


「俺はまだ元気だ。でもお前は」
 仙石の言葉を、行はきっぱりと遮る。
「やるなら最後までやってくれ。こんな中途半端で放り出されて、また今度なんて嫌だ」
「大丈夫なのか?」
 これまでの行為の中でも、行がほとんど性的なことに免疫がないと分かる。いやそれどころか、あまり他人との接触をしてこなかったせいか、普通よりもずっと敏感なのではないかとすら思う。
 最初から無理はしたくなかった。少しずつ慣れていけば良い。

 そんな仙石の気配りも、行はひとことで一蹴した。
「毒を食らわば皿までって言うだろ」
「……俺は毒かよ」
 いくら何でもそんな例えを持ち出さなくともと思った仙石に、行は真剣な顔で応える。
「薬だな。どちらかと言えば」
「お、そうか」

 仙石はそれだけで簡単に浮上してしまった。単純な男なのだ。そして、その勢いで、もう一度行に念を押した。
「良いんだな? 最後までやっちまって」
「さっきからそう言ってる」
「後で泣いても許してやらねえぞ」
 これが最後通告だったが、行はにやりと笑った。
「あんたにそんなこと出来るのか?」


         
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