『好きなものは』 |
「なぁ、如月」 「…ん?」 如月は、ゆるりと顔を上げる。こちらを見つめる黒い瞳は、見るからに気だるげだ。まるで『うるさい、さっさと寝かせろ』とでも言っているようである。 もちろんそれだけ如月を疲れさせたのは、当の角松ではあるが、そのまま大人しく眠らせてやれるほど、淡白には出来ていない。 ようやく腕の中で眠ってくれるようになったのだから。 以前は、毎夜のように抱かれていても、事が済むと、何もなかったかのように服を身に着けて、そそくさと部屋を後にしてしまうのが常だった。 しかし、それもすでに過去のこと。正確には昨夜から、夜が明けるまでベッドを共にしてくれるようになっていた。 どのような心境の変化か知らないが、この幸運を心ゆくまで味わいたかった。 寝顔なら、後でいくらでも見られる。 今はもう少し話をしていたい、そんな気分になるのも当然だった。 「ちょっと聞いてみたいことがあるんだが」 「何だ?」 応える如月の声には、やはり覇気がない。まるで会話を楽しもうという雰囲気ではなかったが、角松は気にせずに言葉を継いだ。 「あまり深く考えずに、直感で答えて欲しいんだけどな。たった一つだけ、好きなものを選ぶとしたら、あんたは何て答える?」 「…好きなもの?」 如月はけげんそうに眉間にしわを寄せた。 もちろんそんな顔も魅力的である。 むしろ顔立ちが整っているだけに、そういうちょっと崩れた表情というのは意外でもあり、好感すら抱く。これが自分だったら、そうはいかないだろうな、と角松はぼんやり思った。 「ああ。あんたはあまり物に執着しなさそうだからな。それでも一つだけ選ぶとしたら…?」 角松が重ねて問うと、ふいに如月はいたずらっぽいまなざしになった。 「もしも、『それはあんただ』などという応えを求めているのなら、残念ながら、ご期待には添えないな」 そう言って如月はくすっと笑う。間近で見せられた笑みと、言葉の内容に、角松は情けないほどにうろたえた。 「え?あ、いや。そんなつもりじゃ…。ただの興味本位だ」 慌てて言い訳をしつつも、如月に『あんただ』と言って欲しい気持ちが欠片もなかったとはいえない。それどころか、自覚もしていなかった内心の欲望を見透かされたようで、どうにも居たたまれなかった。 「ふん…」 案の定、如月はお見通しだというまなざしで、角松はますます身の置き所がなくなる。さりとて、どこに逃げる訳にもいかないが。 どうしたものか、と角松が困り果てていると、同情したのか、如月が口を開いた。 「好きなものを一つというなら…」 「ああ。何だ?」 応える気になってくれた如月に感謝しつつ、角松は勢い込んで訊ねる。 すると、なぜか如月は困ったような表情で言いよどんだ。 「…ん?どうした」 「笑うなよ?」 上目遣いで挑むように言われて、角松はぐらりとした。しかもその表情に反して、言っている言葉は可愛らしい。 「分かった。絶対に笑わない」 正直にいえば、その保証は出来かねたが、ここはこう言っておく場面だろう。 それを信じたのかどうか、如月は再び口を開いた。 「先日、ここに来るまでに特急アジア号に乗ってきただろう?」 角松は黙ってうなずく。8時間も掛けて、大連から新京へ長い列車の旅だった。 「あそこの食堂車のメニューにはアイスクリームがあるんだ。他の場所ではあまりお目にかかれないから、私は乗ったときはいつも食べているんだ。あれが一番好きだな」 「…アイスクリーム?」 いきなり思いもかけない言葉が出てきて、角松は驚く。しかし確かに言われてみれば、食堂車の中で何かをスプーンで食べている人たちがいたようにも思った。 それに、角松の時代ではそんなもの珍しくも何ともないが、この時代、この場所では特別なものなのだろう、とも想像が付く。 「だが、あんたはあの時、食べてなかったよな?」 角松が何気ない口調で尋ねると、如月はかすかに頬を染めた。 「仕事中だったからな。それに、あんな女子供が食べるようなものを好きだなんて…、おかしいだろう?」 「別に変じゃねえだろ、そのくらい。俺だって甘いものは好きだぜ?」 「…そうか?」 おずおずとこちらを見つめる如月の目は、まだ不信そうだったが、それでも隠しようのない喜びがそこには宿っていた。 可愛くてたまらない。 角松は問答無用で抱きしめてしまいたい気持ちに駆られつつも、ここはグッと堪えた。急いては事を仕損じる、だ。 「もしも帰りにもあれに乗るようなら、今度は一緒に食べないか?」 試しにそんなことを言ってみると、如月はやはり真っ赤になりながら、それでもこくり、とうなずいた。 可愛くて、可愛くて、可愛すぎる。 もう今夜は朝まで寝かせないぞ、と心の中で誓った角松のことなど知らず、如月は無邪気な笑みを浮かべる。 「それじゃ、あんたの好きなものは?」 「…え?」 逆に聞き返され、角松は一瞬戸惑ったが、すぐににやりと笑って応える。 「もちろん、あんただ」 「…なっ」 不意を衝かれたのか、ますます赤く頬を染める如月を、角松は今度こそ、強く抱きしめて口付けるのだった…。 おわり |
ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_
_)m
オチは見えていますが、これはお約束なので(笑)。 アイスクリームの話は、アジア号のことを ネットで調べていたら、何となく見つけたものです。 でも実際にそれがあるかどうかは分かりません(爆)。 まぁ細かいことは気にせずに。 このエピソードを考えた時に、 最初にアジア号に乗った時の話にするつもりでしたが、 まだその頃は二人はあんまりラブラブじゃないし、 ある程度心を許さないと、 ラギは自分の弱みを見せないかな、と思って。 何となくラギは甘い物好きなイメージ。 ぜいたくだ、と思っているので、 めったに口にはしませんが、だからこそ食べる時は、 すごく美味しそう&嬉しそうに食べるんじゃないかなぁ。 2005.09.15 |