『追う男』 |
面倒なことは好きじゃない。 厄介事はなるべく避けたい。 干渉しない。その代わりに干渉させない。 誰とも深く関わることなく、心地良い場所で眠れれば、それでいい。 これが、平穏無事とは言えない子供時代を過ごした如月が、何度も苦い 失敗を繰り返して、ようやく学んだ処世術だった。 もちろん大人になってからも、それを忠実に守ってきたのだけれど、そうして生きてきた意味も理由もいつしか忘れ、ただ当たり前のことになっていた。 だから如月は、自分がどうして角松の腕の中にいるのか、疑問に思ったことなどなかった。 屈託のない笑顔、人懐こいまなざし、率直な物言い。 どれも自分の持ち得ないもので、嘘のつけない不器用さと共に、眺めているだけで心地良かった。 出会った時から好感を持ち、彼自身を知るほどに、その印象が悪くなるどころか、ますます心惹かれた。 ついでに身体の相性も悪くない、となれば、如月が角松を拒む理由はどこにもない。 猫がお気に入りの場所を探すように、如月もまたそうして心地良い場所を探してきたのだし、今はそれが角松洋介という存在だというだけだ。 ずっと、そう思ってきたのだけれど…。 出会った時から、角松は草加の話ばかりをしていた。ベッドの中ですらそうで、如月を少なからず呆れさせたものだが、それも角松らしいと笑っている余裕はあった。 いや、むしろ、その方が好都合だった。 決して自分を見ない男、ひたすら他の誰かの背中を追い続ける男。 そんな男が相手ならば、きっとこちらを振り返ることもないだろうし、必要以上に如月に溺れることもない。自分が望んでいる間だけ、適度な距離を置いた付き合いをしてくれるだろう、と喜んでいたほどだったのだ。 自分には、この背中だけがあれば良い…。 如月は男の背中に頬を寄せ、やわらかく両腕を回した。少し汗ばんだその身体は、彼自身の内面の熱を放出しているかのようで、冷え切っている如月自身を温めてくれる。 こうしている時が一番好きだ。 角松の顔は見なくて良い。自分の顔も見られなくて済む。それでいて角松の存在を肌で感じることが出来る。 あと少しだけ、こうやっていれば、またそのまま角松は眠ってしまうだろう。男の寝息が聞こえてきたら、そっとベッドの中から出て自分の部屋に戻れば良い。 そう思い、じっと目を閉じていると、腕の中の背中が身じろぎをする気配がある。 如月が困惑する間に、気付いたら、角松はこちらに顔を向けていた。 「え?」 「あんたの顔を見ていたいんだ」 如月の戸惑いも、全てお見通しと言う顔で、角松は微笑んだ。 予想していなかった至近距離からの攻撃に、如月はみっともないほど慌てて、そこから逃れようと身体を起こす。 が、すぐに腕を掴まれて、角松の胸の中に引き戻された。 息が止まりそうなほどに、きつく抱きしめられて、如月は小さく吐息を付く。 「…強引だな」 思わず漏らしたつぶやきも、すぐに角松のキスに奪い取られた。 「んん…っ」 いくら如月が抗っても、角松は決して許してはくれない。もちろん如月が本気で抵抗すれば、角松など素手で無力化することくらい出来る。が、『出来る』と『したい』は別だ。そこまでは如月もやりたくはない。 仕方がなく、貪られるがままにキスを受けていると、強く押し付けられた角松の下半身が熱く昂ぶっていることにも気が付いた。 …さっき終わったばかりなのに、まだやる気か、この男。 そんな如月の述懐を知ってか知らずか、角松の愛撫はますます熱を帯びていく。いつしか如月の身体もそれに応え始め、声を抑えるだけで精一杯になってしまった。 「ん…ふぅ…ぁあ…っ」 「如月…、…欲しい、…如月…ッ」 熱に浮かされたような角松の声を聞きながら、如月はぼんやりと考える。 …いつの間にオレの方が追われる立場になったんだ…? 決してこちらを振り向かない男だと思っていたからこそ、安心して付き合えたのに。 反則じゃないか…? そう思いながらも、如月の心のどこかでは理解していた。 この男は、いつでも何かを追わずにはいられないのだ。 目の前を横切ったものを、つい追いかけてしまう犬のように、今は如月が逃げているから追いかけて来ているだけなのだろう。 …それでは逃げるのを止めたら? この男は大人しく自分の元に留まっていてくれるだろうか…? 如月は角松に荒々しく求められながらも、ふと草加のことを思い出していた。 あの男がひたすら角松から逃げ続けるのは、そんな理由なのではないか? そう思うと、ほんの少し可笑しくなった。会ったこともない存在が、何故か身近に思えるような気がした。 そして如月は、それなら自分はどうやって角松から逃げてやろうか、といたずらっぽく考えるのだった…。 おわり |
ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_
_)m
角松氏、犬並。…すみません(笑)。 愛情はあるつもりなんですけど。 如月さんも最初の頃なので、それほど溺れていません。 というよりも、自分の方こそが深みに嵌っていることに、 まだ気が付いていない、と言うべきですね。 段々そんな余裕がなくなってきます。 その辺の変わり具合を見るのも楽しいかと。 何となく草加と三角関係っぽくなりましたが、 私はそういう認識ではないです。 あくまでも松月前提ですので、 よろしくお願いします(苦笑)。 2005.08.31 |