『外出禁止』 |
「…退屈だなぁ」 角松は窓の外を眺めながら、つぶやく。聞く相手もいないから独り言だ。それにしては大きい声ではあるが、これが地声だから仕方がない。 「如月の奴、どこ行ったんだ」 パレードを間近に控え、警備も日に日に厳しくなっているから、角松のような目立つ人物がうろついていては、すぐに怪しまれるし、草加の監視もあるかもしれない、と如月に外出禁止を言い渡されている角松だ。 しかし、毎日することもなく、部屋の中にじっと閉じこもっているのでは、退屈でもあり、ストレスも溜まる。こうして外を眺めていても、これと言って何の変哲もない、のどかな町並みが広がっているように見えるから、尚更。 特務士官の如月であれば、人の動きやあるいは空気の匂いですらも敏感に察知して、何事か起こった気配を感じ取ることが出来るのかも知れないが、平和に慣れた自衛官の角松には、ごく普通の光景にしか見えない。 せめて如月が一緒ならば、話し相手にはなってもらえなくとも、きれいな横顔を眺めているだけで楽しいものを。 窓の下を走り回る子供の明るい笑いに混じって、カッコウの鳴き声がした。のどかだ。ひたすらのどかである。 「如月、早く帰ってこい〜」 飼い主に見捨てられた大型犬のような情けない顔で、角松の嘆いた声が聞こえたのではないだろうが、絶妙なタイミングでノックが三回響いた。如月の合図だ。 角松は急いで扉を開ける。そこにはもちろん如月が立っていた。会えなかったのはほんの数時間だというのに、ひどく懐かしいような気がするのは何故だろう。 「大人しくしていたようだな」 外出先から戻ってきた如月は、いたずらっぽく笑いながら、開口一番そんなことを言った。 「あんたが出るなって言ったんじゃねえか」 「海の上では、こんな生活も当たり前だろう」 「ここは陸地じゃなかったのか?」 狭い艦の中で毎日を過ごすことも、海の上では確かに当たり前だが、窓の外にはにぎわう町並みが広がっているとなれば、息が詰まるのも当然だった。ましてや、如月だけは自由に外に出入りしているのだから。 「何で俺だけなんだよ」 「あんたは目立つからだ、と言った筈だが?」 「…そっちも十分目立っていると思うがね」 角松は口の中でつぶやいた。 如月は中国服にハンチングを目深にかぶった例の服装で、小脇に新聞や紙袋などを抱えている姿は、どう見ても軍人とは思えないし、おそらく日本人にすら見えないだろう。 しかし、ひとたび帽子を取れば、人目を惹かずにはおかない端正な容貌なのだ。角松はもちろんのこと、すでにホテルの従業員や、この周辺の住民などは目ざとく発見しているらしく、如月に意味深な視線を向けている者も少なくなかった。 気が付いていないのは、自分の顔に自覚のない本人だけである。 「まぁいいか。今日は一つ収穫があったからな」 「何のことだ?」 「ようやく『あんた』に昇格させてくれただろ。『あなた』なんて気取ったことを言われるのは、尻がムズムズしちまってな」 「…何を言っているんだか」 如月は呆れ顔でつぶやき、屋台で買ってきた肉饅頭を紙袋から一つ取り出すと、角松の口に突っ込んだ。もうそれ以上くだらないことを言うな、という意味だろう。 「うわっちッツ」 皮の中から湧き出る熱い肉汁に、口の中を火傷しながら、それでももぐもぐと味わっているのが角松らしい。 「もう一つ、要るか?」 手にした新聞で顔が隠れていて、表情は分からないが、如月の声音にはからかいが含まれている。細い肩が小刻みに震えているのは、おそらく笑いを堪えているからだろう。 「いや、結構」 角松が苦りきった顔で答えると、如月はとうとう我慢しきれなくなったのか、声を上げて笑い始めた。そんな姿は意外なほどに無邪気で可愛らしい。 …これもまた収穫だな。 どうやら少しずつ心を開いてくれているらしい如月を見つめ、角松はひそかに喜びを噛みしめるのだった…。 おわり |
ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_
_)m
あははは。この二人、イチャイチャしてるだけだ。 いくら何でも、こんなに緊張感がなくて良いのだろうか。 すみません、こんなんばっかりで。 私の松月小説のモットーは「切ない」あるいは「ほのぼの」なので。 何となく、角松視点だと「ほのぼの」寄りで、 如月さん視点だと「切ない」寄りになるような…? それから新京の描写、テキトーです。 あまりにもリアリティがなくて哀しくなりますね。 どうしてもっと地に足のついた話が書けないのだろう…。 2005.03.01 |