『静かな決意』 |
「それでは失礼する」 その如月の硬い声音は、彼自身の特徴的な持ち物である鋭い頬のラインと、少しきつめの切れ長の目に、これ以上はないというほどに似合っていた。 そんな表情も口調も物腰も、余所余所しさを集めて作り上げられているようで、角松はどことなく寂しくなる。まだ出会ったばかりで無理もないとしても。 これからずっと一緒に仕事をして行くことになるのだから、せめてもうちょっと打ち解けてくれないものか、と思った。 端正な顔立ちをしているから、余計に冷たく見えるのかもしれない。あの張りつめた頬をほんの少しゆるめて微笑みを浮かべれば、どれほど魅力的になるだろうか。 そんなことを角松が望んでいるなど知る由もない如月は、きっぱりと背を向けて部屋から出て行こうと、扉に手を掛ける。そして、ふいにその動きを止めた。 如月の後ろ姿にすら見惚れてしまっていた角松は、もちろんそれもしっかりと見届けている。 どうした?と不思議に思うよりも早く、如月がこちらを振り向いた。ひたいに掛かった長めの前髪がふわりと揺れる。 「一つ、聞かせて欲しいことがある」 「ああ。何でも聞いてくれ」 思わず即答した角松を、如月はどこか奇妙なまなざしで見つめていたが、また口を開いた。 「草加に会ったらどうするつもりだ?」 「もちろん、奴がやろうとしていることを止めるだけだ」 「…それは言葉で説得するということか?」 静かに問いを重ねる如月に、角松もまた静かに答える。 「それが出来るならば、な」 「では、果たせなかった場合は?」 「…その時は…」 角松はふと思い出していた。つい先日、米内に同じようなことを問われた。『草加を始末できるのか?』と。その時の自分は何も答えることが出来なかった。 しかし…。 「俺は、草加を何が何でも止めなきゃならない。そのためにはどんなことでもするだろう」 「殺すことも辞さない、と?」 如月の言葉に、角松はしっかりとうなずいた。 「本来なら死んでいる筈の男だ。俺が救ってしまった命を、元のあるべき場所に戻すだけのことだ」 「本当にあなたにそれが出来るのか?」 「どういう意味だ」 如月の口調に、からかうような馬鹿にするような含みを感じ、角松は思わず声を荒げた。 しかし如月は、角松の強い視線も平然と受け止める。 「私があの偽者を殺したと知った時のあなたの顔は、無言で訴えかけていた。何も殺すことはなかったんじゃないか、と。まるで私を責めるような目だった」 「それは…」 意外なことをいきなり言われ、角松は絶句する。 二人が初めて出会ったあの瞬間、確かに角松は、目の前の如月に恐怖や畏怖を覚えていた。顔色ひとつ変えることなく人の命を奪うことの出来る美しい青年は、角松がこれまで知ることのなかった存在だった。 もしかしたら、あの時すでに魂を抜かれてしまったのかもしれない…、などと言ったら大げさに過ぎるだろうか。 それでも決して如月を責めた訳でもなければ、軽蔑した訳でもない。それだけはちゃんと言っておかなくては、と思い角松が口を開くよりも早く、如月が言葉を継いだ。 「あなたは人を殺したことがあるのか」 「……ある」 角松は重々しくつぶやいた。 とっさのこと、やむにやまれぬ状況。そんな言い訳をしてみても、自分が他人の命を奪った事実を消すことは出来ない。 彼にもまた大切な人が居ただろう。彼を待っている人もいただろう。その全てを背負うことなど、角松には出来やしないのだ。 堪らずに言葉を失くしてしまった角松を、如月はただじっと見つめていた。そしてぽつりとつぶやく。 「なるほど…。よく分かった」 如月は何をどう理解したのか。角松は疑問に思うが、如月がそう言うのならば、それで良いのだろう。 「それでは」 どうやら今度こそ本当に出ていくつもりらしい。聞きたいことは聞いたと言わんばかりに、如月は背を向ける。 しかし、何故かまたこちらを振り向く。如月の黒い瞳が、静かに角松を見つめた。 「未だそんな顔をしているようでは、きっと出来そうにないな」 「え?」 思わず聞き返した角松に、如月はくすりと小さな笑みを浮かべる。 「おやすみなさい」 「あ、ああ。おやすみ」 反射的に応えた角松に、また如月の微笑みが返ってきた。花がほころぶかのように可憐で、目を奪われずにはいられない微笑みが。 自分の何が如月をそれほど喜ばせたのか分からない。それでもようやく見せてくれた如月の微笑みは、何もかも吹き飛んでしまうほどに鮮烈な印象を角松に残した。 その余韻は、如月が扉を閉めて去ってしまっても、まだ続いていた。 いや、それどころか、また再び如月がやってきて、扉を三回叩く時まで、ずっと角松の心を奪い続けたのだった…。 おわり |
ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_
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えーっと補足説明しておきますと、 この後の話もあります。 二人が夜を共に過ごす話ですね。 如月視点で書こうかな、と思っています。 これは二人が出会った最初の夜なんですが、 もう一つの意味でも最初の夜です。 つまり、初夜です(爆)。 ちょっとエロを多めに、濃厚にやってみたい。 出来るかな…(苦笑)。 ところで結局、草加を撃てなかった角松氏。 その話も如月さんとすることがあるでしょう。 またそれはいずれ書きますんで。 2005.08.17 |