『信頼の証』 |
もしかしたら起こしてしまうかもしれない、と思いながら、如月は角松の部屋の窓際に腰掛ける。そしていつもの作業に取りかかった。 この所、ずいぶんと手入れを怠けてしまっている。 それはもちろん後ろで眠る男のせいではあるのだが、怒る気にはなれない。それどころか、何となく離れがたくて、こうしてわざわざ男の部屋で作業をしている自分の方が愚かだろう。 二人で過ごしたほんの一週間ほどのうちに、すっかり一人でいることに不慣れになってしまったようだった。 「私はどうしたいんだろうな…」 自分で自分が理解出来ないことなど、今までなかったのに。 如月は作業の手を止めて、そっと闇に染まった窓の外を見つめた。降り注ぐ月の光が美しいが、こんな風にのんびりと月を眺めていられるのも、今日までかもしれないと思うと、胸が締め付けられそうだった。 そこへ、唸り声とも寝ぼけ声ともつかぬ音と共に、男が寝台から身を起こした気配がした。 「む…ぅ…」 如月は静かに振り向く。 「起こしてしまったか?」 尋ねると、角松はまだ頭がはっきりしないのか、黙ったまま、ぼんやりとこちらを眺めるばかりだ。 「…どうかしたか?」 男の無遠慮なほどの視線にさらされて、耐え切れなくなった如月は、重ねるように問いかける。するとようやく角松の目に生気が戻った。 「お、おう。寝起きのせいか、ぼうっとしてたよ。…と、いつの間にか寝ちまってたんだな。悪い」 「別に。謝る必要はない」 今夜も角松に抱かれたばかりだ。そのまま腕の中で眠ってしまいたいのは、やまやまだったが、そこを抜け出して、如月が勝手に作業をしているのだから、角松が気に病む必要など、どこにもない。 しかし角松は、申し訳なさそうな顔を続けるので、安心させるように微笑んでみせた。 「気にするな」 如月の言葉に、ようやく角松は明るい笑顔を浮かべる。そしておもむろに寝台から飛び起きた。肌着しか身に付けていない情けない格好だが、本人は気にしていないようだ。 如月は、むしろそっちの方を気にしろ、と言いたいのを堪える。 「で、こんな夜中に何やってんだ?」 不思議そうにテーブルの上を覗きこむ男に、如月は簡潔に応えた。 「銃の手入れだ」 言葉どおり、そこにはバラバラに分解された銃の部品が並んでいる。その間も如月の手は止まることがない。 「南部十四年式か」 「ああ。あんたの時代じゃ骨董品かも知れないが。手入れを怠ると、弾詰まりを起こすのでね」 「へぇ…」 如月の言葉を聞いているのかいないのか、角松は銃の部品を、目を輝かせて見入っている。まるでお気に入りのオモチャを見る子供のようだ。 「こんなことが珍しいのか?」 言外に軍人のくせに、という思いを含ませたのを悟ったのか、角松は照れくさそうに苦笑を浮かべた。 「生憎、銃そのものも、ほとんど持ったことがないもんでな」 「今は持っているだろう」 「ああ、これか?」 角松は壁に掛けてあった服のポケットから無造作に銃を取り出す。その手つきは銃を扱いなれた如月の目からすると、何とも頼りなく、おぼつかない。 「あんたは手入れをしなくて良いのか?」 明日はいよいよパレード当日。 角松の予想が正しければ、おそらく草加が何らかの動きを見せる筈だ。どれだけ準備をしておいても、それに越したことはない。 しかし、角松は自分の手の中の銃を、どこか厭わしげに見つめ、つぶやいた。 「使う機会がないことを祈るさ」 「あんたらしいな…」 いかにも銃を使う機会がない時代で、ずっと生きてきた者の言葉だ。しかし、今この世界で生きていこうとするのなら、その認識を改めなければ、いつか命を落とすことになるかもしれない。 如月は、角松が死ぬ所など見たくはなかった。これほどまでに死なせたくないと思った相手は他に存在しない。 自分が傍にいる間は、いくらでも護ってやれるけれど、いつまでもこの時が続きはしないことも分かっていた。 それでも、如月が何と言おうと、角松は危険の中に飛び込むことも止めないだろうし、大人しく高みの見物をしていられる性分でもないだろう。そして出来る限り、その銃を他人に向けないでおこうとするだろう。 それならば、如月が角松にしてやれることは、存在しない。 せいぜい、男の無事を祈るくらいだ。 しかし、ふと興味が湧いて、断られるかもしれないのを承知で、角松にそっと尋ねる。 「その銃を、見せてはもらえないか?」 「ああ、良いぞ」 ほれ、という風にあっけなく手渡され、如月の方が戸惑った。もちろんこの銃を自分が角松に向けることなど在り得ない。が、もしも逆の立場だったら、自分も同じことが出来るだろうか…。 おそらくは無理だろう、と思った。 そして、奇妙な感慨と共に、手の中の銃を見つめる。60年後からやってきたそれは、自分の知っているものとは形状がずいぶん違うが、構造も違っているのだろうか。 「これは…」 「ベレッタM92FSだ」 「ベレッタ社の名は知っているが…」 60年後の未来でも、やはり同じように銃を作り続けているのか、と如月は不思議な気持ちになる。時が経っても変わらないものもあるのだろう。 すると、ふいに角松がからかうような口調で言った。 「分解しちまっても良いぞ」 「え…?」 いきなりのことに、如月は戸惑う。 「あんたがそんな顔してたからさ」 「まさか」 「いや。分解してみたくてうずうずするって、顔に書いてあるぜ?」 あくまでもからかい調子を崩さないから、きっと冗談なのだろうとは思ったが、そう言われるとそんな気がしてくるから、ますます戸惑った。 いくら良いと言われようとも、分解する訳にはいかないだろう。 ここにある銃は、60年後の、如月が見たことも触れたこともない銃なのだから。分解してみたい気持ちもあるが、それで同じように組み立てられる保証はどこにもない。その銃を角松が使うことになるのならば尚更、指一本触れることもためらわれた。 肝心な時に弾が出なかったら…? あるいは暴発でもしたら…? きっと角松は、そんなことを考えもしないのだろう。 ただ如月がやってみたい顔をしていたから、その期待に応えてやろうと思ったのだろう。 「そこまで信用されると、どうして良いか分からなくなるな…」 如月は思わずつぶやいた。 自分ならば、命を預けることになる銃を、他人に渡すことは出来ないし、ましてや分解させるなんて考えられない。 それを角松洋介という男は、こともなげにやってのけるのだ。 そしておそらく、誰に対しても同じように…。 「分解してみたい気持ちはあるけれど、止めておこう」 如月は微笑みながら、角松の手に銃を戻した。なぜか角松はがっかりした顔になっていたが、その理由は如月には分からない。 ただ、この先にどんなことが起ころうとも、角松がその銃を使う機会が来ないことを、そっと祈るのだった…。 おわり |
ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_
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えーっと、私は銃のことは、さっぱりです(苦笑)。 間違っているかもしれませんので、遠慮なくご指摘下さい。 如月さんは銃の手入れを習慣にしているようなので、 きっと二人でいる時もちゃんとやったんだろうな、と思って。 でも角松氏は銃の分解なんてしませんよね? (その辺が良く分からないのです…)。 如月さん、角松氏の銃も分解したかっただろうな(笑)。 ちなみに、この話の角松視点もあります。 それは次回の更新かな。お楽しみに〜。 あー、それから、 結局銃を使うことになってしまった角松氏ですが、 その辺の話も如月さんを絡めて色々やりたいなーなんて。 まだ書いていませんけれど(苦笑)。 2005.03.21 |