【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『一年後』



「…久しぶりだな」
 如月にしては珍しく感慨をにじませた声で、しかも唇にはかすかな笑みすら浮かんでいるから、対する角松も思わず顔がほころんでしまう。

「ああ、そうだな」
 答えながら、如月がずいぶんと喜んでいるようにみえるのは、やはり自分と会えて嬉しいからだろうか、などと図々しいことを考えた。
 それでも、こう見えて如月は、情に厚い所があるのを角松は知っている。だからもしかしたら自分でなくとも、久しぶりに会う知己には誰にでもそんな顔をするのかもしれないけれど。

「相変わらず、元気そうだな」
 そう言うと、如月はまたくすりと微笑んだ。その言葉の裏にはおそらく、もう少し大人しくしていたらどうだ、という皮肉も含まれているに違いない。
「あんたはしばらく見ないうちに……」


 角松は心に思ったままを口に出そうとして、ためらった。
 こうして目の前にしてみると、如月は自分の心に描いていた以上に愛らしく、小さくて頼りなくて華奢で、護ってやらなくてはと思わせた。そして……。

 ……如月はこれほどに美しかっただろうか……。

 艶やかな黒髪に透けるように、背後の窓の隙間から差し込む月光がきらめく。その妖しいまでに青白い光は、如月の白い肌をますます色めかしく見せていた。
 この指で触れたかった。
 口付けをして抱きしめて、腕の中に捕らえて離さないで、目の前の人が、変わらず自分の物なのだと確認したかった。


 だが、それは出来なかった。
 焼きつくされるほどの内に宿る欲望をどうにか抑えていたのは、二人の間に横たわる長い時間だった。
 最後に別れてから、いったいどれほどの時間が過ぎただろう。半年、いやそれ以上か。それは角松にしてみれば、あっという間の時ではあったけれど、何の約束もない恋人たちにとっては、決して短い時間ではなかった。

 ……如月が自分を忘れ去ったとしても、おかしくないくらいの時間だ。


 角松はほろ苦く思いながら、言いよどんだ言葉の続きを口にした。
「しばらく見ないうちに……、ますますきれいになったな」
「な……っ」
 いきなりのことに如月は絶句する。黒い瞳が大きく見開かれて、頬がゆっくりと朱に染まった。硬く閉じていたつぼみがほころんで花開くように、それは劇的な変化だった。角松はただ目を奪われる。

「……やっぱり、あんたは相変わらずだ」
 小さく唇を噛んで、如月はぼそりとつぶやいた。恥じらいながら、角松から目を逸らすと、消え入りそうな声で言葉を継いで行く。
「そうやって、あんたはいつもいつも私をかき乱す。人の気も知らず、ただそうやって、通りすぎる嵐のように……」

「乱されるのは嫌か?」
 返ってくる答えは予想が付いたが、角松はあえて尋ねる。
「嫌だ」
 案の定、如月はきっぱりと答えた。
「そうか……」
 角松はうなずく。己もまた如月によって乱されている自覚がある。如月の戸惑いやためらいも分からなくもなかった。


「それなら、俺の顔を見なきゃいい。俺の声を聞かなきゃいい。俺に二度と会わなきゃいいだろう」
 どことなく突き放したように言うと、如月はハッと顔をこちらに向けた。深い色の瞳が迷いを帯びて揺らめく。
 やがて、覚悟を決めたように目をそっと伏せて、つぶやいた。

「……それが出来るのなら、苦労は無い」
「ああ、そうだな」
 角松はまたうなずいた。
 お互いに忘れることも、想いを捨てることも、何もかも無かったことにすることも、決して出来やしないのだから。
 己の中に流れる如月の血が、それを許してはくれないだろう。


「あれから、ちょうど一年だな……」
 角松はぼそりとつぶやいた。
「ん?」
 如月が小さく首をかしげる。
「あんたが俺をその血で救ってくれた日から、もう一年だ」

「そうか、一年か……」
 まだ一年というべきか、もう一年というべきか。如月と出会ってから、たったそれだけしか経っていないというべきか。
「あの時は、こうして一年後にまたあんたと会うことがあるなんて、思ってもいなかったな」
 如月は打って変わって、軽やかな笑みを浮かべる。それが本音かどうかはともかく、角松もあの時に今生の別れになるかもしれないと覚悟はしていた。

 ……そして、今も。


「俺たちはまた一年後にもこうして会えるかな……」
 角松は遠くを見つめてつぶやく。
 自分が明日も無事で生きているかどうか分からない。それは如月も同じだろう。そして、未来の世界から唐突にこちらにやって来たように、またいきなり引き戻されることが無いとは言えないのだ。

「さあ、どうだろうな」
 ほのかに差し込む月光の元で、やはり如月は微笑んでいる。
 その美しい姿を心に刻み込みながら、角松は気持ちを切り替えた。
「ところで、こうしてあんたを呼び出したのは……」


          おわり

ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_ _)m
サイトの一周年記念SSです。
一年なんて、あっという間ですね(苦笑)。

これは連載のネタバレになっちゃいますが、
(コミックス派の方には申し訳ありません)
例のボートで再会してから直後のイメージです。
だいたい日数的には「1/4」後に別れてから、
ちょうど一年後くらいになるんじゃないかと。

で、角松氏はラギを呼び出して、
無線機を渡す訳です。そんな状況です。

この後の二人が仕事の話だけで終わったのか、
それとも熱い夜を過ごしたのか。
それは皆様のご想像にお任せ(笑)。

と言いつつも、この後の話も書きたかったりしますよ。
まだ書かなきゃいけないこともあるしね。

2006.02.02

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