『月下』 |
「あんたは俺のことを、どれだけ知っている?」 「どれだけ…、とは?」 振り向きもせずに応えながら、如月はベッドから身体を起こすと、椅子に掛けてあった服を手に取る。軍人にしては華奢な裸身が、窓から差し込む月光に白く浮かび上がるのを、角松は浮かされるように見つめた。 ひんやりとした肌が、己の腕の中で熱を帯びていくのを感じながら、それはまるで自分から命の糧を奪い取られるかのようで、戸惑いつつも、身内から湧き上がる情動を止めることは出来なかった。 その瞬間だけは、全てをこの手の中に収めたのだと思えたのだが、それも潮が引くように失われた。 事後の余韻すら味わわせずに去っていこうとする背中を、せめて振り向かせることは出来まいかと、角松は言葉を紡ぐ。少なくとも、そうしている間は、ここに居てくれるだろうから。 「つまり、俺の素性や経緯を、ということだ」 「私が知っているのは…」 耳に心地良い涼やかな声で低く囁きながら、如月はこちらに向き直った。 すでに服はきっちりと襟元まで留められてしまっているが、艶やかな黒髪がほんの少し乱れて頬に掛かっていることが、やはり先刻のことは夢でも幻でもなかったのだ、と角松に教えてくれる。 「あなたが、私と同じ時を生きる人ではない、ということだけだ」 それだけ知っていれば十分だ。角松はうなずく。そして、ベッドの上に身体を起こしながら、小さく苦笑を浮かべた。 「それは残念だな」 思わずこぼれた角松の呟きに、初めて如月が感情を露わにした。どこか傷ついたようなまなざしで見つめながら尋ねてくる。 「私が何も知らない方が良かったとでも?」 如月の言葉に角松は微笑み返し、一つうなずいてから言葉を継いだ。 「ああ。あんたには俺から全てを説明したかったんでな」 「…その必要はない」 如月はきっぱりと言うと、己の感情を隠すかのように背を向ける。角松がじっと見つめている視線を感じているのか、細い肩がかすかに震えていた。 「あなたは…、いずれ未来に還っていく人間なのだから」 それだけを言うと、如月は黙り込む。その背中は全てを拒絶しているかのようだった。 角松は堪らずにベッドから飛び出した。一糸まとわぬ姿だが、そんなことに構っている余裕などない。 そしておもむろに如月の身体を後ろから抱きしめる。折れよとばかりに強く。 今は武器の一つも身に付けてはいない筈だが、それでも如月が本気になれば、角松などひとたまりもないだろう。しかし角松は、如月が抵抗することなど考えもしなかったし、事実、如月も何の抵抗も示さなかった。 ただ、小さく呟いただけで。 「…罪な事をしてくれる」 「……そうだな」 …自分は戻りたいのだろうか。それとも、このまま…。 角松には分からなかったが、腕の中にいる人を離したくはなかった。すっぽりと収まってしまう細い身体を抱きしめながら、静かに窓の外の月を眺めるのだった…。 おわり |
ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_
_)m
クサイ、クサすぎる(笑)。 すみません。読んでいる方も恥ずかしいでしょうが、 書いている方はもっと恥ずかしいんです(爆)。 でも「松月」に関しては、こういう路線でいきますので。 「仙行」はどちらかというと、ほのぼの路線なんですが。 松月の二人はいろいろと障害が多くて、 でもそこが萌えるといいますか(笑)。 多分、如月サンには苦悩が似合うから。 まだまだ悩んだり戸惑ったりして欲しいです。 えーっと設定的には二人で草加を追っているあたりでしょうか。 出会ったばかりの初々しい感じで。 如月サンもまだ余所余所しいですね。 2005.02.05 |