『一生の不覚』 |
「全て…、私の責任だな」 悄然としてうつむく如月に、角松は明るい笑顔を向ける。 「どうした、あんたらしくもない。俺もあんたもこうして無事なんだ。生き延びた幸運を祈るとしよう」 まだしばらくは入院が必要だと言われた身ではあるが、辛そうな顔の如月を見ていられずに、角松はベッドから身体を起こす。その途端に走る激痛にも、どうにか笑顔を保った。 が、如月にはお見通しらしい。打って変わった厳しい目を向けて、つぶやく。 「無理をするな、そんな状態で…。よく『無事』だなんて言えるな」 「あの場なら、命が助かっただけで儲け物だ」 「楽天的にも程があるぞ」 呆れたようにつぶやきながら、如月は角松のために果物を剥いている手は休めない。なんだかんだ言っても、甲斐甲斐しいのである。 「俺はあんたのせいだなんて、思っちゃいないぜ?」 それは本当にその通りだった。おそらくあの場に如月が駆けつけてきても、角松は草加に撃たれたことだろう。それどころか、如月も無事では済まなかったかもしれない。 もう目の前で誰かを喪うのは御免だ。ましてや、これほどに心惹かれる相手では尚更。自分が無事なのはもちろん、如月も元気そうでホッとしたものだ。 そんな角松の想いが、如月にも届いたのだろう。 きれいに剥きあがった果物の皿を角松に差し出しながら、如月はほんの少し微笑んだ。それもすぐに消えてしまったけれど。 「…しかし、矢吹の元に逃げ込んだのは私のせいだ。矢吹が草加と面識が合ったのは知っていたが、まさか既に草加の手の内だったとは。私が甘すぎたんだ…。もっと早く気が付いていれば、こんなことには…」 如月は、きり、と唇を噛みしめる。 黙っていてもほのかに赤く色づいているように見える唇が、ますます朱に染まった。 角松はそれを痛々しいというよりも、色っぽいと思ってしまい、自己嫌悪に陥る。如月の気持ちを思えば、そんなことを考えている場合ではないだろう。 「仕方がないさ。あの状況じゃ。そもそも面倒なお荷物を背負い込んだのは俺だからな。あんたに無理をさせちまったんだろう?」 いくらとっさのこととはいえ、清朝最後の皇帝・溥儀をかくまえる場所など、そうそうどこにでもあるものではないだろう。 「そんなことはない。私の協力者は他にもたくさんいる。それに隠れ家だってあるんだ。それなのに…、どうしてわざわざ敵の手に落ちるような場所を選んでしまったのか。私の一生の不覚だ」 やはり如月は自分を責めるばかりで、顔を上げようとしないから、角松は無理にでも明るい声を出す。 「そりゃあ、それだけあんたが矢吹医師を信頼していたということなんだろう。それを裏切られた形になって、余計に衝撃を受けているんじゃないのか?」 「私が…?まさか」 ようやくハッと顔を上げた如月は即答するものの、どこか心に引っ掛かる物があるのか、それきり黙り込んでしまう。 角松は物思う如月の端正な横顔を見つめながら、言い知れない想いに囚われていた。 …如月は、矢吹医師が草加と面識があることを知っていた。それでも矢吹医師を頼る決断をしたんだ。口ではああ言っているが、きっとかなりの信頼を寄せていたに違いない。どういう関係だったのか、なんて邪推したくはないがな…。 二人の関係を想像する事は簡単だ。角松が如月を抱いた時、初めてではなかったことや、矢吹が如月を見つめる目付きなどから、いくらでも推測することは出来る。 しかし、それはあくまでも推測でしかない。そしておそらく如月は、きっと自分から過去を話すことはしないに違いない。 それならば、大人しくして怪我を早く治す方が良い。くだらない嫉妬を抱いている暇などありはしない。 すでに如月には輸血をしてもらっている恩がある。そしてこれだけ心配してもらってもいる。他に望むのは、ぜいたくというものだろう。 ……如月の、現在だけではなく、過去までも全てを手に入れたいと望むのは…。 「とにかく、俺はあんたを責めたりしない。だから、あんたも自分を責めるのはよせ。おそらくどこに居たとしても、草加は俺たちを探し出しただろう。結果として矢吹医師がいてくれたから、俺が助かったとも言えるんだ。あんたと矢吹医師に感謝しないとな」 これ以上、如月を苦しめないように、角松は冗談めかした口調で笑う。 するとなぜか如月は、深い溜め息を吐いた。 「まさか、そこまで馬鹿の付くお人好しだとはな。…呆れた」 「そんなに誉められると照れるな」 「誉めてはいない」 他愛もないやりとりを重ねるうちに、如月も我慢できなくなったのか、くすくすと笑い出す。ようやく見せてくれた陰りのない微笑みに、角松も安堵の息を吐いた。 「痛……ッツ」 気をゆるめた途端に、傷の痛みがぶり返してくる。思わず身をかがめると、如月が身体を支えるように、背中に腕を回してきた。 軍人とは思えぬ華奢な腕には申し訳なかったが、この際である。やわらかく触れられるぬくもりに、遠慮なく甘えさせてもらうことにした。 「無理をするなと言っただろう。まだ昏睡から目覚めたばかりなんだ」 「それでも、のんびり寝てばかりは、いられないからな」 この身体では草加を追うことは出来ないが、ただベッドに張り付いているのはもどかしい。こうしている間にも、草加が遠ざかってしまう。そのことが悔しかった。 角松の中に熾火のようにくすぶり続ける情熱に、如月も気付いたようだが、静かに、いたわるようなまなざしを向けてくるだけだ。 「今はゆっくりと休むことだ」 「…ああ、そうだな」 角松はうなずくと、身体を横たえようとして動きを止める。そしていたずらっぽく如月の耳元にささやいた。 「だが、このくらいは許してくれよ?」 そのまま如月の白くて滑らかな頬に口付けを落とす。 すると如月もくすぐったそうに目を細めながら、すぐに自分からもキスを求めてくるのだった…。 おわり |
ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_
_)m
冒頭がちょっとシリアスっぽくなりましたが、 結局最後は「ほのぼの」です(苦笑)。 それはもちろん角松視点だから。 角松氏は悩むよりも行動の人ですからね。 その割にタイトルがちょっと重くなりすぎたので、 良いのが思いついたら、いずれ変えるかも。 毎回、タイトルは本当に悩みます。 それでもこんな、そぐわない物しか出てこなくて。 ああ、泣きそうだ。 ところで、矢吹医師が草加とつながっていたのは、 単なる偶然ですよね? 如月さんとの関係を見越した草加が、 矢吹医師を取り込んだ…なんてことはないですよね? そこまで計算の上だとしたら、スゲエよ。 例によって日付けはテキトーに設定しています。 お気になさらず。 2005.05.12 |