『白蓮』 |
「あんたに、頼みがある」 挨拶もそこそこに、いきなり切り出した如月に、高岡は心の中で苦笑を浮かべた。 …変わっていないな、こいつは。 軍人とは思えぬほどの小柄で華奢な身体、その上に小さく乗った端正な容貌。 美しい…と言ってしまうのは簡単だが、整った外見とは裏腹の、内に秘めた青白い炎の存在が、この青年にそんな軽々しい形容を冠することを許さない。 ある者は、鋭いトゲのあるバラだと言った。 またある者は、深山幽谷にひっそりと咲く百合だと。 高岡は違う、と思った。如月には他にもっと相応しい花があるような気がした。 しかし高岡とて、花の名前なんてほとんど知りもしないのだ。そもそも何故、誰もが『花』に喩えるのか。正真正銘、れっきとした一人の男だと言うのに。 それでももちろん、如月が『花』だと言うことを、高岡も否定はしない。 そう、如月はまぎれもなく美しい花だ。 誰の手にも決して届かない、触れてはならない花なのだ…。 「いいぜ。俺はきさまには借りがある身だからな」 「内容を聞かずとも?」 ほんの少し戸惑ったように、如月の黒い瞳が揺らめいた。 高岡は『おや?』と思う。何かが引っ掛かった。どこかに違和感を覚えた。だがそれが何かは分からなかった。 「俺が必要なんだろ」 「ああ…、そうだ。引き受けてもらえると助かる」 「これでチャラにしてくれよ」 高岡は笑った。 自分がかなり危険な橋を渡っていることは分かっていた。如月の持ってくる仕事はいつもろくなものじゃない。引き受けてからも、必ず後悔が付きまとった。次は絶対に断る、とその時は心に誓うのだ。 …が、やはり今回も高岡はここに居て、如月の頼みを聞いている。 借りがあるとか無いとか、そんな問題ではないのだろう。この如月に真摯なまなざしで頼み事をされて、断ることの出来るものなど居はしまい。 ここで断ったら、別の誰かが嬉々としてうなずくだけだ。それなら自分が引き受けた方が良い。 たとえ、これで命を落とすとしても…。 その覚悟だけはいつも持っていたつもりだった。 だからだろうか。実際にそうなってみると、全身、痛まない所が無いような状態でも、やけに清々しい気分だった。 ただ一つ、後悔があるとすれば…。 何故触れておかなかったのか。何故、あと一歩踏み込むことが出来なかったのか。あの花が汚れてしまうことを、散ってしまうことを怖れて、ただ手をこまねいていた自分の愚かさが悔しかった。 そんな筈など無いのだ。 自分ごときが触れた所で、あの美しい花が汚れる筈も無い。 事実、それほど弱くもなければ、もろくもなかったではないか。 あんなにも美しく咲いていたではないか。 変わらぬ面影、変わっていたまなざし。 それでも、そこで咲き続ける限り、花は花なのだ…。 意識がもうろうとしていくうちに、思い起こされるのは。 あの時…、確かに如月は微笑んだようだった。 別れ際、高岡の身を案じるまなざしで、まるで花が風に揺れるようにふわりと。 それは都合の良い錯覚だったのかもしれない。あるいは願望だったのかもしれない、が。 今でも高岡の脳裏にはその微笑みが焼き付いている。それが真実であろうと幻であろうと、どちらでも構いはしない。 「ああ…、蓮だ。蓮の花だ…」 薄れゆく意識の中で、高岡はつぶやいた。 如月に相応しい花の名を思い出した。深い泥の中から凛とした茎を伸ばして、高潔な花を咲かせる白い蓮。 どれほどその手が血に染まろうとも、どれほどその身が汚泥に浸かろうとも、決して美しさを損なうことのない、むしろそれだからこそ美しく咲き誇る蓮の花だ。 高岡は静かに目を閉じた。 きっと良い夢を見られるような気がした…。 おわり |
ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_
_)m
あはは、意味不明(笑)。 変なポエムみたいになってますが、お気になさらず。 こういう訳の分からん独白めいた文章を書くのが好きです。 読んでいる人がついて来られなくても良いの(爆)。 高岡さんと如月さんがどんな関係なのか気になりますが、 それ以上に、高岡さんがあれだけ痛めつけられたのは、 やっぱり拷問…とか思っちゃいますよね。 如月さんのこと、吐いたか?と不安になりますよね。 もしかしたらこれが伏線で、 後から「あの時これこれこういう事情で」 みたいな展開になると困るので、 あえてその辺はスルーさせていただきました。 どちらにでも取れるような感じで(笑)。 でも私は高岡さんは吐かなかったと思いますよ。 如月の「き」の字も口にしなかったと思いますよ。 ですよね、きっと。 2005.06.11 |