【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『ただ一つの武器』




 草加を追って、新京にやってきた二人ではあるが、角松の言葉を信じれば、パレード当日までは特にすることもない。大通りが見下ろせるホテルに部屋を取ると、ようやく疲れた身体を休ませることが出来た。
 心身ともに丈夫だけが取り柄だと自称する角松でも、大連から新京までの長旅に加え、草加の足跡を求めて、あちこち駆け回ったのだ。さすがに疲れきっていた。慣れない土地柄ということもあるだろう。

「ふう……」
 大げさなほどの吐息を付いてベッドにごろりと横になると、スプリングがきしんで、ひどい音を立てた。
 しかしそれでも、ゆっくりと手足を伸ばして眠れる場所があるだけで、十分ありがたい。艦の中ではこうはいかない。

「お疲れのようだな」
 口元に小さく微笑みを浮かべた如月は、からかうような口調で言った。
 その本人は、角松の半分くらいの華奢な身体でありながら、まるで疲れた様子は見えない。普段の鍛え方が違うのか、あるいは角松の前では弱みを見せたくないのだろうか。

 窓辺に置かれた椅子に腰掛けて、ゆったりとこちらを見つめている。テーブルに両手を立てて組み、その上にあごを乗せて、小首をかしげたような仕草が、妙に艶めかしくも可愛らしくて、如月に良く似合っていた。
 窓から差し込む月光に照らし出されて、端正な輪郭を浮き彫りにしていれば、尚更である。


 その美しい横顔に見惚れながらも、角松は弱音をこぼした。
「ああ…、さすがに今日は参ったよ」
 角松とて、男のプライドもあり、同僚や部下たちにはなるべく弱い所を見せないようにしているつもりだが、なぜか如月にはすんなりとそんなことも言えてしまう。

 階級で言えば、角松の方がずっと上だけれど、如月自身が出会った最初から、角松のことを上官扱いしなかったせいか、お互いにまるで昔からの友人であるかのような二人だ。そんな如月の態度は、角松に気を遣わせないようにする配慮だろうか。
 外見も服装も、態度も口調も何もかも、軍人らしさを欠片もうかがうことの出来ない如月は、角松の目にはとても新鮮に、そして魅力的に映った。

「鍛え方が足りないのではないか?」
 たとえこんな風に、切れ長の目を眇めて皮肉げに言われても、怒るどころか、笑って許してしまえるくらいに。
「まさにその通りだ」
 まるで反論することなく、素直に認めてしまった角松に、如月はやはり微笑みを返した。今度は『苦笑』と言う奴だったが。

「それなら、今夜はもう休むのだな」
 そう言うと、如月は立ち上がり、角松に背を向けて部屋を出て行こうとする。長い支那服の裾が、花びらが舞うかのように揺れ、そんなことにすら、どうしようもなく色気を感じた。


「如月……っ」
 思わず身体を起こし、ひるがえる服の裾を無造作につかむ。そして、その途端にベッドから、ずり落ちた。もちろん如月の服をつかんだままで。
 服を引っ張られた如月も、床に座りこんでしまうが、角松は突っ伏したまま顔を上げることが出来なかった。あまりにも情けなくみっともない姿に、恥ずかしさを通り越して、自分で自分が呆れてしまう。

「何やってるんだ、俺は…」
 思わずこぼれた言葉に、容赦ない如月の声が重なった。
「全くだな」
 まるで感情のこもらぬ声で言われては、角松は返す言葉もない。さりとて起き上がることも出来ずに、うう…、と空しく唸っていると、頭上から軽やかな笑い声が降ってきた。

「如月…?」
 ハッとして角松は顔を上げる。先刻までの恥ずかしさもどこへやらだ。
 視線の先では、如月がいかにも楽しそうに、くすくすと鈴を転がすような笑い声を立てていた。今までも笑顔くらいは見たことがあったが、これほど無邪気な顔は初めてだった。

 …こんな表情もするんだな。
 この顔を見られたのだから、少しくらい恥をかいても、どうということはない、と角松は思った。

 すると、ふいに如月は微笑みを収めると、角松を慈しみにあふれたまなざしで見つめる。
「あなたという人は…、本当に不器用だな」
「…すまん」
 ようやく角松は身体を起こし、慌てて如月の服から手を離した。今夜はこれだけで十分だった。いや、これ以上はさすがに引き止められまい。


 しかし、如月は立ち上がらなかった。
 角松があまりに力を込めて握りしめたので、ぐしゃぐしゃにシワが寄ってしまった支那服を、なぜか面白いものでも見るかのような目で、見下ろしている。

 やがて顔を上げると、黒い瞳をひたと角松に注ぎながら、ささやいた。
「私も今夜は疲れてしまった。自室に戻る気力も起こらないから、このままここに居させてもらえるか…?」
「あ…?ああ、もちろんだ」

 その言葉で、あっという間に浮上してしまった自分の心を笑い飛ばしながら、角松は如月の細い身体を抱き上げて、ベッドに運んでいくのだった…。


          おわり

ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_ _)m

えーっと、それからもちろんヤルことはヤリました(笑)。
疲れてるんじゃなかったのか、というツッコミは禁止。
というか、疲れているからこそですかね?(苦笑)。

とりあえず、角松視点だと、ほのぼのイチャイチャ話ですわ。
特に意識して、そうやって書いている訳ではないのですが、
気が付くと、そんな話になってしまいます。
私の角松氏に対する印象って、どんなんだよ…(笑)。

あ、ちなみにこの後は『月下』につながってますよ。
あっちはまだシリアスな感じですがね。
これからも、こうやって同じ日の話をたくさん書いていく所存です(笑)。

ついでにタイトルの『武器』=『不器用』でした。
ダジャレかよ(爆)。

2005.04.03

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