『ふわふわパンケーキ』のシリーズです。
単独でも分かりますが、
そちらを読んでいただけると、
より楽しめると思います。


『 パンケーキ3枚目 』



「おはよう、御剣」
 成歩堂は、いつものように御剣の絹糸の髪を撫でながら、そっとささやく。朝に弱い御剣は、この程度ではパッチリとは目覚めないのも承知の上で。
 御剣が完全に覚醒するまでの、このひとときこそが成歩堂にとって至福だった。

 寝ぼけながら、むにゃむにゃと意味の分からないことをつぶやいている御剣の頬を突ついたり。御剣のサラサラの髪の感触を思う存分味わったり。
 あるいは普段の端正な面差しが、寝ている時は意外なほどにあどけなく可愛らしく見えるのを堪能したり。

 こんな可愛い寝顔を見せている御剣が、昨夜は成歩堂の上に跨がって淫らな痴態をさらしていたことなどを思い出し、一人ニヤニヤしていると、時間があっという間に過ぎてしまうのだった。
 自分が眠っている間に、密かにそんなことが行われていると知ったら、御剣はきっとショックを受けるだろうが。


「朝だよ、御剣」
 あれこれと御剣で遊びながらも、こうして声を掛け続けるのは、罪悪感からだろうか。御剣が目を醒ますのを望んでいるのか、そうではないのか、自分でも分からない。
 ただ今朝も繰り返される儀式のように、成歩堂は御剣の名を呼ぶだけだ。

 そうして、何度か朝の呼び掛けが過ぎた頃、御剣がふいに美しい黒曜石の目を開けた。
「起きたかい」
「うん」
 御剣はこくり、とうなずく。
 その口調と仕草だけで、成歩堂はまた『アレ』がきたのだと察した。

「おはよう、御剣。目が覚めたのなら、顔を洗っておいで」
 母親が子供をしつけるように言うと、御剣は素直にその通りにする。
「はぁい」
 裸のままで、ぺたぺたと洗面所に向かう御剣の背中を、成歩堂は苦笑と共に見送った。


 成歩堂にも理由は分からないのだが、御剣がこんな風に子供のようになってしまうことが、これまでにも何度かあったのだ。
 成歩堂の存在は認識しているものの、言動は完全に子供に戻ってしまう。しかも成歩堂が知っている小学生時代の御剣よりもずっと幼い雰囲気だった。

 それでもしばらくすれば、いつの間にか元に戻っているし、成歩堂もこの状況を彼にどう伝えたら良いのか分からなかったため、とりあえず様子見となっていた。
 本来ならば、精神科なりカウンセリングなりに相談すべきなのだろうけれど。

「成歩堂、顔洗った」
 どこか自慢気な顔で戻ってくる御剣の可愛い姿を目にすると、しばらくこのままで良いか、と思ってしまうのだった。
「じゃあ、次は服を来ておいで。パンケーキ焼いてあげるから」
「やった〜!」
 好物のパンケーキがよほど嬉しいのか、御剣はまるでスキップでもしそうな勢いだ。とはいえ実際の身体は大人なので、もたもたと寝室に戻っていったが。


「ふんふふーん」
 そして成歩堂は鼻歌混じりの慣れた手つきでパンケーキを焼いてゆく。
 程なくして出来立てホカホカのパンケーキをテーブルに並べていると、パジャマを身に付けた御剣が戻ってきた。

「わー、美味しそう」
「どうぞ、召し上がれ」
「いただきます」
 子供であっても御剣はやはり折り目正しい。
 フォークとナイフを器用に使い、パンケーキを小さく切り分けると、可愛らしい唇にそっと運ぶのを微笑ましく見つめながら、成歩堂は何気なく尋ねた。

「美味しい?」
 すると御剣は何とも言えない顔になる。
「あれ……? 失敗しちゃったかな」
 こうして御剣にパンケーキを作ってあげるのも三度目なので、もうかなり上達したと思っていたのだけれど。その油断が出たのかもしれない。
 御剣が言いよどんでいる様子なので、成歩堂も自分のパンケーキを一口食べてみる。

「んん……?」
 味は至って普通だった。レストランのシェフが作るようにはいかないだろうが、それでもごく普通にパンケーキとして美味しいと思う。
 成歩堂が首をかしげていると、御剣はおずおずと口を開く。
「……もっと甘い方がいい」
「ああ、そういうこと」


 子供になっている時は、味覚も変わってしまうらしく、メープルシロップをたっぷり掛けたものがお気に入りらしかった。
「でも、あんまり掛けすぎると虫歯になるよ。ちょっとだけだからね」
 仕方がなく成歩堂がメープルシロップを出してくると、横から驚くほどの速さで御剣に奪われてしまった。
「自分でやる」
「ダメだよ。ほら、返しなさい」
「やーだー」

 子供になっていても、御剣はずっと聞き分けの良い子だったのに、何故か今回だけはどうしても譲ろうとしない。
 いい年をした男が二人、メープルシロップを取り合う姿というのは、傍から見たらコントでしかないが、本人たちは至って真剣だ。
「かーけーるのー」
「ダメだったら、ダメ!」

 そうして、もみ合っているうちに、いつの間にかフタが開いていたらしく、御剣の手にぎゅっと握られたボトルから、成歩堂の顔にメープルシロップが勢いよく飛び散った。
「うわあっ」
「成歩堂……っ」
 御剣はぽとりとシロップのボトルを取り落す。かなり驚いたのだろう。茫然とした表情でこちらを見つめていた。


「あーあ、ベタベタだ」
「……ごめんなさい」
 目に見えてしゅんとしている御剣に、成歩堂は微笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ。洗えばすぐに落ちるから」
 成歩堂が答えると、何故か御剣はそっと目を伏せた。そしてそのまま、まるでキスでもするかのように身を乗り出してくる。

「えっと、御剣……?」
 成歩堂が戸惑っている間にも、御剣の顔が近づいてきて、やがて成歩堂の頬に触れた。
 しっとりとしたやわらかな舌先が、自分の肌の上を彷徨っていくのを、成歩堂はぼんやりと受け止めるばかりだ。

(もしかして、きれいにしようとしてくれているのかな?)
 ただ単に甘いシロップを舐めたかったという可能性もあるが、御剣はあくまでも真剣な様子だった。
 御剣の舌が触れる感触に加えて、頬に甘い吐息が掛かることで、成歩堂の理性が次第に麻痺してゆく。
 気付いた時には、荒々しく御剣の唇を奪っていた。


「んん……っぅ」
 子供の状態の御剣にキスをするのも初めてではないから、ほんのわずかに戸惑いを見せた御剣もすぐに慣れて、たどたどしい仕草で成歩堂の愛撫を受け入れてくれる。
「ふぁ……、成歩堂……、甘い……」
「うん、甘いね……、御剣」
 メープルシロップと唾液が交わり、極上の甘い蜜となったそれが、二人の唇の間を行き来してゆく。その甘露をうっとりと味わいながら、長い長いキスを続けた。

 やがて成歩堂が唇を離すと、御剣は深い吐息をつく。
 そして、ぼそりとつぶやいた。
「べたべた」
「ああ、そうだね。ごめん」
 シロップまみれの成歩堂とキスをしたり、頬を寄せ合ったりしたせいで、御剣の顔もすっかりベタベタになっていた。
 それを見た瞬間、成歩堂にふと悪戯心が湧いた。

「それじゃ、今度は僕がきれいにしてあげるよ」
 成歩堂が御剣の頬をぺろりと舐めると、御剣が可愛らしい声を上げる。
「ひゃうん」
「ん……、甘い」
「……やぁ……っ」
 成歩堂に舐め回されて、御剣はいやいやと首を振るが、もちろんその程度で止めてあげるつもりはない。

「美味しいよ、御剣」
「だめぇ……」
 御剣の抗議の声を遮るように、成歩堂が唇をふさぐと、御剣はすぐに抵抗をやめる。それからまた長いキス。
 甘い甘い時間が過ぎ去り、やがて、どちらからともなく唇が離れた。


 その後もしばらくの間、御剣はうっとりと成歩堂に身をゆだねていたが、ふいに我に返ったように顔を上げる。
 その意志の強いまなざしと凛とした表情で、本来の御剣が戻ってきたことが分かった。
「おかえり、御剣」
「……成歩堂?」

 御剣は可愛らしく小首をかしげ、すぐに眉間のヒビを深くした。
「何だ、これは。顔も手もベタベタではないか」
「まぁその……、いろいろとあってね」
「色々では分からん。私と君が、甘い匂いの液体でベタベタになっている理由を、しっかりと説明したまえ」

(その原因のほとんどはお前なんだけどね……)
 成歩堂は心の中でつぶやく。
「とりあえず顔を洗ってこようよ。シャワーでも良いし」
「そうだな。それが先決だ」
「じゃ、一緒に洗いっこしようか」
「却下」
 氷のようなまなざしで、御剣に即答されてしまった。

 そこで仕方がなく、二人は別々にメープルシロップを落とすことにするのだった……。


           おわり

 
読んで下さってありがとうございます。

シリーズ化するつもりは無いと言いながら、
ふと気づくと、この話を書いていますね。
なんか書きやすいんですよ、子供御剣さん。

ただ、このまま続けていくならば、
ちゃんと(1)(2)(3)と連番にした方が
分かりやすいよなぁ、とか思ったり。

でも、最初にふと思いついて書いただけなので、
御剣さんがこうなっちゃう理由や、
元に戻す方法などの設定を
全く考えていないんですよね……。

まぁ、あくまでもネタとして、
幼児化プレイ(笑)を楽しめば良いのかもしれません。

2015.03.01

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