【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『 無条件幸福 』

(4)

「何だか、疲れたな。そろそろ昼食にするか?」
「そうですね。時間もちょうど良いですし」
 明るい笑顔で答える双七に微笑み返しながら、愁厳はクーラーボックスから小さな包みを取り出す。

 以前はちゃんとした弁当を作って来ていたのだが、大げさすぎるかと思い止めていた。あまり双七に負担になっても良くないだろう。今は握り飯と漬け物という程度の簡素なものになっていた。
 それでも双七の好きなおにぎりの具はリサーチ済みだから、毎回好物を入れてやる健気な愁厳なのだった。

 いつものように愁厳が握り飯を手渡そうとすると、いきなり双七は自分の持って来た袋から、何やら取り出し始める。
 それは、双七が今朝手に持っていた荷物だろう。中身は内緒だと言って教えてもらえなかったが、どうやら昼食のようだった。


「実は……、今日は俺も作ってきたんです」
 双七がおずおずとふたを開けると、そこにはいかにも手作りという雰囲気の、不恰好な肉じゃがが入っていた。
「これを君が?」
「はい。おにぎりはいつも会長が持って来てくれるから、俺はおかずを作ろうかと思って。でも、これしか作れるものがなくて」
 双七は照れくさそうに笑っているが、愁厳はわざわざ自分のために双七が作ってくれたというだけで、十分に嬉しかった。

「では、頂こうか」
「あ、はい。箸はここにありますから」
「うむ」
 双七から箸を受け取って、愁厳はじゃがいもを一つ口に運んだ。自分の一挙手一投足を双七が見つめているのを、くすぐったく感じながら。

「……どうですか?」
 感想を聞くのは怖いが、聞かずにはいられないという顔で、双七がぐっと身を乗り出してくる。まっすぐに見つめられた愁厳は、思わず箸を取り落としそうになった。
 こほん、と咳払いをして、気を落ち着かせると、愁厳は双七にそっと微笑む。

「美味かったよ」
「本当に……?」
「もちろん本当だとも」
 いぶかしげに見つめる双七に向かって、愁厳は力強くうなずいてみせた。それと同時に、肉じゃがをぱくぱくと口に運んでいく。
 そこでようやく双七も納得してくれたようだった。


「君も食べたまえ。俺の言葉が嘘じゃないと分かるはずだ」
「でも、味見をした時は……」
 ぶつぶつとつぶやきながら、双七も肉じゃがを口にした。そして驚きの表情を浮かべる。
「あれ? 美味しくなってる」
「時間が経って、味が落ち着いたんだろう。煮物は出来たてよりも、少し冷めたくらいが美味しいんだ」
「なるほど」

 双七はうんうんとうなずいていたが、ふいに顔をこちらに向けて、いたずらっぽく微笑んだ。
「それに何より、今は思いっきり腹減ってますからね」
「まぁ、それはあるな」
 愁厳もそれは認めざるを得なかった。空腹はどんな料理でも美味しくするスパイスだ。

 二人の和やかな昼食は続いていく。
「これ、すずと二人で作ったんですよ。最初は俺一人で作っていたんですけど、すずがどうしても自分も手伝うと言って聞かなくて。だから、すごい時間が掛かっちゃいました」
 休日の朝早くから台所に立って、二人でああでもないこうでもないと頑張ってくれたのだろう。その様子が愁厳にもありありと想像が出来て、思わず微笑みを誘われる。

「仲が良いのだな、君たちは」
 それは愁厳にとっては、何の他意もない単なる感想だったのだが、何故かその言葉を聞いた双七はおもむろに慌て始めた。
「あ、いや、その……、俺にとってのすずは妹というか姉というか、とにかく家族みたいなもんで、本当に何でもないんですよ。そりゃあ、一緒に暮らしてはいますけど、家族だから一緒に暮らすのも当たり前だし、えっと……」

「何をそんなに焦っているんだ?」
 きょとんとする愁厳に、双七は必死に訴えてくる。
「二股を掛けているとか、そういうんじゃないですから!」
「ああ、なるほど」
 ここでようやく愁厳も双七の言わんとすることが理解出来た。如月すずとの関係を、刀子に誤解されては困るということなのだろう。


「大丈夫だ。そんな心配はしていない。君はそこまで器用な人間ではないだろうからな」
 愁厳がストレートな意見を言うと、双七はちょっと脱力したようだった。
「まぁ、その通りなんですけど」
「それとも心にやましいことでもあるのかね?」
 愁厳がからかうように微笑むと、双七はカッと頬を染めた。
「そんなの……、ありませんよっ」
「どうだかな」
「あー、もう、いじめないでください!」
 ごまかすように肉じゃがを口に頬張る双七を、愁厳は微笑ましく見つめた。

 男の自分ですら、こうして双七と一緒にいると、好ましく感じてしまうのだから、女性ならば尚更だろうと思うし、たとえ双七が気付いていなくても、双七のことを想っている相手はたくさんいるのではないだろうか。
 しかも双七の、誰をも傷つけまいとする優しさが、かえって単なる八方美人になってしまっている可能性もある。
 双七にはああ言ったものの、二股や三股もあり得ないではない、と愁厳は思っていた。もちろん精神的な意味においてだが。
 そんな愁厳の気持ちが伝わったのか、双七はおもむろに姿勢を正すと、こちらを見据えて、きっぱりと言い切った。

「俺は刀子さんと会長ひとすじですから」
「……むぐっ」
 双七の言葉に、あやうく食べていたじゃがいもを喉に詰まらせる所だった。
「何故そこで俺の名が出てくる」
「え? 何か変ですか…?」
 不思議そうに首をかしげる双七に、愁厳は頭を抱えるのだった……。


     
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ここまで読んで下さってありがとうございます。m(_ _)m

相変わらず、特に内容が無いです(笑)。
この二人がのんびりとご飯を食べているだけで、
なんか癒されるというか、微笑ましいというか、
もうこれだけで良いんじゃね?と思ってしまう私でした。

でも、次回はもうちょっとイチャイチャさせます。
といっても、この二人のことですから。
本当に大したことはしないですけれど。

うーん、こんなんで良いのかな。
楽しんでいるのは私だけって気がしますが、
自分が幸せだから、まぁイイか(苦笑)。

ところで。
刀子さんと会長とで、すでに二股になっているじゃないか、
というツッコミもありましょうが、双七君は無自覚です。
そこが一番厄介な所で、おいおい明らかにしていく予定。
問題はそこまで辿り着けるかどうかですが。
頑張ります!

2008.03.23

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