『プレゼント』 |
画材屋で、仙石に渡すための筆を選びながら、どうして自分がこんなに浮かれているのか、行は不思議に思った。 仙石がこれを受け取った時に、どんな顔をするだろうかと想像するだけで、楽しくなってくる。 そして、そんな自分にも笑ってしまいそうだった。 こんな風に誰かのために、贈り物を選ぶなんてことをしたのは、いったい何年ぶりのことだろうか。 いや、もしかしたら初めてかもしれない。 この筆で、仙石はやはり海の絵を描くのだろうか。 そんなことまで想像しながら、行は絵筆のセットを手に取った。それは決して安くはない品だったけれど、仙石が自分に与えてくれたものに比べれば、決して高いとは言えない金額だろう。 …これはモデル代なんだ。ただそれだけだ。 そうやって自分で自分を納得させなければならないことが、単なる『モデル代』などではないのは明白だけれど、行にその自覚はない。 もちろんお礼でもなければ、お詫びのしるしでもない。 行と仙石にとって、筆というのは特別なものなのだ、きっと。 ずいぶん迷いながらも、ようやく手にした絵筆のセットをレジに持って行くと、店員がにこやかな笑顔で尋ねてくる。 「贈り物ですか?」 その口調はプレゼントであることを疑いもしていないようで、行はほんの少し不思議に思う。しかし、ここはとりあえず、ただうなずいた。 「きっと特別な方への贈り物なんでしょうね」 行の祖母と言っても良いくらいの年配の女性の店員は、手際よく包装しながら、そんなことを言った。 「いや…、別に」 どう答えて良いか分からず、行は口の中でもぐもぐとつぶやく。居たたまれない気分になって、そそくさと店を後にした。 …やっぱり買うんじゃなかった、と思いながら。 それでも家に戻ってくれば、やはり買っておいて良かったと思う自分もいるのだから、始末に負えない。 荷物をつめたカバンの中に入れようと、紙袋から包みを取り出して、行は絶句した。 その場では気が動転していたのか、気がつかなかったけれど、絵筆のセットにはピンク色の小花が散りばめられた包み紙に赤いリボンがかけられている。 「これを、あのおっさんに…?」 おそらく店員は恋人へのプレゼントだと思ったのだろう。あるいは何色のリボンにするか聞かれたのかもしれないが、もちろん記憶にない。 行は深い吐息をつくと、おもむろにプレゼントのリボンをほどき始めた。こんなものを手渡すくらいなら死んだ方がマシだ。 結局、包み紙も全部剥がしてしまったが、今度はそうなると逆に何か物足りない気持ちになった。リボンが掛かっていようがいまいが、中身には何の関係もないというのに。 仕方がなく、行はもう一度赤いリボンを手に取った。 そして絵筆の入った箱の上に直接それを巻き付ける。リボンなんて掛けたことがないから、少々不恰好になってしまったけれど、きっと仙石はそんなことは気にしないだろう。 行は、赤いリボンの掛かったプレゼントを満足げに見つめ、そっとカバンの中にしまうのだった…。 おわり 『約束の場所』へつづく…。 |
ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_
_)m
えーっと『待ち人来たる』の直接の続きになります。 そちらを読んでいない方は、ぜひ一緒にどうぞ。 そして、やっぱり行が乙女ですね(苦笑)。 行視点だと、どうしてもそうなっちゃうみたいです。 あ、作中ではきちんと包装されていたことになってます。 すみません、捏造で…(笑)。 ちなみに行視点の話が多いのは、 シリーズ長編は仙石視点にする予定だから。 こちらではその補完をしたいのですね。 そういうことで。 2005.02.27 |