【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『第三の男』

(4)

 それから、ちょっとネギが多めに入ったすき焼きを食べて、お腹の中も、心の中も温かく満たされた後は、お気に入りのリビングのソファに、二人でぎゅうぎゅうに寄り添って座る。
 これは結婚前からの二人の習慣、というよりは儀式だった。

 何の話をするでもなく、ただお互いの体温を感じながら。窓の外からは波の音が聞こえてくるほどの、しんとした夜に身を任せていると、世界でたった二人だけ取り残されたような気持ちになる。
 愛する人と共に居るのに、何故か孤独すら覚えるこんな時間が、行は嫌いではなかった。仙石と一つになって溶け合ってしまうような気がするから。
 だから、行は自分からこの沈黙を破ることはしない。いつも口を開くのは仙石で、その他愛もない話を聞くことも、もちろん嫌いではなかった。


 だが、今日の仙石は、先刻のことをまだ引きずっているのか、冴えない表情で、深い溜め息を落とした。
「ったく、情けねえよなぁ……」
 独白のようにつぶやかれた言葉に、行は返事をするか迷ったが、どうしても気になったので、余計なことかもしれない、と思いながらも尋ねてしまう。
「なんで?」

 すると仙石は、行の頭の上に自分の頭をコツンと乗せて、困ったように笑った。
「自分がこんなに心が狭い人間だとは知らなかった。もうちょっと大人だと思っていたんだけどな」
「渥美さんのこと?」
 心の機微にはとてつもなく疎い行だが、それでも仙石の言わんとすることを察した。仙石は苦笑をしながらうなずく。

「男の嫉妬はみっともねえよなぁ。自分でも呆れちまう」
「……嫉妬?」
 仙石の言葉に、行は困惑する。
 仙石が渥美のことを気にしているのは分かっていた。だがそれは、自分に黙って行が出掛けたことと、行にそうさせた渥美のことを怒っているのだと思っていたのだけれど。違うのだろうか。

 頭の中が「?」で一杯になった行に気付かないのか、仙石は照れくさそうに答える。
「ああ。いい歳をしてみっともねえだろ?お前が元上司と一緒にいることすら、許せないなんてな」
「なんであんたが渥美さんに嫉妬するんだ?そんな必要ないのに」
 その率直な言葉に、仙石は顔を少し離して、行の瞳を見つめると、大きな手のひらで行の髪をくしゃくしゃと掻き回した。

「分かってるよ。お前が浮気なんてする筈ないってことは。でも頭で分かっていても、感情は付いて来ないんだ」
「オレには……、分からない」
 こんな時、行は自分がまるで機械ででもあるかのような錯覚に陥る。仙石の手によって『人間』にしてもらった筈なのに、感情が理性よりも優先する仙石の気持ちは、未だに計りづらかった。


「仙石さんがオレのために嫉妬するなんて、理解できない。逆だったら、まだ分かるけど」
「逆って…、お前が俺のことで、誰かに嫉妬するってのか?」
 意外そうに尋ねてくる仙石に、行は不思議に思いながらもうなずく。
「だって、オレは仙石さんの人生のほとんどを知らない。まだ、あんたの人生のほんの少しの間しか一緒にいないから、俺の知らない仙石さんを知っている人たちに、オレは嫉妬するよ」

 すると、仙石の顔がなぜか嬉しそうにほころんだ。
「お前が俺のことで嫉妬してくれているとはなぁ」
 仙石のいかにも幸せそうな言葉に、行はますます「???」になる。
「オレが嫉妬すると、仙石さんは嬉しいのか?」
「当たり前だろ。それだけお前が俺のことを想ってくれている証拠じゃねえか」
「え……?そうなのか」

 行は言われてみて初めて、そのことに気が付いた。
 確かに仙石以外の人間が、どこで何をしていようと、全く気にならないし、過去も何もかも知りたいと思うのは、仙石に対してだけだ。
 誰よりも大切で信じているからこそ嫉妬する、というのは、相反しているようで、同じ気持ちから発することなのだ。

「それならオレも嬉しいかも。仙石さんが嫉妬してくれて」
「あんまり恥ずかしいこと言わせんなよ」
 その言葉を聞いた仙石は、照れ隠しのように、行の唇を軽いキスでふさいだ。
 仙石の唇が離れて行くのを惜しみながら、行はまたも首をかしげる。


「でも…、どうして『みっともない』んだ?オレのために嫉妬してくれているのに、オレが仙石さんをみっともないと思う訳ないだろ」
「いや、それはつまり…、男のプライドって奴でな。嫉妬なんかせずに、どっしりと構えているのが男らしいってことなんだよ」
 困ったように笑う仙石に、行は静かに微笑む。

「それなら、そんなプライドなんて必要ない。情けなくても、みっともなくても良いから、オレは仙石さんに嫉妬して欲しい」
 すると仙石は、ついと行から目を逸らした。そして小さくつぶやく。
「いい歳したおっさんの嫉妬なんて、うっとうしいだけだぜ?……でも、ありがとうな」
 行は仙石に礼を言われる意味が分からなかった。だが、仙石が重い溜め息を吐いているよりも、この方がずっと良い。

「それじゃ、仙石さんがもっと嫉妬してくれるように、また渥美さんと出掛けようかな」
 冗談めかした口調で笑ってみせると、仙石はハッとした顔でこちらに向き直った。
「……お前、本当は全部分かって言ってるだろ」

「何が?」
 行はきょとんとする。それに釣られたように、仙石が明るく笑った。
「ああ、俺の負けだ、負けだよ。ったく、お前って奴は」
 行には何が負けなのかも、仙石がいきなり笑った理由も分からなかったけれど、仙石の笑顔には、こちらを巻き込む力がある。一緒に笑っていると、それだけで幸せだった。

 そして喜びの感情が昂ぶった結果。
「愛してる、仙石さん」
 行は唐突にそんなことを言いながら、仙石の首に抱き付いてキスの雨を降らせ、仙石を驚かせるのだった……。


               おわり


              
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ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_ _)m

(3)を読んだ春日部さんからメッセージを頂いて、
なるほど!と思ったら、続きを書いていました。
『仙石さんが嫉妬してくれたことに喜ぶ行』です。
いかがでしょうか?

でも、まだあんまり良く分かってないっぽいですけど。
ウチの行は、どれだけ年月が経っても、
やっぱり純情可憐な乙女なんですね(爆)。

ということで、この(4)は蛇足なんですけども、
ちょっとラブが足りないと思っていたので、
ちょうど良い補完になったような気もします。

ラストの行があまりにも唐突ですか?
理性よりも感情が優先する行が書きたくて。
きっと後から、どうしてあんなことしたんだろう?
と首をかしげていると思います(笑)。

2006.11.27

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