【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『Let's cooking!』

(2)

「おかえり」
 行がドアを開けると、仙石は右手にスーパーの袋を持って立っていた。袋の上から長ネギが顔を出している。
「あ…」
 思わずつぶやいた行に、仙石の明るい声が重なる。

「今日はすき焼きだぞー。肉いっぱい食えよ」
「う…」
 何と言えば良いのか分からずに、困惑している行を不思議そうに見ながら、仙石はつかつかとキッチンに歩いて行き、ようやく全てを悟った顔になった。

「これ、お前が…?」
「他に誰が居るって言うんだ」
「そりゃそうだけどよ。今まで台所に立ったことなんて無かったじゃねえか」
 もっともな仙石の言葉に、行はきっぱりと言いきった。
「今日から変わったんだ」
「そうか」

 仙石はそれ以上は深く追求せず、いよいよ調理開始という状態の材料を眺める。
「何作るんだ、肉じゃがか?」
 どうして分かったんだろう、と思いながら、行はこくりとうなずいた。

 すると仙石は、自分が買ってきた材料を冷蔵庫にしまうと、何気ない口調で尋ねる。
「俺も手伝おうか?」
 それにはかぶりを横に振った。
「いい、一人でやる」
「二人でやっちまった方が早く片付くぞ」

 仙石の言うことも分かるし、きっとその方が良いのだろうと思ったが、今の行は意地になっていた。せっかくここまで苦労してやってきたことが、仙石に手伝ってもらったら、全て台無しになってしまうような気がしたのだ。
「オレがやる」
 重ねて言う行に、仙石もあきらめたのだろう。そこは長い付き合いなので、行の性格も把握している。頑張れよ、と軽く肩を叩いて、リビングに行ってしまった。

 行は仙石が触れた肩に、自分もそっと触れて、力強くうなずく。
「一人でも大丈夫」
 そうつぶやくと、肉じゃがのレシピにもう一度目を通すのだった…。


 行は記憶力には自信がある。それは過去の仕事柄というだけではなくて、学校の勉強でも一度習ったことは忘れなかったし、教科書を読んだだけで、内容も全て理解出来た。
 だから、肉じゃがの作り方を暗記するくらい、どうということはない筈なのだが。

 いや、実際にもちゃんと頭の中に入っている。ただそれが行動に現れないだけだった。
 つまり、行はものすごく焦っていたのだ。仙石が帰って来てしまったことで、軽いパニックに陥っていた。

 その証拠にいきなり行は、鍋の中に肉もジャガイモも調味料も全部入れてしまった。そして鍋に水を注いでいく。それを煮込めば、確かに見た目は肉じゃがらしくなるかもしれないけれど、味の保証は出来ない。
 鍋を火にかけていると、どこからか『肉を炒めないと…』というつぶやきが聞こえてきたが、行はきっぱりと無視する。正確には聞こえていなかっただけだが。

 次に、味噌汁を作らないと、と思っていると、またどこからか『アクを取れ〜』という声が聞こえてきた。
「ああ、そうだったな」
 今度は行もうなずき、煮立った鍋のアク取りを開始する。どのようなものが「アク」なのかは、すでに勉強済みだった。おたまを片手におぼつかない手つきでどうにかアクを取ると、また声が聞こえてきた。今度はすぐ近くだ。


「落としぶたをしないとな」
 その声に振り向くと、仙石が横に立っている。もちろん今までの影の声も仙石だ。行は差し出された落しぶたを鍋の中に入れた。水の量が多かったのか、中でぷかぷか浮いている。
「これで良いのか…?」
「まぁどうにかなるだろ」

 はなはだ心許ない仙石の言葉に、行は眉根を寄せたが、すぐにハッとした顔になる。
「一人でやるって言っただろ」
「俺は何もしちゃいねえぞ」
「でも…」
 不満そうにプウと膨れた行の頬を、仙石はいたずらっぽく突付いた。

「ここに立っているくらい良いだろ。ああ、そうだ。つまりアシスタントだな。テレビの料理番組だって、ちゃんと先生にはアシスタントが付いてるじゃねえか。それと同じだよ」
「……分かった」
 行は不承不承うなずく。仙石に上手くごまかされてしまったような気がしないでもないが、一人で全てをこなす自信がなかったのも確かだ。


 すると仙石は途端に嬉しそうな顔になる。
「先生、味噌汁のお湯が沸いてますよ」
「先生、まずは出汁を取らないと」
「先生、昆布がその引き出しに入ってます」
 仙石は先生、先生、と調子良く言っているが、実際は上手く行を使っているだけだった。だが、本人は作業に夢中で気が付いていない。

「先生、肉じゃがはそろそろ良さそうですよ」
「先生、味見しますか?」
 仙石に言われて、行は肉じゃがの汁を舐めてみたが、これで良いのかどうか分からずに、首をかしげる。どうにも頼りにならない『先生』だ。

「味見はアシスタントに任せる」
「はいはい」
 そこで今度は仙石が味見だ。その様子を行はじっと見つめた。これでいきなり不味いと言われたらショックだ。するとアシスタント、もとい仙石は力強くうなずいた。

「うん、美味い」
 作り方はめちゃくちゃでも、愛情がこもっていたせいか、美味しい物が出来てくれたようだ。行もようやくホッとする。
 あさりの味噌汁も、仙石に言われるがままにやっていたら、どうにか形になったし、有能なアシスタントの仙石はその間にサラダも作っていた。


「先生、完成ですね」
 仙石の言葉に、行はこくりとうなずく。とにかく嬉しかった。絵が完成した時よりも、ずっと達成感があったのではないだろうか。
 するとふいに足元が浮いたように頼りなくなった。
「あれ…?」
 そう言う間に、行は床にへたり込んでしまう。

「うわ、どうした、行」
 仙石に抱き起こされながら、行は首をかしげた。
「良く分からない。なんか、ホッとしたら急に力が抜けて…」
「それだけお前が頑張ったってことだな」
 その言葉に行は素直にうなずきながら、また首をかしげる。行はすでに立っているというのに、仙石の腕はしっかりと行の身体を抱きしめたままだったからだ。

「もう平気だから」
 そう言っても、仙石は行を後ろ抱きにしたまま離してくれない。
「仙石さん?」
「感動してんだよ」
「…?」

「まさかお前が俺のために料理を作ってくれるなんてな。俺がどれほど嬉しいか、お前には分からないだろうな」
 耳に届く仙石のささやきは、言葉どおり感動に溢れていた。それを行もまた嬉しく思いながらも、口から出てしまうのは素直じゃない言葉だ。

「別にあんたのためって訳じゃない」
「じゃあ誰のためなんだよ」
「あんたが留守にした時に、オレだって料理の一つも作れないと困るから。だからやってみただけだ。それ以上の理由なんて」

 すると仙石は、いきなり行の言葉を遮った。
「あんまりグダグダ言うと、その口ふさいじまうぞ」
 そう言うが早いか、行は口をふさがれてしまった。もちろん仙石の唇で。
「ん…」
 そのキスは、ほのかに肉じゃがの味がするのだった…。


          おわり

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ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_ _)m

これは「5555HIT」のキリ番で、
零一さんからのリクエストです。
リクエストは『仙石さんと行のラブラブクッキング』
だったのですが、あんまり一緒に料理していないですね。
すみません…(苦笑)。

しかも、キリリクでこんなに長いのはどうなのか。
重ね重ね申し訳なく…。

『新婚さん』はコメディ寄りなので、
行もちょっと大げさなほど不器用になっちゃいました。
でもダイスでは料理の作り方なんて習ってないよね、きっと。

なんか、普通の人なら当たり前に出来ることが、
行には欠落している所があると思うので、
こういうのも可愛いと思ってもらえたら嬉しいです。

2005.10.19

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