【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『最初の一歩』

(2)

 ずいぶんと勇気を振り絞った仙石の決死の告白だったのだが、その言葉に、行はカチリと静止して、こちらをじっと見つめる。
 その様子はまるでフリーズしたコンピューターのようでもあり、次にどう動くべきか考えているロボットのようでもあった。

 しかし、すぐにスイッチが入ったのだろう。驚いたように見開かれていた黒い瞳を一旦閉じて、また開けると、もうそれだけで、行のまなざしはいつもの落ち着きを取り戻していた。
「本当に嫌なら、オレが大人しくしていると思うか?」

 静かに問い掛けられる言葉に、仙石はうなずく。
 確かにそうなのだ。仙石もそのくらいは承知している。行が本気を出したら、いくら仙石が力尽くでどうこうしようとしても、瞬時に返り討ちにされるに違いない。


「だから迷ってるんじゃねえか…」
 ぼそり、と仙石の口から本音がこぼれた。行がその目線だけで続きを促すので、仙石は渋々話を進める。
「分からねえんだよ。考えれば考えるほど、分からなくなっちまうんだ。お前が俺の腕の中にいる理由が、俺にはどうしてもな」

「何が」
 行の反論はいつも最小限で言葉が足りない。
 が、それにはもう仙石は慣れたもので、心の中で自分なりに補って理解する。何が分からないのか、もっと詳しく聞かせろと言っているのだろう、と。

「えーっと、その…、お前はゲイじゃないだろ?」
 突然の言葉に行は面食らったようだったが、すぐにうなずいた。
「てことは、俺みたいな男が好みのタイプ…なんてのじゃねえよな?」
 行はそれにも黙ってうなずく。


「それならどうしてお前は…、その気になるんだよ」
 直截的な表現をあえて避けた仙石だったが、行は平然と言ってのける。
「つまり、どうしてオレがあんたに欲情するのか、その理由が知りたいと?」

「……身もフタもねえな…」
 行の言うことは間違ってはいない。これ以上はないと言うほど正しい。
 が、情緒とか奥ゆかしさとか、そんな物を求めるのは無理なのだろうか。自分から始めた話ではあるが、思わず頬を染めてしまう純情なおっさんの仙石だ。

「回りくどくしても仕方がないだろ」
「…まぁな」
 とうとう折れた仙石に、行はやわらかな笑みを向けた。浅からぬ仲の二人ではあるが、行がこんな風に微笑んでくれることはめったにない。普段の仙石ならば、これだけで心が浮き立ってしまう。


 しかし、今日はそれ以上に戸惑いの方が強かった。
 何故なら、微笑みを浮かべている行のまなざしには、隠しようもないほどの仙石への想いがあふれていたからだ。
 まるで『愛しい』と顔に書いてあるかのように。
「…行」
 目は口ほどに物を言う、仙石はふいにそんな言葉を思い出した。それでも行は、目だけではなく、口でも語るつもりらしい。

「オレはあんたが好きだけど、でもさすがのオレだって、あんたを押し倒したいとは思わない。ただ、あんたに抱きしめられたり、キスされたり、触れ合ったりするのは嬉しい。
 もしかしたら、オレが求めているのはセックスじゃないのかも知れない。あんたの愛情が感じられて、オレが満たされる手段の一つとして、それが存在するだけで」

 仙石はうなずいた。行はそれを確認してから、話を続ける。
「だからセックスは最上で最良の方法ではないかも知れないけど、とりあえず今は他に代わる物がないんだから、それで良いんじゃないのか、とオレは思うだけだ」

「そんなもんか?」
 いささか拍子抜けしてしまい、仙石はがっくりと肩を落とした。真剣に己の魅力について悩んでいた自分が馬鹿みたいだった。つい先刻も行に『バカ』と言われたばかりだけれど。


「それに…」
「何だ?」
 仙石が尋ねると、行はいたずらっぽく笑った。
「あんただって、いつまでも精力絶倫じゃないだろ。そのうちに、やりたくても出来なくなるさ」
「う…っ」

 親子ほども年齢の違う行と付き合っていると、ついつい歳のことを忘れてしまいがちだが、言われてみれば確かにその通りだ。5年後はおそらく大丈夫だろうけれど、10年後は…正直に言って自信がない。
 思わず言葉を失った仙石にも構わず、行はやはり楽しそうに笑っている。

「安心しろ。その頃にはオレもそれほど若くないから。あんたは抱きたいとも思わなくなってるかもな」
「いや、それはないだろ」
 仙石は即座にきっぱりと否定した。たとえどんなに歳をとっても、如月行が如月行である限り、それを欲しいと思わなくなる日が来るなんて、想像も付かなかった。


「それなら何の問題もないよな」
「ん?」
「あんたが枯れる時まで、ずっと付き合ってやるよ」
「…よろしくお願いします」

 仙石は深々と頭を下げた。
 こうなっては、もう何も言うべきこともない。自分としては一日でも長く、枯れないように頑張るくらいだ。
 いや、あまり張り切りすぎても、余計に早く枯渇してしまうものだろうか。妙な薬の世話になどはなりたくないが。

 とりあえず、自分の欲望が存在する間に、行がセックスに変わる別の手段を発見してしまわないことを祈るだけだった。


「で、どうするんだ?」
 そう言いながら、行はくるりと背を向ける。長めの髪が肩の上で軽やかに踊った。そんなものにすら見惚れてしまう仙石と知ってか知らずか。
 行はそのままで、ぼそりとつぶやく。

「…泊まって行くんだろ?」
 髪に隠れた小さな耳が桜色に染まっていたように見えたが、言い終えるが早いか、行はつかつかと廊下を歩いて行ってしまったので、真実は分からなかった。

 玄関先で一人取り残された仙石は、深い吐息をつく。
 ずっと悩んでいたことは、いったい何だったのか。今日は泊まらない、と固く誓った決意に何の意味があったというのか。
 結局、行に振り回されてばかりだ。

 すっかり『恋』なんてものから縁遠くなってしまったおっさんの仙石にとって、行との生活は毎日が新しい始まりだった。
 そして、行もまた似たようなものだったから、どうにか二人三脚で前に進んで行けるのかもしれない。

 いつの日か、仙石も知ることになるだろう。恋は考えるものでもなければ、理屈で動くものではない、ということを。
 しかし、溺れている人間が自分を冷静に分析出来るはずもなく。


 そうやって苦悩しながらも仙石は、履こうとしていた靴を恨めしげに見つめると、急いで行の後を追うのだった…。


               おわり

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ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_ _)m

えーっと、あんまりタイトルと合ってないかな。
私はタイトルを付けるのが苦手で、
いつも何となくフィーリングで付けちゃうので、
出来上がってから「あれ?」と思うことも多いです(苦笑)。

でも傍目からはそう見えなくても、
この日は仙石さんにとっては、かなり重要な日だったんですよ。
目からウロコ、そんな感じ。
とりあえず枯れる時まで頑張れ、仙石さん(笑)。

話の展開として「玄関でエロエロ」というパターンも
実はチラッと考えましたですよ。
その方が読んでいる方は楽しいかもしれませんが、
今回、セックスとか欲情とか、直接的な言葉を書いただけで、
ちょっとアワアワしているヘタレな私なので、
どう考えても無理な話です(苦笑)。

そんな訳で、うちのサイトでエロはあんまり期待しないでね。

2005.07.21

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