【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『揺れる、触れる』


「髪、伸びたな」
 行の顔をまじまじと見つめながら、仙石がつぶやいた。そういえば再会した時も、そんなことを言われたような気がする。

 …もしかして、長い髪が好きじゃないのか?
 ふいにそんな疑問が心に浮かんだ。例えそうだったとしても、仙石のために髪を切る、なんてことが出来るほど器用ではないけれど。
 そのせいか、応える言葉もつい言い訳めいてしまう。

「別に。伸ばしている訳じゃない」
 無精して放っておいたら、こんなに伸びてしまっただけだ。
 すると、仙石は事もなげに言う。
「そんなら切っちまえよ。暑いだろ」

 …やっぱり、そうなのか!?
 行は少なからずショックを受けた。やはり仙石は短い髪の方が好きなのだ。きっとそうだ。


 そもそも普段の仙石は、行に対して決して『命令』はしない。行にとっての『命令』の重みが分かっているからだろう。『提案』や『依頼』『懇願』はしても、強い命令口調で言うことはなかった。
 もちろん、ちゃんと飯を食え、とか、早く風呂に入れ、とか、そういうことは言うけれど、それには行も素直に従うことが出来るから、あまり命令されているという感じはしない。

 だが、『髪を切れ』というのはレベルが違う。いつもならば、せいぜい『髪切ったらどうだ?』くらいのことだろう。
 つまり、それだけ仙石は、行に髪を切って欲しいと思っているのだ。そのことを、行も瞬時に理解した。
 しかし、そう言われると、余計に頑なになってしまうのが如月行なのである。


「あんたに関係ないだろ。放っとけよ」
 強い口調で言い放ってから、ちょっと言いすぎたかな、と心の中で反省する。それでも仙石は負けていなかった。
「伸ばしとく理由がある訳じゃねえんだろ?」
「切っても、どうせすぐ伸びるし。しょっちゅう切るの面倒だから」

 ある程度の長さまで伸びれば、後ろでまとめて結うことも出来る。中途半端な長さが一番厄介だ。絵を描くにも都合が悪い。ということで、行なりの『理由』を述べたつもりだったのだけれど。
「それなら俺が切ってやる。昔は娘の髪を切ってやったもんだぞ」
 仙石は引き下がるどころか、余計にエスカレートしてしまった。訳が分からない。


「何でそんなに切らせたいんだよ」
 純粋に疑問が沸いて、尋ねた行だったが、仙石はハッとした顔で口を閉ざした。
「オレが髪を伸ばしていると、あんたに都合の悪いことでもあるのか?」
 仙石からの答えが返って来ないので、行は重ねて問いかける。やがて仙石は、目を泳がせながら、ためらいがちに答えた。

「だってよ…。そんな髪で目の前をちょろちょろされたら、つい触ってみたくなっちまうじゃねえか」
「……はぁ?」
 いきなり何を言い出すのかと思った。あんなに強い口調で命令しておきながら、理由と来たら、そんなことだと言うのか。馬鹿馬鹿しいというか、呆れるというか。

 行は思わず笑ってしまう。その微笑みに、仙石はますます申し訳なさそうな、照れくさそうな顔になった。
 そこで、行はつい言ってしまうのだ。後から考えれば、仙石にまんまと乗せられたとしか思えない、不用意かつ決定的な、その一言を。


「それなら、触れば良いだろ」
 何を今更、と思った。恋人同士になってからは、キスもしているし、それ以上のことだってしている。もちろん髪に触られたこともあるのだから。
「イイのか!?」
 途端に仙石は目を輝かせる。その顔を見た瞬間、行はほんの少し言ったことを後悔した。

 しかし、ここで前言撤回できるような性格なら苦労はない。
「良いって言ってるだろ。触りたいなら、さっさとしろ」
 その言葉に誘われるように、仙石はおずおずと指を伸ばしてきた。武骨な指先に行のしなやかな黒髪が絡まっていく。そうされている間、行は石像のようにじっとしているしかなかった。
 居心地が悪くて、落ち着かなくて、どうして良いか分からない。

 と、ふいに仙石の指が、行の耳に触れた。わざとなのか、偶然なのか。
「……あ…っ」
 しびれるような疼きと共に、抑えきれない声がこぼれてしまった。それが恥ずかしくて、堪らずにうつむくと、強引に仙石に顔を上げさせられた。
 そして、意外なほどに優しいキスを落とされる。
 まだ自分の髪に触れられている仙石の指を感じながら、行は幸せな気持ちになっていた。


 昔は触られるのが好きではなかった。たとえ誰であっても。
 どんなに大切に思っている仙石ですらも、触れることも、触れられることも抵抗があった。他人との接触そのものに忌避があったのかもしれない。

 それがいつの間にか変わってしまった。
 仙石に触れられることだけじゃなく、自分から手を伸ばして仙石に触れることすら出来るようになった。手のひらから仙石のぬくもりが感じられて、それだけで満たされるのだと知った……。


 ついばむような軽いものから、いつしか激しく深くなっていく口付けに応えるように、行は仙石の背中に両腕を回した。仙石もまた行を強く抱きしめてくれる。

 ……ずっと、ずっとこうして仙石さんを感じていたい……。
 行の望みは言葉に出されることはなかったけれど、仙石はちゃんと叶えてくれるのだった。


 そして。
 この日以来、仙石はいつでもどこでもどんな時でも、遠慮なく行に触るようになってしまった。行がどれだけ文句を言おうとも、仙石の一言で敗北する。
「お前が触って良いって言ったんだぞ」
「……それは、そうだけど」
「それなら良いだろ」
 そう言うと、仙石は行の髪に口付けを落とした。長い髪も悪くない、なんて言いながら。それを黙って受け止めながらも、行はやっぱり髪を切ろうと固く決意するのだった……。

                 おわり


ここまで読んでくださってありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

なんかもう、タイトルが思いつかなくて、
テキトーに付けちゃいましたよ。意味不明。
本当にタイトル付けるの苦手です。

どうやら私は「髪に触れる」というシチュが好きなようで、
つい仙石さんにもやたらと行の髪を触らせています。
でも逆に行が仙石さんの髪を触るのは、
あんまり書いたこと無いんだよね。
触っても面白くなさそうだしな(苦笑)。

2006.07.01

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