『夢』 |
行はふいに目を覚ました。 音もなく身体を起こして、小さな溜め息をつく。 夢を見た。 おそらくは悪夢という奴だろう。 己がこの手で殺した父が、血まみれで襲いかかってくる。その姿は低予算のホラームービー並ではあるが、虚ろな口からこぼれる恨み言を、延々と聞かされるのは、たとえ夢の中でもうんざりだ。 時折、こうしてやってくる夢に、夜中に目が覚めることも初めてではない。 父を殺したことを後悔などしてはいないが、この夢を自分が『悪夢』だと認識するのは、やはり多少の罪悪感が存在するのだろうか。 その悪夢はまた別の形でもやってきた。時には仔犬の姿であったり、また時には任務で殺した相手だったりする。 かつては、眠っても夢を見ることすらなかったのだから、あるいは進歩しているのかもしれない。 …心が弱くなってしまったことを進歩、と呼べるのならば。 行はもう一度、深い溜め息をついて、騒音を立てる傍らの存在を見つめた。 目が覚めてしまったのは、悪夢ではなく、この騒音のせいではないか、という気がしてくる。 「いい気なもんだな」 気持ち良さそうに眠る男を目にして、行はつぶやく。 その声が聞こえた訳ではないだろうが、男・仙石は盛大ないびきをピタリと止め、むにゃむにゃと寝言らしき声を発した後、突き出た腹をポリポリと掻いた。 どこからどう見ても、むさ苦しいオヤジにしか過ぎない。 しかし、昨夜はまぎれもなくこの男に組み伏せられ、何度となく啼かされたのである。 行は思わず殴ってやりたい気分になった。 いや、それとも蹴り飛ばしてやろうか、と仙石の寝顔を眺めていると、それがあまりにも平和そうで、幸せそうで…。 一瞬にして好戦的な気持ちも萎えていった。 行は右手を伸ばすと、仙石が蹴飛ばしてしまった布団を引き上げて、男の身体にかけてやる。口元にかすかに笑みを浮かべたその顔は、穏やかで慈愛に満ちていた。今、鏡を覗きこんでも、おそらくそれを自分の顔とは思うまい。 そして、行もまた布団をかぶって眠りにつく。 もう今夜は悪夢を見ないだろう、と確信していた。 盛大ないびきが背後から再び聞こえてきたことに安堵しながら、行は夢の中へ落ちていくのだった…。 おわり |
ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_
_)m
これが一番最初に出来た仙行話です。 私、寝ている描写とか、夢を見るとか、 好きみたいですね、どうやら(苦笑)。 他にも寝起きの描写とかありますし。 私が寝るのが好きだからかも。 2005.02.02 |