【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『酔っ払いお断り 』



 ピンポンピンポンピンポーン!
 いつもに増して盛大にけたたましいドアベルが、如月家のリビングに響き渡った。頭が痛くなりそうな音に、行は深い吐息を付く。
 ベルを鳴らした相手は分かっている。本来なら、恋人の訪問に心躍らせるところだろうが、今の行は憂鬱なだけだった。

「またかよ…」
 仙石がこんな風にベルを鳴らす時は、普通ではない状態なのだ。正直に言って、あまり係わりたくない。出来ることなら無視してしまいたい。聞かなかったことにしたいくらいだった。

 もちろん、行が仙石に会いたくない筈もない。むしろ毎日のように仙石の訪れを心待ちにしていたほどだけれど。
 それでも、その行ですら、今の仙石には会いたくないと思うのだから、仙石がどんなひどいことになっているのか、推して知るべしだろう。
 それでもドアベルはしつこく鳴り続けているから、行は渋々ドアを開けた。


「ヤッホー!行たん。お元気ですか?!」
 行の姿を見た瞬間、仙石はそう叫んだ。意味不明の無茶苦茶である。
 行は即座に回れ右をしてドアを閉めてしまいたくなったが、仙石は許してくれなかった。
 もっさりとした身体からは想像もつかないほどの素早い動きで、家の中に滑り込む。咄嗟に制止しようとした行が間に合わないほどに。

「あ、ちょっと」
 戸惑う行など目にも入らない様子で、仙石は真っ直ぐリビングに向かった。この家には数え切れないほど来ているから、こんな状態でも間違えることはない。
 そして、リビングの黒いソファにどっかりと座ると、こちらに向かって手招きをする。

「ほら、行たん。おじさんのおひざの上においで〜」
「馬鹿だろ、あんた」
 いったいどこのどいつが、そんなことを言われて、素直に従うというのか。いや、どこかには居るかもしれないが、少なくとも如月行ではないことは確かだ。


「そんな状態のあんたに言っても無駄だろうけど、いつも言ってるだろ。電車で来る時に酒を呑むなって」
 そう、仙石は盛大に酔っ払っていたのだ。
 元々仙石は酒には強いから、普段はほとんど酔うこともないし、せいぜい『ほろ酔い』程度だけれど。行の家までは遠いせいか、電車の揺れが酔いを加速させるのか、仙石が電車でここに来る時はたいていがこんな状態なのだった。

 それにしても、今日の仙石はいつもに増してひどい。
 おそらく仕事を済ませてから来たのだろう。でなければ、こんなに遅くなる筈もないし、もう後は行の家で寝るだけだと思うからこそ、気持ちが緩んでしまうのだ。
 そのくらいなら明日の朝一番で来れば良いのに、と行は思うが、仙石が一刻も早く会いたいと思ってくれる、その気持ちも嬉しい。
 それに朝起きた時に、仙石が隣に居てくれる喜びというのもあるのだから。

「がっはっは〜」
 と、いきなり仙石が大きな笑い声を上げた。行はその姿を苦笑しながらも、柔らかなまなざしで見つめる。
 そして、そんな自分に気が付き、思わず赤面した。
 ソファに大の字になって爆笑している仙石は、ただの酔っ払いのオッサンでしかないのに、それでも会えて嬉しいと思ってしまうのだから、自分はいったいどれほどこの男が好きなのか、と呆れてしまう。

「仙石さん、寝るならベッドに行けよ」
 今にもソファで寝てしまいそうな仙石に声を掛けると、仙石はうんうんとうなずいた。そしてそのまま気持ち良さそうに目を閉じてしまうから、おそらく行の言葉など聞いてやしないのだろう。

「だから、ここで寝るなって」
 行は深い溜め息を吐く。いくら行が鍛えているといっても、仙石を抱きかかえてベッドに運べるほどの力はない。
 しかし、ここで寝られては迷惑だし、風邪を引いてしまうだろう。


「仙石さん、起きろよ」
 そう言いながら、行が仙石の厚みのある肩を揺り動かすと、いきなりグイッと腕を引かれる。仙石の手につかまれたのだと気付いた時には、すでにしっかりと抱きしめられていた。

「ちょ…、何す……」
 すかさず抗議をしようとした行の唇も、仙石のそれでふさがれてしまう。酔っているせいなのか、手加減のないキスをされて、行はくらくらした。
 このままでは自分も酔ってしまいそうだ。酒に、あるいは仙石に。

 いい加減にしろ!と殴ってやろうとした瞬間、ふいに仙石の唇が離れた。行は安堵の息を吐きながらも、どこか物足りないような、寂しいような気分に襲われる。
 もっとキスして欲しいと思う一方で、こんな酔っ払い相手に何考えてるんだ、とも思い、心の中がゴチャゴチャになった。

 やっぱり一発殴ってすっきりしようと振り上げた右手を、絶妙なタイミングで仙石に取られた。そしてまた、きつく抱きしめられる。これでは身が持たない。
「仙石さ……」


「愛してるよ、行」
 文句を言おうとした行の言葉を遮るように、仙石が耳元でそっとささやいた。
「な……っ」
 行は絶句する。

 これまでにも何度も仙石からは愛の言葉をもらってはいるが、いつでも「好きだ、行」のワンパターンだった。『愛してる』なんて言ってくれたことはない。
 しかし、その初めてがよりによって、こんな状況では、喜んで良いのか、悲しむべきなのか。

 好意的に解釈すれば、酔っているから、普段は言えないことが言えたのだ、ということになるが、酔っているからこそ、心にもないことを言ってしまった、という可能性も無きにしも非ずだ。
「ああ……、もう、何でも良いや」
 行は自分の身体から、がっくりと力が抜けるのを感じた。

 酔っ払いの言うことを本気にする方が馬鹿だと思う。けれど、たとえ酔っているとはいえ、愛する人の言葉を疑うのも、やはり馬鹿ではないか。ならば、信じた方が良い。
 それに、どれだけ頭がぐるぐる悩んでいようとも、心は正直だ。仙石の言葉に、どうしようもなく喜んでしまう自分がいる。それが本当なのだろう。


「オレも……、愛してるよ、仙石さん」
 どうせ相手は酔っているのだから、と思わず大胆になってしまう行だが、それを聞いた瞬間、仙石の顔がぱあっと輝いた。どうやら、しっかり認識したらしい。

 ……本当に酔っているんだろうな?
 ふいに行の心に疑問が湧いてくる。
 いや、もちろん、死ぬほど酒くさいし、目の焦点は合っていないし、呂律は回っていないのだから、酔っているのには違いないけれど。

 やっぱり殴って終わりにすれば良かったのかもしれない。
 行は仙石にギューギュー抱き締められながら、そっと吐息を付くのだった……。


        おわり



ここまで読んでくださってありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

えーっと、色々スミマセン(苦笑)。
読んでくださった方が、どん引きするか、
それともノリノリで付いてきてくれるか、
さっぱり分からないままに書いています(笑)。

元はと言えば、某所のちくび祭(笑)に差し上げるつもりで
書き始めたのに、どう考えてもそんな展開にならず。
仕方がないので、お蔵入りしていたのでした。

でもまぁ、これはこれで。
エロはなくとも、ラブはあるかな。
バカップルっぽくて良いのではないかと。

2007.07.16

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