『 うたたね 』 |
……何だかうるさい。 いったい何の音だろう。地響き?地鳴り?いや雷だろうか。ひどい重低音がずっと耳の傍で鳴っている。 それでも耳をふさぐことが出来ないどころか、身体が全く動かなくて、行は愕然とした。こんなに自分の身体が思い通りにならないのは初めてだった。 うるさい、うるさい、うるさい。 『もう止めてくれ!!』 行は必死に声を振り絞って叫んだ。 ……そのつもりだったのだが。 「あれ?」 どうやら自分は実際に声を発してはいなかったようだ。身体もちゃんと動いている。 今の状態が分からずに、行は首をかしげた。あの騒音も今は止んでしまっている。キツネにつままれたような気分になる行だ。 すると、またどこからか重低音が聞こえてきた。しかもすぐ近くから。 不思議に思って身体を動かしてみて、行はようやく自分がどんな体勢だったのか、理解した。そして騒音の原因も。 「んが…ご、ぐが……」 「仙石さん…」 行は小さく吐息を付く。騒音と思ったのは、仙石のイビキだったのだ。 とはいえ、二人が同じベッドで眠っているという訳ではない。残念ながら、そこまでの関係にはなっていなかった。ただそれでも、ようやく二人で同じ時間を過ごすことが当たり前になってきてはいるから、多少は進展したのだろう。 今日もまた行は、仙石と一つのソファに身体を寄せ合って座り、誰かと共に過ごす喜びと、大切な人のぬくもりを感じている時間を、じっと噛みしめていたところだった。 そして、そのうちに仙石が眠ってしまったのだろう。 普通なら怒ることかもしれないが、行は別に気にならない。何の会話もなくても、たとえ仙石が眠っていたとしても、お互いが結び付いていることは分かるから。むしろ嬉しいくらいだったけれど。 でも……? 行はふと疑問に思った。 ずっと聞こえていたあの騒音が、仙石のイビキだというのは良いとしても、それで自分は身動きがとれなかった理由は説明できない。実際、もう普通に動いているのだから。 先刻と今とでは明らかに何かが異なっているのだ。 「いったいそれは何だ…?」 不審に思いながらも、自分と背中合わせになって、能天気に眠っている仙石の姿を見てしまったら、何もかもどうでも良くなってくる。 仙石は本当に人を楽しませる天才だ、と行は思う。こんな風に眠っていてすらも、行のことを楽しませてくれる。幸せな気分にさせてくれるのだから。 ……仙石さんも同じように思ってくれるかな。 行は苦笑を浮かべる。 そんなはずはなかった。こんな自分の寝ている姿を見たところで、楽しくも何ともないだろう。起きていても、仙石を楽しませることなど出来ないのだけれど。 考えれば考えるほど、自分が役立たずに思えてくる。仙石にもらうばかりで、こちらからは何も与えてあげられない。 「ゴメン……、仙石さん」 行がそっとつぶやくと、その言葉が聞こえたかのように、仙石が目を覚ます。 「んあ?どうした、行」 「何でもない」 慌てて首を横に振ったものの、とっさのことで上手い言い訳は出来なかった。仙石が聞いていないと思うから言えたことだから、改めて尋ねられてしまうと、恥ずかしくて居たたまれなくなる。 当然ながら、仙石はこの程度ではだまされてはくれないが、それでも穏やかな笑みをたたえるだけで、深く追求しては来なかった。 しかし、行がホッとしたところで、仙石が驚くべきことを言う。 「いやぁ、お前の寝顔を見ていたら、俺もつい寝ちまった。すまん」 「え……?」 行はきょとんとした。仙石の言っている意味が分からなかった。 つまりそれは、仙石よりも自分が先に眠ってしまっていた…、ということにならないだろうか? 「まさか、そんな」 行はきっぱり否定する。しかしあっさりと仙石に笑われた。 「何だ、自覚なかったのか? 気持ち良さそうに寝てたぞ」 「……嘘だろ」 「こんな嘘吐いてどうするよ」 行は茫然とするしかなかった。 確かに仙石に寄りかかっていて、気持ちが良いな、とは思っていた。このままずっとこうしていたいな、とも。その結果、目を閉じたりしたかもしれない。 だとしても……。 眠ってしまうなんて、あり得なかった。 工作員生活で染み付いた警戒心のせいで、他人と一緒に眠ることすら出来ない。相手が先に眠ったのを確認すると、どうにかウトウトするくらいが精一杯だ。そのはずだった。 そんな自分が、仙石の隣で無警戒に眠っただけではなく、仙石に寝顔を見られながらも、起きることもなかったというのだろうか。 だが、そう言われてみれば全てが腑に落ちる。 ついさっきまで、仙石の騒々しいイビキを耳にしながらも、身体を動かすことも、やめろと言うことも出来なかったのは、自分が眠っていたからなのだ、と。 行はふいに途方もなく恥ずかしくなった。これでは自分がどれほど仙石に心を許しているか、バレバレではないか。 仙石と一緒にいると、『初めて』のことばかりが起こる。知らなかったことを経験したり、知らなかった感情が芽生えたり、行の心の許容量はいつもいっぱいいっぱいだ。 こんな時に何と言ってごまかせば良いのか分からなくて、行は仙石をきつく睨み付ける。 「こっち見るな」 しかし、この程度でひるむ仙石ではもちろんなかった。 「何だよ、寝顔見られて照れてんのか? 可愛いなぁ、お前」 「可愛いなんて言うなー!!!」 行は今度は容赦なく仙石を殴りつけた。 当然ながら、仙石は困ったような顔をするが、それでも何だか嬉しそうだったので、すかさずもう一発殴ってやった。きっと殴られて悦ぶヘンタイなのだろう。遠慮は要らない。 それでもかなりの手加減をしつつ、仙石をポカポカ殴りながら、この先自分がどうなってしまうのか、ひどく不安に思う行なのだった…。 おわり |
ここまで読んでくださってありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。 やっぱりうちのサイトには色気が足りないよね、 少しテコ入れが必要かしら?と思って書いた話が、 全然色っぽくならなかったので、もうあきらめました(笑)。 (ちなみに「おまじない」です) という訳で、今回もさっぱり色気のない話に。 って、これは色気なさすぎじゃないのか。 二人が結ばれてすらいないってのは、どうなんだ。 そう自分でも思いますけれど、 仙石さんにだんだんと目覚めさせられていく、 初々しい行が好きなので、仕方がないよね。 皆様、もううちのサイトでは、 色っぽい話はあきらめてくだされ(苦笑)。 2007.03.27 |