『卵の殻』 |
「……く…っ」 「……ぅ…んんっ……ッ」 俺たちは同時に達した。 顔を見合わせて、お互いに照れくさそうに笑う。 身も心も満たされた充足感と、解放された後の気だるい倦怠感に包まれながら、このまま一緒に眠りにつきたいと思う気持ちを堪えて、もぞもぞと後始末をする。しかも二人揃ってティッシュをカサコソ。かなり間抜けな光景だ。 それでも、始末を終えた俺がベッドに横になると、行もおずおずと身体を寄せてくる。行のベッドは男二人で眠るには少々狭いから、俺は右手を行の身体に回して、ぐいと引き寄せた。 「……あ……っ」 行は小さく戸惑いの声を上げるが、俺の腕がびくともしないので諦めたようだ。身体の力を抜いて、俺に体重を預けてくる。行の重みを俺はじっと噛みしめた。 やがて、行は静かに目を閉じる。 それはいつもの光景だが、そうしていても行が決して眠っていないことを、俺は知っていた。 眠れないのだ。俺が先に眠るまでは。 こいつは未だに、どこか野生の獣のような所がある。俺が眠りにつくまで、じっと息を殺しているのだろうか。 それは、ひどく哀しい姿ではないか。 俺にすら、この俺にすら、お前は寝顔を見せられないのか。 そこまでお前の背負っている十字架は重いのか。 行に尋ねれば、そんなことはないと言うだろう。これは単なる習慣のようなもので、あんたが気にすることじゃないんだ、と答えるだろう。 その表情や口調すら、想像が付くような気がするけれど、それで俺が納得できる訳でもない。 今夜もまた、俺が諦めるしかないのだろうか。 やはり、まだ駄目なのか、という失望に打ちのめされて、先に眠りにつくしかないのだろうか……。 ああ、俺も分かっているさ。 そう簡単には行かないってことくらいはな。 これまで、どういう生活を送ってきたか、どんな訓練を受けてきたか、行はちゃんと俺に打ち明けてくれた。それにはどれほどの勇気が要ったことだろう。思い出したくもないことも、たくさんあったに違いない。 それでも行は話してくれた。 だから俺は、行に信頼されていないんだ、なんて馬鹿なことを考える必要はないことも分かっている。 俺よりも先に行が眠ってくれないということだけで、そんなに悲観する必要もないってことくらい分かっているさ。 理屈ではないのだろう。 行の研ぎ澄まされた本能がそうさせているだけで、俺を警戒しているとか、俺を信じていないとか、そんなことではないんだ、きっと。 だが、それでも。 それでも俺は打ちのめされる。 毎夜、先に目を閉じて、眠りにつくたびに。 毎朝、目を覚まして、自分が行よりも先に寝てしまったことを知るたびに。 俺は無力だ、と感じるんだ……。 俺は行を護ってやりたい。 卵の殻に包まれて眠る雛のように、いつか生まれ出るその日まで、行を静かに眠らせてやりたい。安心して眠り続けていられる場所になってやりたいんだ。 行にとって、俺の存在意義はきっとそういうことなのだろう、と思っていた。 卵の殻で護られることを知らずに生まれてしまった雛に、もう一度、元に戻って生まれ直すことが出来るのだと教えてやりたかった。 そのために、俺が卵の殻になってやる。 いつかお前が俺を突き破って、空へ飛び立つ時が来るとしても、俺はそれを喜んで見送るだろう。 それこそが俺の本望だ。 だからな、行。 今日は、今日こそは、俺よりも先に寝てくれよ。 お前の寝顔を見せてくれよ。 ……今日こそは。 おわり |
ここまで読んでくださってありがとうございました。 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。 いきなりエロ場面から始まりましたが、 その割に、色気が全然なくてスミマセン(笑)。 私にしては珍しい仙石さんの一人称。 「お題」はこんな感じのが多いですけどね。 一人称は制約が多くなるので、 長い文章だと、どうしてもやりづらいんですけど、 このくらいの長さならちょうど良いです。 だってモノローグばかりでもどうにかなるし。 私はモノローグが大好きでして(笑)。 三人称でも、ついついモノローグばかりになって、 あー、ダメだ、と書きなおすことも多いです。 基本的に話に入り込んで書くタイプなので、 客観視が出来ないんだなー、きっと。 ハッ、つまりは一人よがりってこと?(爆)。 2006.07.01 |