【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『座ってごらん』



 
一度口に出した言葉は、もう戻って来ることはない。だから、『無かったこと』には出来ないし、あれは嘘でした……なんて言う訳にもいかない。
 それを分かっているから、話をする時には、慎重に言葉を選んでいるつもりだったけれど。

 ……どうして、あんなこと言っちゃったのかな、オレ。

 あの時は、言わなきゃって思ったんだ。言葉にしないと伝わらないことがあるってことを、オレも今は知っているから。
 言葉にしても伝えきれないことは、たくさんあるけれど。

 口に出して伝えないと、オレの胸の中に日に日に降り積もっていく想いで、息が詰まって死んでしまいそうになるから。
 いつかその想いが溢れてしまわないように、オレはたどたどしくても、伝えなきゃいけないんだ。

 ……あの人に。


 そんな心から発せられたあの言葉は、もちろん嘘ではなく、真摯で一途な想いの欠片に他ならなかったけれど、言った本人である行は、それを後悔していた。
 今となっては、とてつもなく悔やんでいた。

 『あの、オレ……、嫌じゃないから』
 『仙石さんと一緒にいるのは、……好き』

 こうして思い返してみても、逃げ出したくなるくらいに恥ずかしい台詞だ。
 しかし、そう言ってしまったからには、もう仙石を拒むことは出来なくなる。
 そんな訳で、今日もまたソファに二人で座り、ぎゅうぎゅうに寄り添っているのだった……。


「暑い、重い、苦しい、狭い。いい加減に離せ」
「だって、嫌じゃないって言ったろ」
「だからって、四六時中こんなことしたい訳じゃない」
「素直になれって」
 行がどれほど抗議をしても、仙石は平然としている。それも当然だろう。先日の行の言葉が、仙石に自信と力を与えているのだから。もう少しでガス欠になりそうだった車を、ハイオク満タンにしてやったようなものだ。
 仙石の絶好調ぶりに、行は呆れるより他にない。

 もちろん行だって、仙石に抱きしめられるのは嬉しい。こうしていることは『嫌じゃない』けれど、何事にも限度というものがあるのだ。
 風呂・トイレと、食事と、ベッドの中にいる時以外は、朝から晩までずーっとソファでぎゅうぎゅうってのは、どうなのか。さすがにやりすぎじゃないのか。

 まだ二日目だから、行もどうにか受け容れているけれど、そのうちに我慢出来なくなって、仙石に一発お見舞いする日も、そう遠くないだろう。
 いや、すでに今も爆発寸前である。
 そんな行の気持ちを逆撫でするかのように、仙石は相変わらずのニヤニヤ笑いを浮かべていた。仙石が口を開くのが、数分遅かったら、きっと殴っていたに違いない。


「分かった分かった。それじゃ、こうすれば良いだろ」
 仙石はそう言うと、おもむろに行の身体を抱き上げ、行自身は何がどうなっているのか分からないうちに、体勢を変えられていた。
 いわゆる『お姫様だっこ』である。しかも仙石のひざの上で。

「な……、何だよ、これ」
「お前が狭いだの苦しいだの言うから」
「あんたはバカか!」
「俺はちょっと重いけどな。お前は楽だろ」

 楽な訳がない。
 目を逸らしても、顔をそむけても、仙石がこちらを見つめている視線が、嫌というほど感じられてしまう。頬が赤く染まっているのにも気づかれているだろう。そう思うと、ますます熱くなってくるのだけれど。

 ……これなら、さっきの方がまだ良かった。
 行は内心でつぶやく。あれなら、お互いのぬくもりは感じられても、こうやって、まじまじと顔を見られることはない。
 仙石の愛情を込めたぶしつけなまでの真っ直ぐな視線に、未だに慣れることの出来ない行なのだった。

 行は、必死に仙石にこれ以上見られなくて済む方法を考える。
 手っ取り早いのは、一発殴って終わりにすることだが、それも毎回という訳にはいかないだろう。きっとこの調子では、これから会うたびに、こんな状態になるのだろうから。
 行は悩んだ。ものすごく悩んだ。

 そして、一つの結論に達した。効果の程は疑問だったが、今よりはずっとマシだろうと考えて、さっそく実行に移すことにする。
 まずは仙石の方に向き直り、両腕を伸ばすと、仙石の頭を抱きしめるように絡めて、ぎゅっと身体を押し付ける。仙石のひざの上に乗っているので、自分の胸で仙石の顔を受け止めるような態勢になってしまうが、これなら少なくとも顔を見られる心配はない。


 ……が、行はすぐに失敗を悟った。
「どうした、今日はずいぶん積極的だな」
 ちょうど心臓の真上で、仙石が楽しげに笑う。その吐息がシャツ越しに感じられて、くすぐったいような、むずむずするような、もどかしさだった。
 身体の奥でじわりと何かが疼くようなこの感覚を、行はもう知っている。

 ……やばい。これはダメだ……っ!
 行は慌てて逃れようとするが、仙石の両腕にがっちりと身体を抱きしめられてしまっている。ましてや、この体勢にしたのは自分だ。今更あがいても無理というものだろう。

「うひゃあ」
 いきなり変な声が出てしまった。調子に乗った仙石が、少し顔を横にずらして、行の胸の突起に吸いついたからだ。服の上からとはいっても、薄いTシャツごときでは、何の防御にもなってくれない。
「止め……っ」
 このままだと本当に妙な気分になりそうなので、行は仙石の頭をぽかぽか殴る。もちろん手加減をしながら。それでも仙石は止めるどころか、つと顔を上げると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「ん?服の上からだと焦れったいか?」
「そんなこと言ってない」
「なになに?さっさと脱がせてくれ?」
「言ってないって、言ってるだろ」
「もう我慢できないからベッドへ連れていけ?」
「……本気で殴るぞ」

 行は本当にかなりの殺気を込めて、右手のこぶしを握りしめたのだが、仙石はからかうように笑うばかりだ。
「お前、俺のひざの上でそんなこと言っても、迫力ないぞ」
「あんたが乗せたんだろ!」
「抱き付いてきたのはお前の方だぞ」
「う……っ。それは、その……、間違いっていうか……」

 しどろもどろになる行に、仙石はますます笑った。
「そう言っても、まだ抱き付いてるしな」
「……あ」
 仙石の言うとおりだった。右手はグーの形に握りしめられていても、両腕はしっかりと仙石の首を抱きしめている。
 だがここで、顔を見られるのが恥ずかしいから、なんて本当のことを言っても、余計に仙石をあおるだけだろう。恋愛経験値の低い行でも、そのくらいは学習していた。


 さりとて、大人しく認めてしまうのもシャクなので、じっと押し黙っていると、仙石は行の沈黙を肯定と判断したらしい。
「よし、それじゃベッドへ行くか」
「何でそうなるんだよ」
「この状態で、他に行く場所があるか?」
「オレを下ろせば良いだけだろ」
「そんなもったいねえこと出来るかよ」

 例によって、わーわーと言い合っているうちに、行はまたも『お姫様だっこ』されてしまい、まんまと寝室に運ばれていくのだった……。


        おわり

ここまで読んでくださってありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

えーっと、実は『青とオレンジ』を書いた時に、
こういう展開にする予定でした。
つまり「ひざ抱っこ」ですね(笑)。

でもどうやっても、そんな感じにならなくて。
途中からちょっと切ない雰囲気になったからだと思うのですが。
その反省を踏まえて、今回はコメディ寄りにしてみました。
リベンジしましたよ!(笑)。
どうかなー。ほのぼの可愛い雰囲気になっているかなー。

ラブ要素を多くしても良かったんですけど、
どうにも私の文章は色気不足でして。
もっとロマンチックな会話を交わせないのか、この二人。
いちゃいちゃさせられなくてスミマセン(苦笑)。

2006.09.25

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