【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『好きも嫌いも』



「よし、出来たぞ。食え」
 仙石の言葉に、行はこくりとうなずいた。

 食卓に着いた二人の前には、仙石手製の料理が並んでいる。とはいえ、それほど大したものではない。大雑把に煮込んだカレーと、野菜を切って並べただけのサラダのみだ。
 それでも、おそらく行の普段の食生活に比べたら、コンビニ弁当と高級レストランのフルコースくらいの差があるに違いない。

 何といっても、この家の冷蔵庫にはブロックタイプの栄養食品と、サプリメントしか入っていなかったのだから。
 当人に言わせると、それで十分に栄養は足りているということらしいが、食事とはそういうものではないのだと教えてやりたかった。
 それに、二人で食べれば、どんなものでも美味しく思えるのではないだろうか。

 少なくとも仙石はそうだった。おずおずとスプーンでカレーをすくって口に運んでいる行の姿を見ているだけで、心が温かくなるようだった。
 自分の料理を食べてくれる人がいるというだけではなく、やはり目の前の存在が『如月 行』だからなのだろう。


 そのせいか、仙石はずいぶんと浮かれていたらしい。
 あっという間に目の前のカレー皿は空っぽだった。自分でもいつ食べたのか分からないくらいに、気が付いたら無くなっていた。もちろんサラダも。
「はー、食った食った。ごちそうさん」
 仙石がぽっこりした腹をポンポン叩くのとほぼ同時に、行が小さくつぶやく。

「……ごちそうさまでした」
「おう、美味かったか?」
 と、行の皿を見てみれば、小鳥がついばんだのかと思うくらいの量しか減っていない。
「何だよ、もしかして腹減ってなかったのか? 別に不味くはなかったと思うがな」

 確かに三ツ星シェフの味だとは言えないが、食べられないほど不味くはないと思う。仙石自身、舌が肥えている訳でもないけれど、別に味覚オンチということもないのだから。
 すると行は、申し訳なさそうな顔をして、ゴメンとつぶやいた。そして付け加える。
「オレ、食べられないもの一杯あって。……だから」
「好き嫌いが多いのか?」
 仙石の言葉に、行は黙ってうなずいた。


 しかし、仙石は思い出す。
「でもお前、艦ではちゃんと食ってたろ」
 それほど長い時間ではなかったが、≪いそかぜ≫での共同生活では、行も普通に食事をしていたように記憶していた。そもそもカレーも食べられなくらいの偏食だとしたら、仙石が知らないはずもない。
 その疑問の答えは、行にとっては簡単明瞭で、仙石にとっては驚くべきものだった。

「あれは任務だったから」
「……お前なぁ…」
 思わず頭を抱えたくなる仙石だ。こいつにとっては日々の食事ですら『任務』になっちまうのか、と呆れるしかなかった。

 それの何がおかしいんだ?という顔で平然としている行が、何だかシャクに障って、仙石は声を荒げて言い放つ。
「それなら、そいつも任務だと思って食え」
 仙石は、行の前に置かれたカレーをビシッと指差す。しかし行は頑なだった。
「嫌だ」

「何でだよ。『任務』だったら食えるんだろ。冷める前にさっさと食っちまえ」
「嫌だったら嫌だ」
 行の口調はまるで子供だ。だが、視線だけは真っ直ぐに仙石を見据えている。絶対に譲るもんかと言わんばかりに。


 仙石は苦笑しながら、もう一度、今度はなるべく穏やかに尋ねる。
「どうして嫌なんだ?」
 すると行は、ほんの少し頬を赤らめて、ついと目を逸らした。仙石も思わず行の視線の先を追ってしまうが、もちろんそこに何がある訳でもなかった。再び視線を行に戻しても、行の目はあらぬ方向をさまようばかりだ。

 どうやら、よほど言いづらい理由があるらしい。
 考えてみれば、行にとって『任務』とは軽々しく考えられることではないだろう。行の背負っている過去を思えば、カレーを食べることなどに利用できないというのも当然だ。

 仙石はすかさず反省した。
 行には酷なことを言ってしまった。カレーが食べられないくらい、どうってことはない。皿の中を見れば、どうやら白米は食べているようだ。野菜や肉は苦手なのかもしれない。次はもっと好みにあったものを作ってやろう。


 そう思った仙石が、謝ろうと口を開こうとした瞬間、行がボソリとつぶやいた。
「……こうして、あんたと一緒にいる時間を、『任務』だなんて思いたくないんだ」
「行……」

 仙石は胸を突かれた。
 やはり、行にとっての『任務』とは、そう軽々しく扱えるものではなく、しかも、あまり心楽しいものでもなかったのだと思い知らされた。そしてそれ以上に、行がこうしている時間をとても大切に思ってくれていることも。
「参ったな……」
 仙石は思わず一人つぶやく。

 行に対して、これ以上は踏み込んではいけないと、自分を抑えていたストッパーが外れてしまいそうだった。
 今ならば、まだ『友人』でいられる。面倒見の良い先任伍長でいられる。保護者か父親代わりか、とにかく行にとっては安全で安心出来る存在でいられるのに。

 仙石が思っていたよりもずっと、二人の間の距離はずいぶんと近付いていて、お互いを隔てている壁も、いつの間にか取り払われていたのかもしれない。
 覚悟を決めた仙石が、最後の一歩を踏み出したら、それで全てが変わってしまうほどに。


 今日はまだどうにか踏みとどまることが出来た。
 だが、明日はどうか分からない。
 そしてきっと、その日は遠くないうちにやってくるのだろう……。


 仙石はごまかすように微笑みを浮かべた。
「それじゃ今度は、『任務』だと思わなくても、食べられるような物を作ってやらねえとな。ちゃんと聞かせてくれよ。何が好きで何が嫌いなのか」
 仙石の言葉に、行は嬉しそうにうなずいた。だがその笑顔はすぐに曇ってしまう。

「……あの、食べれなくてゴメン」
「良いさ、気にするな。カレーは好きじゃなかったか? それとも苦手な具が入ってたのか?」
 そう言うと、行はますます申し訳なさそうな顔になった。そして消え入りそうな声でつぶやく。
「…………もっと甘いのが良い」

「もしかして、カレーが辛すぎたなんてことじゃねえだろうな?」
 仙石の言葉に、行は真っ赤になった。
「中辛だぞ? それでもダメなのか? お子様だな」
 たまらずに仙石は声を上げて笑ってしまう。それにつられたのか、行も照れくさそうな微笑みを浮かべた。

「明日は甘口カレー作ってやるよ」
 明るく笑いながら、仙石は心の片隅で安堵していた。

 ……まだ大丈夫だ。
 もう少し、もう少しだけ、このままでいよう……。


 ──それから、行が仙石の料理を残さず食べられるようになるまで、しばらく時間が掛かった。
 やがて仙石が、行の好きな物も、嫌いな物も全て覚えこんだ頃、二人の関係はまた新しい一歩を踏み出すことになるのだった……。


        おわり



ここまで読んでくださってありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

えーっと、某BLマンガの設定をパクリました(おい)。
だって、どう見ても仙行っぽかったんだもん。

という訳で、行が偏食だという妙な設定に。
きっと本来はどんなものでも食べられるはずなんだけど、
そこはそれ、『任務』の2文字で解決ですよ(笑)。

ラブが全然無くて申し訳ない。
どうしてイチャイチャさせようと思って書いても、
恋愛未満になっちゃうかなぁ。
あ、分かった。元ネタがそんな感じだったからだ(爆)。

2006.07.01

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