【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『静かな夜に』



 ──それは静かな夜──。


 行の家にはテレビなんてものはないから、夕食や入浴が済んでしまうと、必然的に二人でぼんやりと過ごすことになる。
 今夜もまた、リビングのソファに並んで座って、ぽつりぽつりと会話を交わしていた。

 初めのうちは、こんな時間が行にとっては苦痛でしかなかったのだけれど。
 特に話すことも思いつかなくて、仙石の話を盛り上げてやることも出来なくて、それでも容赦なく訪れる沈黙には耐えられなくて。
 どうして良いか分からないまま、いつもひざを抱えて丸くなって、石のように押し黙ってしまうのだった。

 そんな行を、仙石は優しく見つめながら、そっと受け止めてくれていた。無理やり行に口を開かせることはなく、それでいて長い沈黙が続かないように、さりげなく会話を挟んでいた。
 仙石が話してくれることは、いつでも新鮮で楽しくて興味深くて、行は相槌を打つことくらいしか出来なかったけれど、たくさんのことを教えてもらった。


 そうしているうちに、いつしか、行は気付いたのだった。
 仙石と一緒ならば、沈黙も決して怖くはないのだと。

 いや、そうじゃない。

 相手が仙石だったから、二人の間に沈黙が流れることが怖かった。うまく話が出来なくて、仙石が退屈しているのではないか。仙石に嫌われてしまうのではないか。そんなことばかり考えてしまうから。
 何とも思ってない相手には、どれほど無言を貫いても、何の感情も沸いてくることはない。それが一日中であろうとも。

 仙石と共に過ごす時間だからこそ、沈黙なんて訪れて欲しくなかった。
 ずっとそう思っていた筈なのに、いつの間にか、仙石との間に沈黙が流れても、それを全く気にしない自分がいた。むしろ、その静かな時間をゆったりと味わうくらいの余裕すらあった。

 理由は分からない。そのきっかけも分からない。
 気付いたら、そうなっていたのだ。
 まるで、二人並んでソファに座っているうちに、いつの間にか仙石の腕が肩に回っているのと同じように。
 気付かぬうちに、二人の間の何かが変わっていたのかもしれなかった……。


 ──だから今夜もまた──。


 行は仙石の胸にもたれかかるようにして、静かな沈黙に身を任せる。伝わってくる仙石の鼓動や体温を感じ、髪に絡められる仙石の武骨な指先を受け止めているだけで、安心できるようだった。
 今となっては、どうしてあんなに緊張していたのか不思議なほどだ。

 やがて、行の心にふわりと言葉が浮かんできた。
 それは、どこからか舞い落ちる花びらのように、頼りなく心許ない軌道を描いてやってくるから、行は手を伸ばして、そっと受け止める。受け止めることが出来たら、後はそれを仙石に向かって伝えるだけだ。

「……仙石さん」
「なぁ、行」
 行が口を開くと、仙石もまた同時に言葉を発する。沈黙が破られる時はこんなにもあっけない。
 二人は驚いたように顔を見合わせて、思わず笑みを浮かべた。

「何?仙石さん」
「いいよ、お前から先に言えよ」
「オレのは大したことじゃないから」
「そう言われると余計に気になるだろ」

 ずっと二人の間にたゆたっていた沈黙が嘘のように、会話は交わされていく。
 このまま他愛もない言い合いを続けるのも楽しいけれど、行は了解という顔で、一つうなずいた。
 そして、ぽつりとつぶやく。
「あのさ、あんたとこうしているの、オレ好きだな……」

 言ってしまってから、ちょっと恥ずかしくなったけれど、すぐに仙石に抱きしめられてしまったので、どうでも良くなった。
「……俺もだ、行。俺もお前と同じ気持ちだ」
 くすぐるように耳元で囁かれて、行はたまらずに仙石の身体にしがみつく。

 やがて、仙石から甘いキスを落とされて、また二人の間には、優しい沈黙が舞い降りるのだった……。


        おわり



ここまで読んでくださってありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

私の書くものにはラブが足りない!と思い、
思いっきりいちゃいちゃラブラブさせてやろう、
と書いたのが、これです……。

うう、すみません。
全然いちゃいちゃしてなくて、すみません。
でも「のろけ」にはなっているんじゃないかなー。
ったく、見てらんねえよ、コンチクショー!って感じの(笑)。
それならそれでOKなんですが。

2006.09.15

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