【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『キミの名前』



「行〜、メシ出来たぞー!」
 仙石の声に応えて、行がダイニングに向かうと、そこにはすでに夕食の皿が並んでいる。
 時々は行も食事の支度を手伝うこともあったが、たいていは仙石が一人で全てやってしまう。気が付いたら出来ていたというのが、ほとんどだった。

 今日もまた、申し訳ない、ありがたいと思いながら、テーブルの上のメニューを見つめた行は、思わず絶句した。
「……何これ」
「仙石特製オムライスだ」
「特製って……」

 行の前には、仙石の言葉どおりオムライスが置かれている。
 仙石の好物らしいが、行もふんわりした玉子に包まれたケチャップご飯の素朴な味が好きだった。それを仙石に伝えたことはないけれど、何となく察しているのか、よく出てくるメニューだ。
 それは良い。良いとして。


「あんたはオレを5歳児とでも思っているのか?」
 行は呆れ顔でつぶやく。
 仙石特製オムライスの上には、ご丁寧にケチャップで『こうくん』と書かれていたのだ。

「可愛いだろ?」
「別に」
 行の答えはあくまでも、そっけない。
「喜んでくれると思ったんだがなぁ」
「いい歳した大人が、こんなの喜ぶか」
「ちぇー」

 仙石は心底がっかりした様子で、自分のオムライス用にケチャップを手に取る。そこを行は慌てて引きとめた。
「どうせなら、あんたにも書いてやるよ」
 そう言うと行は、仙石のオムライスに『仙石さん』と器用にケチャップで名前を書く。なかなかの出来映えだ。

「ほら、出来た」
 そのオムライスを仙石はしばらく見つめていたが、やがてボソリとつぶやく。
「……確かに、微妙な感じだな」
「そうだろ?」

 お互いに顔を見合わせて、くすくすと笑う。行はそれですっかり満足して、また自分の席に戻った。そこにはもちろん『こうくん』と書かれたオムライスが置かれている。
 それと仙石のオムライスを見比べながら、行はふと思い付いた。
「オレ、そっちのを食べたいな」
 せっかくキレイに仙石の名前を書いたのだから、どうせなら自分の手で壊したいと思ったのだ。


 すると仙石は、無邪気な笑顔でお互いの皿を取り替えた。中身は同じなのだから、どちらを食べても変わりはないのだ。
「それじゃ、俺は『こうくん』を食べるとするか」
 スプーンを手にした仙石の言葉に、特に他意はなかっただろう。しかし二人は、それが別の意味にも取れることに、すぐに気が付いた。思わず行の頬が赤くなる。
 しかも、そうなると行は『仙石さん』のオムライスが食べづらい。スプーンを握りしめたまま、戸惑いを隠せない二人だった。

「た、食べるか…」
「うん…。いただきます」
 仙石の言葉に促されるようにして、二人はオムライスを食べ始める。黙々と。それでも行が『仙石さん』の『さん』くらいを食べ終わった頃、ふいに仙石が話し掛けてきた。
「なぁ、行。やっぱりこっちも食べろよ。せっかくお前の名前を書いたんだから」
「でも……」

 ためらう行に、仙石は『こうくん』の『こ』の部分をスプーンですくうと、目の前に差し出した。
「ほら、あーん」
「な、何言ってんだ」
「イイじゃねえか、このくらい。口開けろって」
「やだ」
 行は真っ赤になりながらも頑なに拒むが、仙石もそう簡単に引き下がらない。突きつけられたスプーンに、先に折れたのは行だった。


 仕方がなく、無言でバカッと口を開ける。そこへ当然のようにオムライスの乗ったスプーンが突っ込まれた。
「……むぐ」
 こんなのどちらを食べても同じだ、と思いながら、咀嚼していた行だったが、何か違和感を感じて首をかしげる。不思議なことに、自分のオムライスよりも仙石から食べさせられた方が美味しいような気がしたのだ。

 ……気のせいかな。
 釈然としないまま意識を戻すと、目の前の仙石が大きな口を開けて、マヌケ面をさらしている。
「……何やってんだ、あんた」

 すると仙石は、行の前のオムライスを指差すと、次に自分の口を差した。口を開けっぱなしなので声が出せないらしい。
「分かった分かった」
 こんなママゴト遊びのようなことに付き合うのは馬鹿馬鹿しかったけれど、行は『仙石さん』のオムライスの『仙』の辺りをすくってスプーンを差し出す。

「ほら」
 仙石はそこへパクリと食いついた。腹を減らした魚がエサに食いつくように。可笑しくて、さすがの行もつい笑ってしまう。
「うん、美味い。やっぱりこっちの方が美味いな」
「気のせいだろ」
 そっけなく応えながらも、仙石も自分と同じことを考えたのが、何となく嬉しくなる行だ。


 そのせいか、ちょっとはしゃいでいたのかもしれない。仙石が再び差し出したオムライスを自分からすすんで食べてしまうなんて。
 そして、やっぱり仙石に食べさせてもらった方が美味しいのだ。悔しいことに。
「……美味しい」
「だろ?ほら、もっと食え食え」
「あんたも食えよ」

 そんなことを言いながら、二人はお互いの皿が空になるまで、食べさせっこを続けるのだった……。

        おわり



ここまで読んでくださってありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

これはチャットで話しているうちに出来たネタです。
イベント用のペーパーにするのに、良いネタはないかと思ってね。
試しにちょっと書いてみたんですけど、
ペーパーにするには短くなったので、こちらに。

でも改めて読んでみると、何てバカな話なんだ…(苦笑)。
あーはいはい、勝手にやってなさい、って感じ。
まぁ、たまには、こういうバカップル話も良いでしょう。

ついでにタイトルの「キミ」と卵の黄身が掛けてあったり。
はい、しょうもないオチが付きました(笑)。

2007.01.23

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