『お姫様なんかじゃない』 |
夜になり、いつものように、のんびりと二人並んでソファに座っていると、ふいにどちらからともなく口をつぐんで、沈黙が訪れることがある。 たいていは、すぐにまた仙石が話し始めて、和やかな雰囲気になるのだが、時折、そのまま二人とも口を開かずに、長い沈黙が続いてしまうことがあった。 そんな時、行はいつも心を落ち着けて、覚悟を決める。 ……来る。 行がそう思った瞬間、肩に回された仙石の手の力がぐっと強くなった。まるで握りつぶされてしまいそうなほどに。 そして、おもむろに抱き寄せられる。 この先に何が待っているのか、さすがの行でも予測がつくようになっていた。抵抗することも出来る。仙石を拒むことも出来るけれど、そんな必要がないことくらい、行自身も分かっているのだ。 ただ、このまま素直に大人しく従うのは、ちょっとシャクなだけだ。 それに何より、仙石の腕の中は心地良い。息が止まるかと思うほどに強く抱きしめられていても、ずっとこうしていたい……、と行は思った。 やがて、仙石の腕の力がゆるむと、行が安堵の息をつく間もなく、顔を上げさせられ、荒々しく唇を奪われてしまう。もうこうなると、行は仙石にぎゅっとしがみつくことしか出来なかった。 行がそっと唇を開くと、容赦なく仙石の熱い舌が差し込まれる。口腔内を余す所なく掻きまわされ、弄られて、行はたまらず身を引こうとした。 しかし、より深く繋がろうとでもするかのように、仙石の手に頭をがっしりと掴まれていて身動きが出来なかった。 「んっ……く、っ……ふ」 仙石が顔の向きを変えた時に、どうにか息を継ぎながら、行はひたすら嵐のような愛撫に身を任せるより他にない。 一旦スイッチが入ると、情熱的な所のある仙石だったが、今日はいつもに増して激しかった。行が戸惑っているにもかかわらず、一向に唇を離す気配すらない。 頭がガンガンするほど暴力的に与えられる快楽に、行は思わず怖くなる。 仙石に抱かれている時も、快感のあまりに意識を失いそうになって、やっぱりこんな風に怖くなることはあったけれど、まさかキスをされただけで、これ程になってしまうなんて思わなかった。 目のふちに、じわっと涙が浮かぶのが自分でも分かる。 そんな自分が恥ずかしく、居たたまれなくなり、行はどうにか身をよじると、かぶりを激しく振って、拒絶の意志を示した。 「も……っ、やぁ……」 唇から出たのは、そんな頼りない喘ぎだったけれど。 それでも行の必死さが伝わったらしく、ようやく仙石は腕の力をゆるめた。そしてまつげを濡らす行の涙を、そっと唇でぬぐってくれる。 「悪かった。年甲斐もなく張りきっちまったな」 落ち着いた優しい声に、行もホッとした。 仙石は、お詫びのつもりなのか、羽のように軽く触れるだけのキスを、頬や耳や唇に落とすから、行はそれを大人しく受け止める。ちょっとくすぐったくて、でもそれ以上に心地良かった。 「オレこそゴメン。……もう大丈夫」 だから、そんな申し訳なさそうな顔でキスしてくれなくて良いよ。 行はそういうつもりで言ったのだけれど、仙石は全く逆の意味に取った。 「そうか。それじゃ、続きをやろう」 「……え?」 「もちろんベッドでな」 「…………ええ?」 茫然とする行に構わず、仙石はひょいと行の身体を抱き上げてしまう。いわゆる『お姫様だっこ』だった。仙石は行を寝室につれて行く時は、いつもこうするのだ。 しかし、どうしてこんな面倒なことをしなくてはいけないのか、行にはそれが理解できない。行が本当にか弱いお姫様なのだとしたら、それも良いだろう。だが、れっきとした男だというのに。 仙石自身も、決して楽ではないらしく、余裕の表情をしてみせてはいるが、内心はかなり必死だということが、全身から伝わってくる。 はっきり言ってしまえば、今にも落とされそう……、だった。 リビングのソファから行のベッドまでは、せいぜい15歩くらい、20歩はないだろう、その程度の距離だけれど、それが行にとっては、とてつもなく長い。 いや、おそらく仙石にとっても。 「もう良いよ、仙石さん。下ろしてくれ」 「こんな所で下ろしてどうする」 「ベッドくらい自分で行くよ。それともオレが逃げるとでも思ってんのか」 「そうじゃねえけどよ」 「それじゃ、何で毎回こんなことしなきゃいけないんだよ」 二人でわーわーと言い合っている間、仙石の足も止まってしまうから、こんなことをしていないで、さっさとベッドに向かった方が良いのだが、こうなるとお互いに制止が利かなくなってしまう。売り言葉に買い言葉という奴だ。 「お前には、男のロマンが分からねえのか」 「何だよそれ、ロマンって」 「二人で歩いてベッドに行くなんてのは、男のプライドが傷つくんだよ」 「どうして、そのくらいであんたのプライドが傷つくんだ?」 「格好悪いじゃねえか」 「これだってオレには格好良いとは思えない」 「だから、これよりもっと格好悪いんだよ」 「そんなのやってみなきゃ分からないだろ」 「……ったく、しょうがねぇな」 仙石は大げさな溜め息を吐くと、渋々という風情で、行を床に下ろす。しかし行は分かっていた。仙石の腕や腰が、もう限界だったのに違いない。 このまま床に座っていると、また抱き上げられてしまいそうだから、行は慌てて立ち上がった。 そしてきっぱりと言う。 「ほら、行くぞ」 行がすたすた歩いて寝室に向かう後ろで、仙石がぼそりとつぶやいた。 「そらみろ、やっぱり格好悪いじゃねえか……」 その言葉に、行は思わず笑いを誘われた。 ……だって、仕方がないだろ。 オレもお姫様なんかじゃないし、あんたも王子様じゃないんだから……。 おわり |
ここまで読んでくださってありがとうございました。 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。 これはモリキヨさんのお姫様だっこ絵を見て思い付いたものです。 なんか、こんな会話していそうだなー、と思って。 萌えって、いろんな所から降ってくるよね(笑)。 でも明らかにイラストには及ばないですけど。 そんなモリキヨさんの素敵絵はこちら。 行はきっとお姫様だっこは好きじゃ無いと思います。 いつも「意味分からない」と思っているでしょう。 でも頑張っている仙石さんが気の毒なので、 あえて何も言わないようです。 (今回は言わせちゃいましたが…苦笑) 2006.09.18 |