『おはようの前に 』 |
行は低血圧なので、朝には弱い。 それでも工作員の時は、気を張っていたせいか、ちゃんと起きられていたようだが、今はすっかり惰眠を貪る毎日だ。 自分が泊まった日の朝は、起こしてやることも出来るけれど、普段はいったい何時に起きているのやら、と仙石は苦笑を浮かべる。 今朝もすでに仙石は、近所の公園までの道を軽くジョギングで一周してから、シャワーを浴びて汗を流し、朝食の支度をして、ようやく行を呼びにきたというのに、当の本人は未だに夢の中だった。 「しょうがねえなぁ」 仙石はつぶやくが、実際の所はそれほど困っている訳でもない。これも毎度のことなので、逆にこんな状態を楽しむ方法を見つけてしまったくらいだ。 まず一つ目。 行のあどけなくも可愛い寝顔を、心ゆくまで堪能する。 起きている時は意地っ張りで素直じゃない行だからこそ、こうして無防備な姿で眠っている様子は微笑ましくて、いつまで見ていても飽きない。 時には、やわらかな頬っぺたを突付いてみたり、鼻をつまんでみたりすることもあるが、それでも行は決して起きないのだ。 あまりにも起きないので、マジックで顔に落書きしたい衝動に駆られることもあるけれど、起きた時に殺されることは間違いない。 せいぜい寝顔を携帯で写真に撮っておくのが限度だろう。当然ながら、仙石の携帯は行の寝顔写真でいっぱいになってしまっているが、これも行に見つかったら即座に消されるに違いなかった。 そして二つ目。 実は寝顔を見ることよりも、こちらの方がずっと楽しい。 「こーう、行ちゃん〜」 「んー」 満面の笑みを浮かべて仙石が呼ぶと、行は寝ぼけたままで応える。普段ならば、そんな風に呼んだら殴られてもおかしくないけれど。 「行たん〜、起きてますかー?」 「んーーー」 仙石が何を言おうと、行の返事はいつも同じだ。 いい歳をしたおっさんが恋人を『たん』付けにするのは、さすがにどうかと自分でも思うが、どうせ他に誰が聞いている訳でもないのだから。 まるで天使のようにあどけない寝顔を見つめながら、仙石はしばらくの間、行のことをいろいろな呼称を付けて楽しんだ。 それでも、もちろん行は起きない。ひたすら「んー」が帰ってくるだけだ。 だが、こうした一人遊びも、普段なら30分もやっていれば、さすがに飽きてくる。 何を言っても何をやっても起きない行に業を煮やすと、おもむろに布団と枕を剥ぎ取って、ベッドから無理やり叩き出すのが、いつもの仙石のやり方だった。 「とっととシャワーでも浴びて来い!」 そう言って、一発くらい尻を叩いてやると、ようやく行も目を覚ますのだけれど。 今日は不思議とそんな気分にはならなかった。 きっと食卓の上に並べられた朝食が、こうしている間にも冷めているだろう。オムレツも乾いて硬くなってしまうかもしれない。 それでも今朝は、行の寝顔をのんびりと眺めていたかった。言葉にならない寝言を聞きながら、怠惰な時間を過ごしたかった。 それは、長年に渡って規則正しい艦上生活を送ってきた仙石にとっては、天と地が引っくり返るくらいに珍しいことだった。 仙石自身の意識が変わった訳ではない。今でもやはり朝は早く起きて、朝食もきちんと取るべきだと思っている。 それなのに……。 「まぁ、良いか」 仙石は苦笑を浮かべながら、つぶやいた。 この変化が何によるものか、自分でも分からなかったけれど、こんな年齢になっても、まだ変わることがある、というのは何だか誇らしかった。 幸せそうに眠っている行の横にごろりと寝転がると、自然に仙石の唇から言葉がこぼれ落ちてきた。 「……好きだよ、行」 こんな風に朝っぱらから愛の言葉をささやくなんて、まるで新婚カップルだ。そしてもちろん行の応えはいつもと同じ。 「んー」 それはほとんど寝息に近いものだけれど、仙石には肯定の響きに聞こえた。 そこで仙石はもう一歩踏み出す。 「行、お前も俺のことが好きか……?」 「んー」 行は即答した。 自分からは決して好きだ、なんて言ってくれない恋人には、こんな裏技でも使わない限りは叶わぬ夢だ。少々空しくはあるけれど。 「ありがとよ」 行の寝顔を見つめながら、仙石が余韻を味わっていると、ふいに行の様子が変化した。じっと見ていなくては分からないくらいに、小さなことではあるが、間違いない。 仙石の目の前で、行の頬がゆっくりと赤く染まってゆく。まるで青空が夕陽に照らされてオレンジ色に変わって行くように。 ふと見れば、行はすっかり耳まで真っ赤だ。 それが意味することに、仙石はとっくに気が付いていたが、何も無かったような顔をして、もう一度つぶやいた。 「俺のことが好きか?」 すると、かなり間を置いてから、行が応える。 「んー」 行の頬はもう隠しようもないくらいに赤くなっていたけれど、仙石はそれをあえて指摘することはせずに、自分もそっと目を閉じた。 「あー、俺も眠くなっちまったな。だから、これは単なる寝言だ。……行、愛してるよ」 仙石の言葉に応える行は、もちろんいつもと同じ。 「んー」 その声を聞きながら、仙石はしみじみと幸せを噛みしめるのだった……。 おわり |
ここまで読んでくださってありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。 元はチャットで出来たネタだったのですが、 思っていたほどに盛り上がらなくて、ちょっとがっかり。 いや、私の文章力が足りないだけですけども。 もっと可愛い話になる予定だったのになぁ。 だから、なかなか出せなくて(苦笑)。 でも書き直してもあんまり変わらないし。 えいや!と思い切りました。出さないよりはマシ。 まぁ、でも行の方から好きとか滅多に言いませんからね。 特にうちの場合は。 たまにはこういうのも良いかな、と思ったり。 そう言えば、ふと気づいたんですけど。 うちの行は「ツンデレ」だと思っているのですが、 あまりにも「ツン」>「デレ」だよね。 ツンの部分ばかりで、デレている場面が無いよね。 ツンツンツンツンツンツンツンツンデレ、くらいか(笑)。 たまには行をデレさせてみるのも良いですね。 書けるかどうか分かりませんが(苦笑)。 2009.06.05 |