【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『ネコじゃないもん』



 いつものように、二人で一つのソファにぎゅうぎゅうになって座っていると、ふいに行が仙石の肩に身体を預けてきた。
 しかも、うっとりしたまなざしで、上目遣いにこちらを見つめる。
 仙石は困惑した。

 こうしてソファに座って身体を寄せ合っていても、普段の行なら、こんなことは絶対にしない。仙石が抱き締めても、暑い苦しいうっとうしい、などと言って、下手をすれば殴られるほどなのだから。
 ましてや、仙石が何もしていないのに、行の方から寄ってくるなんてことは、あり得なかった。せいぜいが仙石の夢の中くらいのものだ。

「どうした、行。眠いのか?」
 明らかに動揺しつつも、何気ない態度を装って、仙石が尋ねると、行はそっと頬を染めた。そして形の良い唇が甘い吐息をこぼす。
 ……誘われてるのか!? やっぱり間違いないのか!?
 すっかり浮かれた仙石の頭の中では、すでに祝福の鐘が鳴っている。リンゴーン、リンゴーンとうるさいほどだ。

 それでも最後の理性が、どうにか仙石を押し留めた。
 もしかしたら、行は具合が悪いのかもしれない。熱でもあるのかもしれない。
 そう思い、行のひたいに手を当ててみても、それほど熱くはなかった。
 いつもは触れたら、ひやりとするほどに冷たい行の肌が、ほんの少し熱を帯びているような気はするが、異常なほどではない。熱っぽいとまでもいかない程度だろう。
 つまり熱も無く、もちろん酒も呑んでいないようだ。


「やっぱり何でもねえのか……?」
 仙石は首をかしげる。本当なら喜ぶべき所かもしれないが、普段の行が行だけに、そう簡単に浮かれることが出来ない。
 すると、仙石にうっとりと寄り掛かっていた行が、小さくつぶやく。
「仙石さん……、オレなんか……変だ。どうしよう……」
「う……」

 仙石の頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。これが誘われているのでなければ、いったい何だというのか。
 仙石は、不安げなまなざしを向ける行をそっと抱きしめて、耳元でささやいた。
「大丈夫だ。何でもねえんだよ。俺に任せろ」
「……でも」

「誰でもそうなっちまうんだ。お前だけじゃない」
「本当に…?」
「ああ。俺を信じろよ」
 仙石がきっぱりと言うと、ようやく行も安心したのか、仙石の胸の中に顔を埋める。
 が、その顔がどんどん下に降りていくではないか。

 ……おいおい、まさかそんな。あの行がいきなり、そこまで積極的になるか? それとも、やっぱりどこか変なのか?
 戸惑う仙石をよそに、行の顔はどんどん下がって行き、ついに仙石のズボンにまで辿り着く。それだけで思わず仙石は反応してしまいそうになり焦った。


 しかし行は、仙石のズボンにぴったりと顔を寄せると、何やらクンクンと鼻を動かしている。仙石の頭の中が「?」で一杯になった頃、おもむろに行が顔を上げて叫んだ。
「あんた、何か持ってるだろ!」
 突然のことに、仙石は驚くばかりだ。

「へ? いや、そんな変なものは持ってねえよ」
「いや、絶対に持ってる。ここから匂いがするんだ」
「匂い……?」
 困惑しながら、仙石は言われた方のポケットを探ると、中から小さな実が出てくる。

「それだ! その匂いを嗅ぐと、何か変になるんだ」
 行は原因が分かって嬉しそうだったが、仙石は釈然としない。
 媚薬を持ち歩いている訳でもあるまいし、こんな実くらいでどうにかなるものだろうか。それに、いつの間にこんな実をポケットに……?
 おぼろげな記憶を辿っているうちに、仙石はハッと思い出す。そして、思い出したら、可笑しくてたまらなくなった。

「おいおい、冗談だろ。これで酔っ払っちまうなんて」
「何だよ、何が可笑しいんだよ」
 いきなり笑われた行は、当然ながらふてくされて口を尖らせるが、仙石の笑いは止まらない。

「前から、猫っぽいとは思ってたけどよ。本当にお前、猫じゃないのか?わはは」
「猫って何だよ」
「これはマタタビなんだよ。お前、マタタビ嗅いで酔っちまったんだ。猫並みだ」
 仙石が種明かしをすると、行は疑わしそうな目でマタタビを見つめる。


「ここに来る途中で見付けてな。うちの近所の猫にやろうと思って、何気なく取ってきたんだが、こんな効果があるとはなぁ」
「あんたは何ともないのか?」
「当たり前だろ。ちょっと匂いはあるけどな。何ともねえよ」
 仙石の言葉に、行は不満げに頬を膨らませた。やはり納得していないのだろう。
 仙石自身も、まさか行がマタタビに弱いなんてことは、俄かには信じがたいのだから。

「でもお前は、明らかにいつもと違ってたよな」
 念を押すように仙石が訊ねると、行は不承不承うなずく。
「まぁ、俺はマタタビのせいでも、そうじゃなくても、どっちでも構わねえんだけどな」
「マ、マタタビのせいだ! そうに決まってる!」
 いきなりムキになる行が可愛いやら可笑しいやらで、仙石は行の身体をおもむろに抱きしめた。すかさず暴れだす行の前に、マタタビを突き出してやると、行はハッとして鼻と口を手で隠す。

「卑怯だぞ」
 過剰反応する行に、仙石はつい悪戯心を起こした。手にしていたマタタビの実を自分の口に放り込む。ポリポリ噛み砕くと、行が目を丸くして驚いた。
「大丈夫なのか、そんなの食べて」
「あんまり美味くはねえけどな。毒じゃねえよ」
「それなら良いけど」

 ホッとした様子の行の顔を持ち上げると、仙石は口付ける。もちろんまだ口の中にはマタタビの実が残っていた。
「……ん……っう」
 しばらく抵抗を見せていた行だが、やがてぐったりと大人しくなる。キスのせいか、それとも本当にマタタビに酔ったのか。


 しっかりと抱き止めて、もう一度キスしてやると、行はいつになく甘い吐息をこぼした。普段は強い光を放つ黒い瞳がとろけそうに潤んで、こちらを見つめる。堪らなかった。
「可愛いぞ、行」
 耳元に息を吹き込むと、それだけで行は全身をびくんと震わせた。敏感になっているのかもしれない。

「どうした、これだけでカンジてるのか?」
「……違……っ」
 行は必死にかぶりを振って抵抗するが、身体の昂ぶりまでは抑えられないようだ。仙石の指が軽く触れただけで、胸の突起がTシャツ越しにも分かるくらいに固く尖る。

 そんな分かりやすく目に見える反応が嬉しくて、仙石はつい調子に乗った。行の身体をソファに寝かせて、覆いかぶさっていく。
 服の上から両の乳首をつまみ、転がしてやると、行がひときわ高い声を上げる。どうやら右の方が感じるらしい、なんてことまで分かるくらいに、ひたすらそこばかりをしつこく弄り続けた。


 すると、ふいに行の口調が変わる。これまでは必死に快感を堪えていた様子だったのに、今はつらそうに眉をしかめるばかりだ。
「どうした?」
 ようやく罪悪感に駆られた仙石が尋ねると、行は言いづらそうにボソリとつぶやく。
「服が……、擦れて痛い……」

 何に、とは言わなかったが、仙石はもちろんすぐに理解した。すかさずご希望通りに服を脱がせてやると、確かに桜色の突起がいつもよりも腫れている。それも特に右側が。
「あー、悪い。これで勘弁してくれ」
 仙石は右の乳首に丹念に舌を這わせる。獣が傷を舐めて治すように、これで多少はマシになるだろう、とは言い訳にすぎなかったが。

「ん……ふ…っ」
 舌で先端を突いてやるだけで、行は切ない喘ぎを上げる。もう声を殺すことも出来なくなっているようだ。唾液をたっぷり付けた舌で舐めると、粘着室の音が部屋に響く。しかしその音すら消すほどに、行の声は高くなっていった。

「も…やぁ……っ、せんご…く……さん」
 いやいやと首を振りながら、必死にしがみ付いてくる行が可愛くて堪らなくて、仙石はますます行を啼かせてしまう。
 そして、最後の仕上げとばかりに、左の乳首を指でつまみながら、右の乳首全体を唇で吸い上げて、先端を舌で刺激すると、ふいに行の身体が大きく跳ね上がった。

「ん……ぁああ……ッツ」
 仙石の身体の下から飛び出しそうなほどの勢いで、行は背中をのけ反らせる。足の先まで激しく痙攣しているのが、仙石にも伝わってきた。
「……もしかして、お前。あれだけで、イッちまったのか?」
 仙石は驚いて尋ねる。確かに行は感度が良いとは思っていた。けれど、そこまでとは思わなかった。これもマタタビ効果だろうか。


 すると、ようやく落ち着きを取り戻したらしい行は、まだ弾む息を堪えるようにして、ボソリとつぶやいた。
「……仙石さんの……バカ」
 そう言って、きつく睨みつける目のふちには、うっすらと涙が溜まっている。これが可愛くなくて、何が可愛いと言うのか。

「続きは向こうでやるぞ!」
 仙石はいつにない強引さで、行の身体を抱き上げると、有無を言わさず、ベッドに運んでいく。もしかしたら、マタタビの影響を一番受けていたのは仙石なのかもしれなかった……。

   
             おわり



ここまで読んでくださってありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

「TIGERMILK」様の某お祭りに差し上げたものです。
そちらで以前に読んでいる方もいらっしゃるでしょうが、
差し上げてから、半年以上経ったので、
そろそろ良いかな、とこちらにもアップです。

頑張ってエロを目指してみたのですが、
あっけなく玉砕しました…。
苦手なのは分かっているので、
折にふれて練習してはいるんですけどね。
さっぱり上達しないなぁ〜。
とりあえず行が可愛ければ良いか(笑)。

ちなみにマタタビについてはテキトーです。
実は現物を見たこともなかったりするのでした(苦笑)。

2008.02.21

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