【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『冷めないうちに召し上がれ』



 
二人でのんびりとテレビを眺めていると、不意に仙石がつぶやいた。
「可愛いよなぁ」
 視線の先には、仔犬が二匹でじゃれている映像が流れている。
「ふうん」
 行はそっけない口調でつぶやいた。 

 可愛いと思わない訳ではないけれど、仙石のように素直に楽しめるほど、無邪気でもない。
「何だよ、犬嫌いなのか?」
「別に」

 好きとか嫌いとか言われても、行にはピンと来なかった。自分の周囲のものを、そういう基準で分類していないからだ。
 例えば、生きているか、死んでいるか。
 あるいは、食べられるか、食べられないか。
 行の分類はそのくらいのものだ。

 ちなみに仙石は「生きている」が「食べられない」に属している。
 ついでに、「好き」か「嫌い」かで言ったら、「好き」なのだろう。
 ……おそらくは。


 行がぼんやりとそんなことを考えて、一人でちょっと恥ずかしくなっていると、仙石は意外なことを言いだした。
「似合いそうなのにな」
「はぁ?」
 いきなり何の話だか分からなくなった。

「お前だよ。あんな風に、お前が仔犬とじゃれていたら、きっとものすごく可愛いだろうと思うぜ?見てみたいもんだ」
「……何言ってんだ」
 世迷言もはなはだしい。
 行は心底から呆れた。

 自分の何を見て、あの仔犬と似合うと思うのだろう。
 自分はかつて、その可愛らしい仔犬を殺して喰らった人間だというのに。
 未だに忘れることが出来ない小さな白い面影が、心の片隅をよぎった。


「オレは……、犬じゃない」
 行は、どうにかそれだけを口にする。

 ……オレはあんたに可愛がられる仔犬なんかじゃない。
 そんな風にオレを見ているのだとしたら、ひどい誤解だ。

 …………でも、もしもオレが犬だったら。
 あの可愛らしい白い仔犬だったら。
 しっぽを振りながら、ずっとこの人の後をついていって、頭を撫でてもらったり、ご飯を作ってもらったり、遊んでもらったりするのだ。
 とても幸せそうで、楽しそうな光景だ。
 それに……、今の自分とあんまり大差ないような気もする。


「……やっぱり、犬なのかな」
 行は、再びつぶやいた。
「どうした、もう宗旨替えか?」
「ちょっとそんな気がしただけだ」
「まぁ、確かに俺にとっては、お前は可愛い仔犬みてえなもんだけどな」

 そう言うと、仙石は行の頭をくしゃくしゃと撫でた。まさに愛犬にするように。
 その感触を心地良い、と思い、行は撫でられるままに仙石に身を任せた。
 凪いだ海にたゆたうような穏やかな時間の中で、やはり思い出されるのは、あの面影。

 ……もしもオレが犬なら、オレもいつか仙石さんに食べられる日が来るのだろうか……?
 そんなことはない、と理性では分かっていたが、感情はそれを嬉々として受け入れた。


 仙石になら食べられても良い、と思った。
 どこか知らない場所で、一人でひっそりと死んでゆくくらいなら、仙石の血や肉となって、ずっと一緒に生きていきたい。

 ……食べて欲しい、と思った。


 行は珍しいことに、その想いを素直に口にした。
「仙石さん、オレを食べてくれよ」

 ……いつか、その時が来たら。
 もしも、オレがあんたよりも先に逝くなら、その時は……。


 すると仙石は、ひどく驚いた顔になった。
 それは当然だろう。
 いきなりそんなことを言われて、戸惑わないはずもない。
 気色悪いことを言う、とでも思われただろうか。
 自分なりに真剣な想いを伝えたつもりだったが、上手く言葉に出来ないことがもどかしかった。

 ……仙石さんに嫌われたら、どうしよう。

 ふいに不安が押し寄せてきて、行は仙石の胸にぎゅっとしがみついた。
 仙石も行を優しく抱きしめてくれる。


 と思いきや。
 あんまり優しくなかった。
 身体が折れそうなほどに荒々しく抱きしめられ、行がハッと気が付いた時には、ソファに押し倒されていた。

 いったい何が起こったのか、状況が把握出来ない。
 そこへ仙石がしみじみとつぶやく。
「まさかお前からお誘いの言葉をもらえるとはなぁ。進歩したもんだ」
「……え?」

 戸惑うばかりの行に構わず、仙石は行の服を脱がせ始める。
「いっただっきま〜す」
「…………あっ」
 ようやく仙石の言葉の意味を理解した行だった。


 慌てて誤解を解こうとしても、もう遅い。
 結局、行は仙石に美味しく食べられてしまったのだった……。


        おわり



ここまで読んでくださってありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

少しは「ラブ」になっているでしょうか?
こういう他愛もない日常を描くのは好きなのですが、
ラブにするには、それなりに気合いを入れないとダメでして。
もうちょっとエロ方面も頑張りたい所存。

ところで、このSSをまとめて読んだ方は、
「好きも嫌いも」から連続して、
また食べ物ネタだと思われるでしょうね。
スミマセン。

どうしてだろう…?
自分ではそれほど意識してやっている訳じゃ無いのですが。
私はそんなにいつもハラヘリなのか?(苦笑)。

2006.07.01

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