『二人の距離』 |
(2)いつもならば、一つのソファに二人で座る所だが、さすがの仙石でも、今はそこまでは出来なかったので、自分から向かい側の一人掛けのソファに腰を下ろした。内心はともかく、表面上は平然とした顔でコーヒーを飲んでいると、行もまたおずおずとソファに座る。 二人で座っている時は、窮屈に感じられたソファも、行が一人でそうしていると、ずいぶんと大きく見えた。というよりも、行が小さく見えるという方が正しいか。 「で、どういうことなんだ?」 仙石がそっと尋ねると、行はうつむきがちの顔を上げて、こちらを不安げに見つめ返す。 しばらく仙石は、行の言葉を待ったが、上手く言葉が出てこないらしく、一向に口を開く気配すらない。このままでは埒があかないので、もう一度尋ねた。 「上手く説明できなくても良いんだぞ。少しずつでもお前の気持ちを話してくれれば良いんだよ」 「うん……、それは分かってる」 行は素直にうなずいたものの、やはり心許ないまなざしで、仙石を見つめるばかりだった。 仙石は小さく溜め息を落とす。 「それじゃ、話を整理してみるか。まず、お前は俺のことが嫌いな訳じゃないよな?」 それは聞くのが一番怖い質問でもあるのだが、行が自分のことを嫌いだと言うはずがないという確信があるからこそ、仙石は最初に尋ねることにした。 すると行は、無言でこくりとうなずく。 「よし、じゃあ次に、お前は俺と一緒にソファに座るのが嫌なんじゃないよな?」 これは先刻に確認済みなので、気軽に聞くことが出来る質問だった。もちろん行もまたうなずく。 「それでも、俺と一緒にソファに座りたくないってのは、俺の方じゃなく、お前の方に問題があるってことじゃねえのか?」 思いきって、そう聞いてみると、行は一瞬戸惑ったような、驚いたような顔になったが、やがてためらいがちにうなずいた。 そして行の形の良い唇が、何かを言いたそうにしているから、仙石は何も言わずに、じっと様子を見守る。 しかし、行はかすかに頬を染めてうつむいたままで、何も話そうとはしない。 それでもひざの上でぎゅっと服をつかんでいる手がふるえていたから、行の心の中では、必死に何かがせめぎあっているのだろうと、想像が付いた。行は何か言いたいことがあり、言おうとしているのに違いなかった。 仙石がしばらく黙ってコーヒーを口に運んでいると、行も釣られたようにマグカップを手に取り、中身を一気に飲み干した。酒ではないので酔いはしないだろうが、呑んで勢いをつけたいという感じだった。 いよいよだな、と仙石は覚悟を決める。 行から、どんな話を聞かされようとも、行を嫌いになったりするはずもないし、行に問題があるのなら、二人で協力して解決していけば良いと思った。 手に持っていたカップを置いて、仙石が居住まいを正すと、それを見計らったように行が口を開いた。 「あんたの言うとおりだよ、仙石さん。これは、オレの問題なんだ。多分、オレが変なんだ。だから……」 「どんな風に変なんだ?」 仙石が静かに尋ねると、行はすぐに話の続きを始める。そう聞かれるだろうと予測していたのだろう。 「仙石さんと一緒に、あのソファに座っていると、何だか変な気持ちになるんだ。落ち着かなくて、そわそわするというか、もやもやするというか、上手く言葉には出来ないんだけど。一緒にいるのが嫌な訳じゃないのに、居たたまれない気持ちになるんだよ」 「それで?」 仙石は内心の動揺を悟られまいと、何気ない口調を必死に装った。行が言っている『変な気持ち』に心当たりがないでもないが、まだそうだと決まった訳でもない。浮かれるよりも、今は落ち着いて話を最後まで聞くべきだろう。 行はためらいながらも、また素直に話し始める。 「仙石さんに、ソファで抱きしめられている時にオレは必ずそうなるのに、あんたは平気な顔してるし。オレばっかり、おかしくなっているみたいで、どうして良いか分からなくて。ただとにかく少し離れていれば落ち着くかな…、って思ったんだ」 「そうか……」 仙石は微笑んだ。にやける、という方が正しいだろう。つい顔がほころんでしまうのが、自分で抑えられなくなってしまった。行が可愛くて可愛くて仕方がなかった。 しかし真剣な行は、仙石の笑った顔を見て、怒り出す。 「オレは真面目に話してるんだぞ。ちゃんと聞いてるのか」 「ああ、聞いてるさ。それに、俺は分かってるんだよ。お前がそんなに悩む必要なんてないってことを」 きっぱりと言い切った仙石の言葉に、行はきょとんとした顔になる。そしてすぐに、疑いのまなざしをこちらに向けて来た。そんな様子も可愛らしくて、仙石はますますにやける。 「……ホントに分かるのか?」 「もちろんだ。何と言っても、俺もお前と同じ気持ちだからな」 「え? でも……」 行はまだ信じられないという顔だ。仙石はなおも重ねて言う。 「俺もお前と一緒にいると、そわそわしたり、もやもやしたり、落ち着かない気分になるんだよ。それでも俺はお前よりも人生経験が豊富なオッサンだからな。そういうのを隠すのも上手いんだ。お前が気付かなかっただけのことさ」 「仙石さんも……?」 おずおずと尋ねる行に、仙石はきっぱりとうなずいた。 「お前のことが誰よりも好きだからな。そうなるんだ」 すると行は、いきなり顔を真っ赤に染めた。すぐに恥らったようにうつむいてしまうが、やがて上目遣いにこちらを見つめると、ぼそりとつぶやく。 「…オレも、あんたのことが、すっ、好き…だ、から、そうなった…?」 たどたどしい言葉が、行の気持ちを表しているようで、仙石はたまらなくなる。そんな行を見せられて、大人しく別々のソファに座っていろというのが無理な話だ。 仙石はおもむろに立ち上がると、行の隣に腰を下ろした。行はどこか不安げな表情を浮かべていたが、構わずにきつく抱きしめる。 「俺はお前のことが好きだから、傍に居たい。抱きしめたい。キスもしたいし、それ以上のこともしたい。お前だって同じだろ?」 仙石が尋ねると、行は耳まで真っ赤に染めながら、小さくうなずいた。それだけで仙石にとっては十分だ。 「それじゃ、とりあえず順番にやってみるか?」 いたずらっぽくささやくと、行は弾かれたように顔を上げる。そこをすかさず、仙石は行の唇を奪った。 キスというほどのものではなく、軽く唇が触れただけに過ぎなかったが、行は目を丸くして驚いて、すぐに怒り出す。 「いきなり何するんだ」 「お前だって、俺とキスしたいって言ったろ」 「そんなこと言ってない」 「言ったも同然だ」 やいのやいのと言い争いながらも、仙石は隙を狙って、再び行にキスを落とす。今度はもう少し時間を掛けてじっくりと。 そして行もまた、おずおずと仙石の背中に手を回しながら、たどたどしいキスを返すのだった……。 おわり <<BACK |
ここまで読んでくださってありがとうございました。 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。 久しぶりに続きを書こうと思ったら、 いったいどんな話を書きたかったのか、 すっかり忘れておりました。すみません。 だって、もう4ヶ月も前だから(笑)。 忘れっぽいにも程がありますね。 でも私の書く話なので、おそらくそれほど違いはないかと。 例によって、いつも変わり映えしない話ですが、 行たんが一人で悶々と悩んでいるのが好きなので、 (しかも見当違いの方向で) つい、そんな話ばかり書いてしまいますね。 イチャイチャも少なくて、申し訳ない。 とにかく「つづく」で終わっている短編を片付けて、 新しいネタを書きたいです。頑張ります。 2007.10.31 |