【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『嫌いじゃないけど 』



「ん……ふ、ぅ…ん……」
 仙石の腕の中で、行が甘い吐息をこぼす。重ねられた二人の唇の端から、どうしようもなく漏れてしまう切ない喘ぎが、仙石の耳をくすぐった。
 その可愛らしい声に聞き惚れながら、ますます愛撫を激しくしてゆくと、さすがに耐え切れなくなったのか、行が強い力で仙石の身体から逃れようとする。

「も……、やぁ……」
 行にとっては精一杯の拒絶の言葉も、潤んだ瞳で訴えられては、かえって仙石の昂ぶりを誘うばかりだ。もちろん、お願いどおりに止めてやるつもりなど欠片もない。
 今にも自分の腕の中から逃げ出そうとする小鳥を、仙石は容赦なく捕らえて、また抱きしめた。そして行の耳元にそっとささやく。
「……それじゃ、ベッドへ行くか?」

 リビングのソファに二人で座り、イチャイチャしているうちに、いつの間にか、あんなことやそんなことになっていることも少なくはないが、行がベッド以外の場所でするのは好きではないことも仙石は知っている。
 ここで無理に迫って断られるよりは、ベッドで思う存分楽しんだ方が良いから、こんな誘いの言葉も日常茶飯事だった。
 いつもならば、行が耳まで真っ赤にしながらも、小さくうなずき、仙石にお姫様抱っこをされて、ベッドまで運ばれるのだけれど。


 今日は少し反応が違っていた。
 かすかに頬を染めた行は、それでも仙石を強いまなざしで見つめ、きっぱりと言い切る。
「嫌だ」
 その言葉を聞いた仙石は、一瞬喜んでしまった。行がベッドじゃなく、ここでしたい、とおねだりしているのかと勘違いしたからだ。
 しかし、すぐに間違いに気が付いた。行はベッドが嫌なのではなく、続きをするのが嫌なのだ。何故かは分からないが。

「そうか……」
 仙石は大きな溜め息を吐きながら、行の身体を渋々離した。
「じゃあ、今日はここまでにしとくか」
「……良いのか?」
 尋ねられた仙石は、苦笑を浮かべるだけだ。良いはずがない。心も身体も行を欲しがっている。行を抱きたくて堪らない。それでも行が嫌がっているのに、情熱のままに突き進むほど若くもないのだ。

「まぁ、良いさ。そういう時もあるだろ」
 仙石がそう言うと、何故か行は可愛らしく小首をかしげる。
「そういう時って?」
 逆に聞き返されるとは思わなかった仙石は戸惑うが、そんな所も行らしいと微笑んだ。
「だからな、その気にならないとか、ちょっと気分が乗らないとか、そんなことだよ」

 行だって人間なのだから、いつでも仙石の求めに応じる訳にもいかないだろう。ましてや、行は受け容れる側なのだ。仙石が思っている以上の戸惑いやためらいがあって当然だ。
 と、仙石は思っていたのだが。
 小さく首を横に振ると、行はきっぱりと否定した。真剣なまなざしが仙石を突き刺す。


「違うよ、仙石さん。そうじゃない」
「どういう意味だ…?」
 何となく聞くのが怖いような気がしたが、それでも聞かずにはいられない。裁判の判決を告げられる被告人のような気持ちで、仙石はじっと行の言葉を待った。

「今日は気分が乗らないとか、そういうことじゃなくて、オレはもう二度と、仙石さんとああいうことをしたくはないんだ」
 仙石は茫然とした。
 行が何を言っているのか、良く分からなかった。言葉の意味は理解出来ていても、心がそれを受け容れることを拒絶していた。

 そして、うわ言のように尋ねる。
「……俺のことが嫌いになったのか?」
「違う。オレがあんたを嫌いになる筈なんてない。オレの気持ちは変わってない」
「じゃあ、どうして……」
 行の言葉には迷いがなかった。仙石への想いが変わりないというのは真実だろう。
 そうなると余計に分からない。いっそのこと、嫌いになったと言われた方が、まだ仙石は納得出来ただろう。


 すると行は、思いも掛けないことを言った。
「あんたに嫌われたくないから」
 仙石はますます混乱する。それが理由だと言われても、理解出来なかった。
 むしろ逆だろう。仙石に嫌われたくないから、望んでいなくても抱かれてしまうというのならば分かるけれど。

「どうして俺がお前を嫌うんだ? そんな筈ねえだろ」
「でも……」
 ふいに行はうつむいた。言葉も弱々しくなる。ただ仙石は続きを待つ。
「でも……、違うんだ」
「何が?」
「あれは本当のオレじゃないんだ。だから……」

 行が何を言っているのか、仙石にはさっぱり分からない。
「何の話だよ」
 うつむいたままの行を覗きこむように仙石が顔を近づけると、行は顔を真っ赤に染めて、つぶやいた。
「だって…、あんな女の子みたいな声を上げて、訳の分からないことを口走ったりするのは、みっともないじゃないか。そんな姿をあんたに見られるのが、オレは……耐えられない」


 行の言葉に、仙石はようやく納得した。そして同時に思い出す。先週、行を抱いた時に、いつになく激しく啼かせてしまったことを。
 あの日は、仙石が壁画の作業でしばらく来られなかったこともあり、久しぶりに会った二人だった。
 仙石はもとより、行もずいぶんと昂ぶっていて、お互いを貪るように、何度も求め合った。最後の方では、行はほとんど失神寸前だったし、あまりに声を上げすぎたせいで、翌朝は喉が枯れていたほどだった。

 だから、そんな醜態をさらしてしまった行が恥ずかしい、みっともないという気持ちも分からないでもない。仙石としては、むしろ恥らう姿が堪らないと思うが、それを正直に言ったら、行に殴られるだろう。
 自分の心情を打ち明けた行は、顔を上げることなく、じっと仙石の言葉を待っている。仙石は行の身体をそっと抱きしめた。

「あのな、行。お前が何を言っても、何をしても、俺はお前を嫌いになったりしねえよ。どんなお前を見せられても、俺はそれを嬉しいと思うし、他の色んな顔を見せてくれと思う。だから、お前はそんなこと気にする必要ねぇんだぞ」
「仙石さん……」

 行はおずおずと顔を上げた。それでも、まだまなざしは不安げで、完全には信じていない様子である。
「お前が俺とああいうことをするのが嫌だってんなら、俺も考えるけどよ。そうじゃないなら、俺は遠慮しねえぞ。これからも、何度だってやるからな」

 ちょっときつい口調になってしまったが、これが仙石の本心だ。愛しあう恋人たちが身体を重るのに、何の遠慮が要るだろう。
「わ……、分かった」
 ためらいがちにではあるが、行がうなずいてくれたことに、仙石は安堵した。そのせいか、つい言わなくても良いことを口走ってしまう。


「それにな、ああいう声が出るってのは、気持ち良いってことなんだから、それで良いじゃねえか」
 そう言った途端に、行の顔が恥じらいから、怒りに変わっていく。仙石はようやく失言を悟ったが、もう遅い。
「……仙石さんのバカ!」
「うぐ…っ」

 容赦ないパンチを一発置き土産にして、行は仙石の腕の中から逃げ去っていく。どうせ、行き先はアトリエかどこかだろうが、ご機嫌を取るのは大変そうだ。
 ほんの30分ほど前までは、切なくも甘い吐息を付いて、あんなに可愛かった行なのに。
 あまりの落差に仙石は落ち込んだ。このままでは今夜はあんなことやそんなことが出来るかどうか分からない。

「……どうするかなぁ」
 自業自得とはいえ、深い溜め息を吐きながら、すっかり途方に暮れてしまう仙石なのだった……。

   
             おわり



ここまで読んでくださってありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

某BL漫画を読んでいて思い付きました(笑)。
という訳で、珍しくちょっと色っぽいネタです。
でもオチに色気が無いのが、いつも通りかな。
相変わらずでスミマセン。

他の方が書いたのなら、同じネタでも、
もっと色気のある終わり方になるだろうなぁ、と
ちょっと落ち込んだりもしたけれど、
私は元気です(笑)。

いや、もちろんエロを書けと言われれば書きますが、
皆様がそれを求めているなら頑張りますが、
どうなんでしょうね?
私としては、この程度でも頑張ったつもりです(苦笑)。

2007.12.20

戻る     HOME