【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『金魚の居場所』



「そこだ、行け!」
「くそっ、やられた〜っ!」

 ゲーム画面の中で、自分の操作しているキャラクターがぐったりと横たわってしまうのを見て、田所はコントローラーを床に投げつけた。菊政は慌てて拾い上げ、ボタンを押してみる。どうやら無事のようで、ホッと胸を撫で下ろした。
「もう〜、壊さないでよ」
「うるせぇ、やってられっか」

 田所が腹を立てるのも無理はないかも知れない。これで50戦50敗なのだから。元来が負けず嫌いの性分なので、勝つまでは止めない、と張り切っていたが、その気力も尽きてしまったようだ。
「もっと強い奴と一緒にやれよ」


 そう言って立ち上がろうとした田所を、菊政は必死に服の裾を引っ張って制止した。
「他にいないんだよ。一人でやってもつまらないし。ねー、もうちょっと」
 自衛隊員とは思えないほど、小柄で童顔の可愛らしい菊政に、上目使いで『お願い』されて、田所は困惑の表情を浮かべた。付きあってやりたいのは山々だが、負け続けるのも辛い所だ。

 何といっても、菊政はこう見えて、ゲームの腕はめっぽう強い。自分でゲーム機とソフトを持ち込むほどのゲーム好きだから当たり前かもしれないが。
 最初は他の隊員たちも、一緒に遊んでやっていたが、次第に菊政とだけは対戦しなくなっていた。負けるのが分かっている勝負など、やりたがる者はいない。下手な腕では瞬殺されるのがオチだ。

 田所はその中でもまだマシな方で、そこそこ対等に遊んでやれる程度の腕前はある。いやむしろ『今度こそ勝てるかも?』と思えるレベルではあるので、挑んでは負け続けているのだった。


 しばらく田所は頭を抱えて葛藤していたが、ふと何かを思い付いたように晴れ晴れとした顔になる。
「あいつ誘ってみろよ、如月。チラッと見ただけだけどな。荷物の中にプレステ入ってたぜ。きっと強いんじゃねえの?」
「え、ホント?如月先輩が…?」

 ただでさえ大きな目をますます見開いて、菊政は驚く。
 菊政の知っている如月行は、たいてい一人で本を読んでいるか、艦内のスケッチをしているかで、ゲームをするようなイメージはなかったからだ。しかし田所はそんな嘘を付くような人間ではない。
 菊政はこくりとうなずいた。
「そっか。じゃあ聞いてみるよ。ありがと」
「おう。頑張れよ」

 田所が去ってしまうと急に静かになって、孤独感が増してくる。
 一人でプレイする気も起こらず、ゲーム機の電源を落とした。暗くなった画面の向こうから、白くぼんやりと映りこんだ自分の顔がこちらを見返している。何だか居たたまれなかった。
 そこで菊政は勢い良く立ち上がる。

「如月先輩に聞いてみようかな」
 声に出して言ってみると、ようやくその気になってきた。あの行に、一緒にゲームをやってくれるほどの協調性があるとは思えないが、ダメで元々だ。


 しかし残念ながら、部屋に行の姿はなかった。そうなってくると、何が何でも探したくなってくる。菊政は艦内をふらふらさまよい歩いた。最近は機関室などのスケッチもしているようだったから、片っ端からドアを開けて覗きこみながら。
 それでも結局、行は見つけられずに、菊政はがっくりする。心身ともに疲れが襲いかかってきた。

 あきらめ気分で、最後に甲板に出てみた所で、ようやく行の姿を発見した。思わず駆け寄ろうとした菊政だったが、慌てて足を止め、物影に身を潜める。
 行は、先任伍長の仙石と一緒だった。

「甲板掃除って言われてたもんなぁ…」
 罰として、甲板掃除を言い渡された行は、しかしデッキブラシを持ってはいるものの、掃除をしている様子はない。仙石のスケッチブックを見ながら、二人で話をしているようだ。

「へぇ、先任伍長って、いつもああやって絵を描いてたのかな。知らなかった」
 ゴツイ身体をした大男がチマチマとスケッチブックに向かって絵を描くなんて、まるで想像も付かないが、本人は必死らしく、後ろから覗きこむようにする行にも目をくれずに、丁寧に色を乗せていた。


 そして、そっと見つめる菊政の目の前で、それは起こった。
「…如月先輩が……、笑ってる」
 菊政は思わず口に出して呟いていた。

 仙石が絵を描く背中をじっと見つめている行のまなざしは、それだけでも十分驚くほどに、やわらかくて優しいものだったが、口元をほころばせて、確かに小さく微笑んだのだ。
 ほんの一瞬ではあるが、間違いない。

 菊政の胸の奥がチリと音を立てた。何故かは分からない。ただ、行はあの顔を仙石にしか見せないだろう、ということだけは分かっていた。
 しかし、当の仙石は絵に夢中で、行の顔など見てはいないが。
 いや、だからこそなのか。たとえ仙石にも面と向かっては見せない顔だったのかもしれない。

 それを偶然とはいえ、見てしまったことの罪悪感もあったが、それ以上に重く胸の中に渦巻く思いの名を、菊政は知らなかった。
 ただ一人で小さく唇を噛みしめる。
「如月先輩…」

 何故だかどうしても行のことが気になってしまい、いつも勝手に金魚のフンのように付きまとっていた菊政だ。
 向こうが迷惑に思っているだろう、ということにも気付いていたけれど、一人でいる姿はなんだか寂しそうで、放っておけなかった。

 そしてそれ以上に、行に許してもらいたかった。行の傍にいることを。おそらくは誰であっても、その場所に容易くは入れてもらえないだろう、と分かっていても。


 菊政は言い知れない想いを抱きながら、そっとこの場を離れた。部屋にひとり戻ると、ぼんやりとつぶやく。
「…オレも絵を描こうかな」
 口に出してしまってから、馬鹿を言ったことに恥ずかしくなった。

 絵を描けば、行があんな風に笑ってくれるなら、そんなのいくらでも描いてやる。結果が分かりきっているから、やらないだけだ。分かっていた。それは嫌と言うほど。
 菊政が何をしても、何を言っても、行の態度は変わらない。行の心を揺らすことは出来なかった。ほんの少しだけ、その中に踏み込ませてくれることすら、許してはくれなかったのだ…。


「なんだよ、菊政。もう帰ってたのか。如月はどうした?」
 いきなり後ろから声を掛けられて、菊政は驚いて振り向く。
 そこには田所が立っていた。
「探したんだけど…、見つからなかったよ」
 菊政は嘘を付いた。めったにそんなことをしないから、上手に微笑み返すことは出来なかった。

 すると田所はつと菊政の傍に近寄り、武骨な手のひらでくしゃくしゃと菊政の髪を掻き回す。
「どうしたよ。捨て犬みてえな顔して」
「そ、そんなこと。別に何もないよ…」
「…そうか」
 田所は、菊政の下手な言い訳など信じていないようだったが、それ以上深くは追求しなかった。

「それじゃ、俺はゲームでもやってくるか。お前に負けないように練習しないとな」
 そう言うと窮屈そうに部屋を出て行く。そんな田所のずんぐりした背中を見つめ、菊政はまた胸の痛みを覚えた。
 それが先刻のものと、同じ原因かどうかは分からない。ただ、田所が自分に気を遣って一人にしてくれたのだ、ということは分かっていたから。

 消灯前のあとわずかな時間ではあるが、残された部屋の中で、じっと『一人』を味わう菊政なのだった…。


          おわり

ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_ _)m

えーっと、行はプレステ型の通信機を持っていたので、
ゲームが上手いと思われていたんじゃないか、
なんてことを考えてみました。
ま、それだけの話です(笑)。

タイトルは本当に意味が無いんですが、
菊政の話なので、ちょっと可愛い語感にしてみたかっただけ。
ちなみに『金魚』は行のことです。
菊政が金魚のフン。そういうことで。

私は仙行オンリーですが、
それ以外のカップリングだったら田所×菊政が良いな。
この二人の場合は、友情から勢い余って飛び出した、みたいな感じで。
あんまり深刻にならない二人。

行と菊政は、付かず離れずというか、
菊政の片想いで良いです(笑)。
素敵なお姉様に憧れる女子高生的な。
ってどちらも女の子かい。

追記:菊政が敬語じゃないんですね〜、というご指摘を頂き、
あれ?そうだったっけ…?と読み返したら、
確かに菊政は田所にも敬語でした。「〜スね」という感じの。
あー、すみません。テキトーに書いたからです(爆)。
えーっと、えーっと、出来上がる直前だから、
二人はかなり仲良くなっているのです。そういうことで!
(苦しい言い訳)

2005.04.25

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