『歓迎のごあいさつ 』 |
ピンポンピンポンピンポーン。 いつものように仙石はドアベルを鳴らす。 他所の家でやったら、ただの嫌がらせではないかと思われるほどの勢いと回数だが、行が相手ではこれでも足りないくらいだ。 「どうせ、まだ寝てるんだろ」 仙石は苦笑を浮かべた。 低血圧の行は寝起きが悪い。おそらく仙石が起こさなければ、昼過ぎまで眠っていることだろう。 仙石もそれを知っているので、10時以前には来ないようにはしているのだが、それよりも遅い時間では、今度は仙石が持たない。 どうにも時間を無駄に費やしているようでならないのだ。一日が無為にすぎてしまうようで堪らなくなって、結局は朝早くから家を飛び出してしまうのである。行が起きていようといまいとお構いなしに。 仙石が隣で一緒に眠った日の翌朝ならば、面と向かって、かなり強引に起こしてやることも出来るけれど、ドア越しではドアベルくらいしか手段が無いのだから仕方がなかった。 故に、普段ならば、ドアベルの乱打を最低三回は繰り返さないと、この硬く閉ざされた行の家のドアは開いてくれないのだが……。 今日は違っていた。 まるで仙石が訪れるのを分かっていたかのように、ドアの前で待ち構えてでもいたかのように、たった一度のドアベルで、扉が開いたのだ。 そして当然のように、ドアの向こうには、行が立っている。 「……いらっしゃい」 しかも歓迎メッセージ付きだ。今日は雪でも降るかもしれない。 「おう、どうした。珍しいな。もう起きてたのか」 仙石はそう言いながら、ようやく行の格好に気が付いた。どうやら感激のあまり、目の前の行の顔しか見えていなかったようだ。 「……お前、どうした」 「別に。何でもない」 いつもの無表情で応えながらも、行はそのままじりじりと後退していく。明らかに『何でもな』くはないだろう。挙動不審にも程がある。 仙石はつい反射的に行の腕をつかんだ。特に意図があった訳でもなく、向こうが下がっていくから引き止めたかっただけのことで。 しかし行は、それに劇的な反応を示した。 「……あっ、駄目……っ」 朝っぱらから、潤んだ瞳と切ない声でそんなことを言われて、仙石はぐらりとする。 そこでようやく仙石は、ある可能性に気が付いた。 ……いや、まさか。そんな馬鹿な。あの行に限って、あり得ねえだろ。 頭の中では即座に否定したものの、自分の思い付きをどうにも捨て切れなくて、仙石は行の腕をもっと強く引いて、後ろを向かせる。 「……マジかよ」 思わず、めったに使わない若者言葉が飛び出してしまうほどに、仙石は驚いた。 だがそれも当然だろう。 こちらに背を向けた行は、一糸まとわぬ裸だったのだから。 いや正確には一枚だけまとっている。仙石がいつも料理の時に使っているエプロンを前に垂らして。いわゆる『裸エプロン』状態だ。 もしかしたら、とは思っていた。その可能性も1%くらいは無くもないと。 だが予想が現実になっても、仙石には全く実感が湧いていなかった。むしろこれが夢だったら、どんなに受け容れやすかっただろう。 もちろん仙石もいい歳をしたオッサンだ。年下の可愛い恋人が裸エプロンで出迎えてくれるような妄想を抱いたことが無いとは言わない。 想像の中では、ピンクでフリフリでヒラヒラのいかにも、という感じのエプロンだったが、目の前の行は仙石自身が身につけている普通の白いエプロンで、それがかえって艶めかしかった。 もっとはっきり言ってしまえば、エロかった。 恥ずかしげに上気した頬も、戸惑いがちに潤んだ瞳も可愛い以外のナニモノでもなく。小さく噛みしめられた唇に、思わず吸い付きたくなるほどに堪らない眺めだった。 普通のエプロンだから良いんだよな、と仙石は思う。 いかにもなフリフリエプロンだったら、あまりにも現実から遠すぎて、オッサンの硬くなった頭では簡単に受け容れられなかっただろう。何だそりゃ、とむしろ萎えていたかもしれない。 だが、行が身に付けているのは、ごく普通の白いエプロンであり、大柄な仙石のものだから、正面からは身体のほとんどが隠れてしまって、ただエプロンをしているだけの姿にしか見えない。 実際にも仙石は行がエプロンをしている、という事実にまず驚いたのだから。 それが振り向いてみると、一変して滑らかな白い裸身が現れる。首と腰に巻かれたヒモだけでは、隠しようのない輝きを放ったラインに、仙石は目を奪われずにはいられなかった。 つまりはギャップが良いということか。 しかも、あの行がそんな格好をしている、というだけで、興奮も倍増だった。 仙石は堪らずに、行を後ろから抱きしめて、耳元でささやく。 「そんなにいやらしい格好をして。俺以外の奴が来たら、どうするつもりだよ」 「え……? だって、あんた以外に誰も来ないし……。それにドアベルの鳴らし方で分かるし……」 「でもその割には早かったよなぁ。まるで俺が来るのをドアの前で待ち構えていたみたいによ」 「……っ、そ、それは」 腕の中の行が、あからさまな反応を見せる。これを可愛いと言わずして、他に可愛いものがあるだろうか。 「今日、俺が来るかどうかも分からねえのに? わざわざ早起きして、俺のためにそんな格好を?」 「…ち、違……っ」 「何が違うってんだ? 俺のためじゃないとしたら、そっちの方が問題だぞ。ん?」 行の前に回した両手で、エプロン越しの身体を撫でながら、仙石は執拗にささやく。普段ならば、もうゲンコツの一発や二発はお見舞いされている頃だ。 しかし今日の行は、仙石の腕の中で恥ずかしげにうつむくばかりで、まるで別人のようだった。膨れ上がった男の欲望が思わずしぼむくらいに。 「……何かあったのか?」 仙石は行の身体の感触を味わっていた手を止めて、これまでとは違った穏やかな声で尋ねる。このまま疑問が解決しないと、その気になるモノもならないだろう。 すると行は、おずおずと口を開いた。 「マンネリになるから刺激を……。この前見たテレビでやってた」 「いったいどんな番組を見たんだよ。少なくとも俺はまだお前に飽きちゃいねえぞ。こういうのは毎日一緒に暮らしている夫婦の話だろ」 仙石が淡々と応えると、行はハッとしたように顔を上げて、じっとこちらを見つめたまま尋ねてきた。ほんの少しかしげた小首が可愛らしい。 「それじゃ、必要ない?」 「……それとこれとは別問題だ」 即答した仙石は、行の唇に軽いキスを落として、そのまま横抱きにする。よいせっと掛け声を発しないと持ち上がらないのは情けない限りだが。 「わ……っ、何する」 「こんなに美味しそうなごちそうが目の前にあったら、食べない訳にはいかないだろ」 急にあたふたと慌て始める行に、仙石は苦笑を浮かべる。 自分で『刺激を』与えると言っておきながら、その結果どうなるか、想像しなかったとでもいうのだろうか。行のことだから、単純に仙石を喜ばせたかっただけ、という可能性もあるけれど。 「オレ、そんなつもりじゃ……」 どうやら行は本気で分かっていなかったらしい。 これを他の誰かが言ったのならば、何をカマトトぶっているんだと呆れる所だが、行だから仕方がなかった。普通の常識が通用しないのが行の行たる所以だ。 「そうか。それじゃ覚えとけよ。こういうのは、ウサギが自分からオオカミの口の中に飛び込んでいくようなもんだからな。食べるなって言う方が無理があるだろ」 諭すような仙石の言葉に、行は納得したのか、しばし無言になった。 それは了承の証だろうと判断し、仙石は寝室のドアを勢い良く開ける。もう足腰も限界に近い。さっさと行の身体を下ろして、色々なことを楽しみたい。 すると行は、ふいに拗ねたようにボソリとつぶやく。 「……オレはウサギじゃない」 仙石は眩暈を起こしそうになった。 はっきり言ってサービス過剰だ。そんなに次から次へとミサイルを発射されたら、枯れかけたオッサンの理性だって吹き飛んでしまう。 仙石は行の身体をどうにか辿り着いたベッドに下ろすと、その上に覆いかぶさって強く抱きしめる。まだ服を脱いでいなかったが、それどころではなかった。 行を欲しくて欲しくて堪らなかった。 しかし行は、仙石の腕の中でジタバタと抵抗する。 「こら、少し大人しくしてろよ。俺の可愛い仔猫ちゃん」 仙石がいたずらっぽくそう言うと、行は顔を真っ赤にして、口をパクパク開けた。言葉にならない、という風情だ。怒ったのか、あるいは呆れたのか。 そんな顔もやっぱり可愛くて、仙石は行の唇を甘いキスでふさぐと、エプロンの上からしなやかな裸身を愛撫する作業に取り掛かるのだった……。 おわり |
ここまで読んでくださってありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。 結局、寸止めでスミマセン(苦笑)。 あんまりその手の描写が得意ではないので…。 どうせなら、せっかくの小道具を生かしたシチュにしたいけど、 そんなの思い付かないしねー。 ヒモで縛るとか? いや、無理だ、無理だよ(笑)。 という訳で、美味しい所は皆様の妄想にお任せします。 私はあんまりコス萌え属性も無いので、 こういうののどこが良いのか、分かっていなかったり。 きっと描写が生温いと思いますが、許してやって下さい。 それなのに、どうしてこんなネタを書いたかというと、 ただのネタ切れです。そういうことです。 ついでに、最近めっきり行たんが別人な気がしますが、 それはきっと気のせいです。…多分。 2009.07.18 |