それは、とある冬の日のこと。
「何これ」
行がコタツの上に置かれたビニール袋を見つめて首をかしげた。
「開けてみろよ」
仙石に言われたとおりに袋を開けて、行はますます不思議そうにする。
「何で? この寒いのに」
「バカだな。寒いのに温かい部屋で食べるから良いんじゃねえか。とにかく好きなの一個取れ」
「ふうん」
行は納得していない様子ながら、袋の中から白いカップを一つ取り出した。仙石も同じものを出すと、残りを冷蔵庫にしまってくる。
そしてスプーンを手に二本持って戻った。
「コタツでアイスは冬の醍醐味だよなぁ」
うきうきしながら、仙石はキンと冷えたバニラアイスを口に運ぶ。舌の上にほのかな甘さと、頭が痛くなるほどの冷たさが広がった。
「これこれ、これが良いんだ」
いかにも楽しそうな仙石の姿に好奇心がうずいたのか、行もようやくスプーンに手を伸ばす。
先刻までは、信じられないものを見るような、胡散臭げなまなざしをしていたのだけれど。
白くて滑らかなバニラアイスが、行の形の良い唇の中に入ってゆくのを、仙石は息を詰めるようにして見つめた。
かなり冷たかったのか、小さく吐息を付く様子が可愛らしい。
「どうだ?」
意気込んで尋ねた仙石に、行はぼそりとつぶやく。
「……悪くない」
「だろ? コタツといったらミカンも良いけどな。やっぱりアイスは別格なんだよ。何だか幸せな気分になるんだよなぁ」
「そうだな」
行は一言だけ答えると、後はただ黙々とアイスを口に運んでゆく。それでもスプーンが止まることはないから、それなりに気に入ったのだろう。
どこか真剣な表情でアイスを食べている行の横顔が子供のようにあどけなく魅力的で、仙石の胸にイタズラ心が湧いてくる。
自分もアイスを口に運び、そ知らぬ顔をしながら、足先だけをちょいと動かした。
「ひゃ……っ」
いきなりのことに驚いたのか、行が可愛らしい声を上げた。そして美しい黒い瞳でこちらを睨み付けてくる。
「何するんだよ」
「あー、悪い悪い。偶然、足がぶつかっちまったな。コタツは狭いから、ちょっと足を動かしただけで当たっちまうんだよ」
「あ、そっか。……ごめん」
表情を変えずに、しれっと言ってのけた仙石の言葉を、行はそのまま信じたようだ。
行のこういう子供のような純粋さは、時に仙石を驚かせ、戸惑わせるけれど、それと同時に男の欲望が満たされるのも感じる。
無垢で真っ白な穢れのない存在を、自分の色に染めてゆく。そのことに悦びを覚える男はきっと少なくないだろう。
仙石が望めば、行はおそらく何でもする。
『みんな、やってるんだぞ』ともっともらしいことを言えば、そういうものだと思い込んで、仙石に言われるがままに、どんなご奉仕でもするに違いない。
そうして行を手のひらで転がすように調教して、自分好みの心と躰に作り変えてゆくことすら出来るかもしれないが……。
それだけは駄目だ、と仙石は思っていた。
かつての行は、そうやって組織の望むままの姿に作り変えられていたのだろうから。行の意思や人格を無視した非道な行いに、自分までもが手を染める訳にはいかない。
そう、心では思うのだけれど……。
時として、仙石の身体は、自身の理性やモラルをあっさりと凌駕してしまうのだ。行にとってはとても残念なことに。
「ひゃう……っ」
ふいに行がまた可愛らしい声を上げる。もちろん仙石の仕業だった。
けれど、今度の行は何も文句を言わない。自分が発してしまった声に、頬を染めて恥ずかしそうに、どこか悔しそうに唇を噛んでいても。
『コタツは狭いから』『偶然、足が当たってしまった』そんな仙石のあからさま過ぎる言い訳を、行はすっかり信じきっているようだった。
もぞもぞとコタツの中で身体を動かして、ほんの少しだけ仙石から遠ざかったのが、せめてもの抵抗の証なのだろう。
もちろんその程度では、仙石の魔の手から逃れることなど出来はしなかった。といっても、実際に伸びていくのは手ではなく足だが。
「んあ……っ」
調子に乗った仙石が、『偶然』では決して済まされないような場所を足で擦りあげ、指先と足の裏を使って何度も刺激してやると、行は明らかに艶めいた声を上げた。
カシャン、と鋭い音を立てて、行の手からスプーンが落ちる。それでも仙石の動きは止まらない。
さすがの行でも、ここまですれば意図的な行為だと、薄々は気付いているだろう。
けれど、まだ心のどこかに『もしかして』という迷いがあるのか、激しい抵抗は見せず、切なげな声で抗議しただけに留まった。
「や……っ、……仙石さ……」
「ん? どうした行。そんな声出して」
「だって、あんたが……、んぁ……っ」
ジーンズ越しでも、行の中心がはっきりと硬くなっているのが、仙石の足に感じられる。
真っ昼間から、こんなイタズラめいた行為を楽しんでいるという状況に、仙石自身もまたひどく昂った。
「そんなことをしていると、アイスが溶けちまうぞ。何なら俺が食べさせてやろうか?」
下への刺激は続けながらも、仙石はしどけなく開いた行の口にアイスのスプーンを押し込む。飲み込みきれなかった白い雫が行の唇の端からこぼれ落ちて、たまらなく隠微な眺めになった。
「ん……ぅ……」
行の吐息に、まぎれもない快楽の証がにじんで来る。こちらを見つめるまなざしも、すでに蕩けそうだった。
「もっと欲しいか?」
目の前に差し出されたスプーンに、行はどこか上の空な風情で、ただ口を開く。白い物体が行のピンク色の舌に飲み込まれてゆくのを、仙石は魅入られたように見送った。
「っふ………は……っ」
リズミカルな律動と共に、下半身に与えられる刺激に、行の吐息が荒くなってゆく。
いつもの行ならば恥ずかしがって、手で口を押さえたり、声を殺したりするのだけれど、その間もなく仙石にアイスを押し込まれてしまうので、そうもいかない。
「は……ぁあ……」
口に運ばれるアイスよりも甘い声が、次々にあふれてゆくのを止めることも出来ず、行は全身を小刻みに震わせている。そろそろ限界も近そうだ。
いつしかカップの中身が空になった所で、仙石はこれまで以上の強く激しい愛撫を行の中心に与えた。と、その瞬間。
「んああ…………ッ!」
行がひときわ高い声を上げると、ぐったりと崩れ落ちる。
その艶かしくも淫らな行の姿を、仙石は途方もない征服感と共に魅入った。これだけで自分も射精してしまいそうだった。
やがて行が荒い吐息を付きながら、ゆるやかに身体を起こした。まだ倦怠感は残っているようだったが、仙石と目が合った瞬間、行のまなざしに生気が戻る。
いや、それどころか、その瞳は激しい憤怒で燃えるようだった。
「仙石さんのバカ!!!」
行はそこに転がっていたクッションを仙石の顔面に投げつけると、慌てた様子でどこかへ駆け出していく。おそらくは後始末に行ったのだろう。
「痛ててて……」
行の力で思いっきりぶつけられると、いくらクッションといえども、かなり痛い。もちろん、これは自業自得ではあるけれど。
「コタツの中でのイタズラも、冬の醍醐味だからなぁ」
にやにやと締まらない顔でつぶやかれた仙石の言葉を、行が聞いていたはずもないのだが、その翌日から行の家のリビングのコタツは撤去されてしまうのだった……。
おわり
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