【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『痕』



 朝起きて、ふと自分の身体を見ると、肩口の所に歯型がくっきりと付いていた。
 もちろんこんな場所を自分で噛むはずもないから、付けた相手はただ一人である。その歯型の主は、隣でイビキをかいて、まだ眠っているけれど。
 他にも、濃い目の桜色をした痕が、まるで八重桜の花びらを散らしたように肌の上に点々と残されているのは、いつものことで驚きはしない。

 行はキスマークを付けられるのは嫌いではなかった。
 その行為が、というよりも、愛された痕跡が自分の上に確かに残ってくれることが嬉しい。夢でも幻でもなくて、本当にこの人はここにいて、自分を抱いてくれたのだと思い出させてくれる。
 あまり日に焼けない性質の肌は、健康的な朝の光の下では、湖の中でたゆたう魚のように青白く見えるから、桜色の痕跡だけが生きている証のようだった。


 …でも。
 歯型となったら、話は別だ。
 キスマークは愛撫の延長であり、より深いキスと同じなのだろうと思うけれど、噛むという行為が果たしてそれに類するものなのか、行には理解出来なかった。
 少なくとも行は仙石を噛みたいとは思わない。

 …いや、そうでもないか…?

 キスをする時は、お互いに唇を噛んだり、舌を噛んだりするのも当たり前だったし、時には耳たぶを軽く噛まれたりすることもある。
 それは行に痛みよりも、疼くような快感を与えてくれた。肌の下からじわりと染み出してくるような快楽を。

 …でも、これは違うよな。

 行は自分の肌の上にくっきりと残る歯型を見つめる。耳たぶを噛んだりするのは甘噛みという奴で、もちろん痕が残ったりはしないのだから。
 だとしても、ここまで強く噛まれたのならば、覚えていても良さそうなものだったが、まるで記憶になかった。
 しかし考えてみれば、それ以外に付けられているキスマークについても、いつ付けられたかなんて覚えてやしないのだ。そんなもんだ。


 あるいはこれは、俗に言う『食べちゃいたいほど可愛い』という奴だろうか。その結果、仙石に食べられてしまったのだろうか…?
 確かに仙石は、事の最中はひたすら『可愛い』を連呼している。それ以外知らないのか、と行が呆れてしまうくらいに、同じ言葉の繰り返しだ。他にはせいぜい『好きだ』とかその程度のもので。
 ただそんな不器用さも愛しいと思い、いつも同じ言葉でも、やはり嬉しいと思ってしまうから、これで良いのだろう。

 …この人に食べられるなら、まぁ良いか…。

 行は、隣で大きな口を開けてよだれをたらして、眠りこけているオッサンを見つめた。
 短く刈り揃えられた髪にそっと手を触れてみると、固くてごわごわした感触が返ってくる。それでも不快感はなく、むしろ適度な刺激が心地良いくらいだ。キスの時にあたる仙石の不精ひげのように。

 次に行は、日焼けしている仙石の肌に触れてみた。
 鍛えられた筋肉が少なからず脂肪へと変わりつつある身体は、思った以上にやわらかく指を沈ませる。自分を抱いている時は、驚くほど力強くたくましい腕も、今はだらりと弛緩して、見る影もない。


「なんか、不味そうだな…」
 つぶやきながら、行は仙石の肌に唇を近づけていく。そして自分の痕があるのと同じ場所に、ためらうことなく噛み付いた。
「…痛ってえ〜〜〜」
 途端に仙石は飛び起きるが、行は男の肩口に付いた歯型を満足げに見つめた。

「何しやがる」
「美味いか不味いか、かじってみた」
「何だそりゃ、赤ん坊じゃねえんだぞ…」
 仙石は頭を抱えながらも、そっと付け加える。
「で?美味かったか…?」

「やっぱり不味い」
「お前なぁ…。しかも『やっぱり』って何だよ」
 少なからずショックを受けたような仙石の顔が可笑しくて、行は明るい笑顔を浮かべた。そして自分の肩を指差して、いたずらっぽく尋ねる。
「あんたはどう?美味かった?」
「え?……あっ」

 仙石は一瞬、意味が分からずきょとんとしたが、行の肌に残る歯型を目にしてうなずいた。
「お返しって訳か」
「そういうんじゃないんだけど」
 本当に、ただどんなものなのか試してみたかっただけだ。


 すると仙石は、おもむろに行の上にのしかかり、獰猛なまなざしを向けてくる。
「それじゃ誘ってんのか? やるって言うなら、相手になってやるぞ」
「そんなつもりでもないけど。あんたがしたいってんなら、別に良いよ」
 行は不敵に笑おうとした、が、その笑みを形作るよりも早く、仙石に唇をふさがれた。噛み付くような激しいキスを受け止めながら、行は心の中でつぶやく。

 …朝っぱらから、食欲旺盛だな…。

 そして自分もまた、それに応じるように仙石の背中に腕を絡めていくのだった…。


          おわり

ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_ _)m

うーん、すみません。
上手くまとまりませんでした(苦笑)。

噛んだり噛まれたりっていうのは、
私にはあまり良く分からなくて、
どんなもんかな、と思って書いてみたんですけど。
やっぱり良く分かりませんでした…。
SとかMとか、そういうのとも違うんだよね?(爆)。

きっとこの後、仙石さんに噛まれちゃっただろうな、行。
そしてまた頭を悩ませるのかもしれません。

2005.10.27

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