『さよならなんか言いたくない』 |
「行くのか」 「ああ…」 如月は、角松にネクタイを結んでやりながら、分かりきっていることを尋ねた。角松もただうなずきを返す。 「最後まで世話を掛けるな」 珍しくも殊勝な角松の言葉に、如月は本当にこれが最後なのだと思い知らされた。 一時は死線をさまよった男も、リハビリを終えた今は、前と変わらぬ壮健な姿に戻っていた。包帯を巻いて吊られている右腕が、その名残を留めているだけで。 「…これも任務のうちだ」 如月は小さく微笑んだ。明日はこのネクタイを誰が結んでやるのだろう、と思いながら。 「そうか…。すまん」 如月の言葉に消沈したのか、角松の声音は冴えない。そのことにほんの少しの満足感を覚えて、如月はますます笑みを深くした。こうして微笑みかけてやれるのも、これが最後かもしれないけれど。 「本気にしたのか? あんた、相当鈍いな」 「からかうのは止めてくれよ、如月」 「からかってなどいない。その鈍感さには時々…殴ってやりたくなる」 「…え?」 ついこぼれた本音に、如月はハッとして口をつぐんだ。 仕方がないことなのだ。 前しか見えていない男を、後ろに立つ如月の方など決して振り向かないような男を、好きになってしまった自分が悪いのだから。 「…すまん」 今日の角松は何度も謝る。それがますます如月をつらくさせるのだと、たとえ言ってやったとしても、この男には理解出来ないだろう。 如月に残されたことは、ただ、黙って見送るだけだった。 「気をつけてな」 「ああ、あんたも」 「私の心配などしなくて良い」 角松に会うまでは、いつどこで野垂れ死んでも構わないと思っていたけれど、今はもう死にたくなかった。どんなことをしても生き延びて、この男と再び出会うその日まで。 「あんたの方がずっと無茶をするんだ」 「全くその通りだな…」 角松は苦笑を浮かべた。次にこの微笑みを見ることが出来るのはいつの日か。果たしてそんな日はやって来るのだろうか…? 別れたくない。 泣いてすがりついて、行くなと言いたい。 ……そんなことが出来るものならば。 「さよなら」 如月は、最後の言葉を告げた。すると角松はやはり困ったように微笑む。 「また、そのうちに会えるさ」 「…そうだな」 どうしてこの男はこんなに鈍感で残酷なのだろう。 どうしてこんな男をこれほどまでに好きになってしまったのだろう。 如月はもう微笑みを浮かべることが出来なかった。どうしようもなくなって、無言でくるりと背を向ける。 と、そこを後ろから抱き締められた。 「…如月、死ぬなよ」 右腕がつかえない分、これまでよりもずっと力は弱く、簡単に振りほどけてしまえるその腕を、如月は除けることが出来なかった。 「それはこちらの台詞だ」 如月の唇には微笑みが浮かんでいた。そのことに自分で気がついてホッとする。もしかしたらこれが最後になるのかもしれないのだから、せめて笑顔で別れたかった。 角松の出発の時間は刻一刻と迫っていた。 しかしそれでも、二人はそのままずっと寄り添っているのだった…。 おわり |
ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_
_)m
角松氏、スーツに着替えていましたが、 右手は負傷しているし、 きっとネクタイは如月さんが結んだんだよね。 私はそう確信しています(笑)。 この後もやっぱりあんまり会えない二人。 ラギはストーリーにそれほど絡んで来ないから、 仕方がないといえば仕方がないんだけど。 早く再会してくれないかなー、という想いを込めて、 別れのシーンを書いてみました(何故)。 素直に「行くな」と言えるような子だったら、 ラギももうちょっと楽かもしれないんだけどね。 不憫よのう。 2005.10.06 |